オーケストラ・アンサンブル金沢第93回定期公演
00/6/30 金沢市観光会館

1)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調,BWV.1048
2)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調,BWV.1050
3)モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488
4)モーツァルト/交響曲第29番イ長調K.201
(アンコール)
5)バッハ,J.S./G線上のアリア

●演奏
ニコラス・クレーマー/OEns金沢
シルヴィア・エレック(Cem*2),アビゲール・ヤング(Vn*2),岡本えり子(Fl*2)
ディーナ・ヨッフェ(Pf*3)
アビゲール・ヤング(コンサート・マスター)
フロリアン・リームほか(プレ・トーク)

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演の指揮者は2回目の登場のニコラス・クレーマーさん,ソリストは初共演のディーナ・ヨッフェさんでした。クレーマーさんとOEKの組み合わせでは1年半ほど前にバッハの管弦楽組曲全曲の演奏会を聴き,非常にセンスの良い指揮者だと思った記憶があります。今回の演奏会も,期待通り,というか期待を上回る見事な演奏会になりました。聴く前は,30度を越える日の日中に草取りをして,バテていたせいもあり,寝てしまうかもしれないと覚悟していたのですが,反対に元気が蘇りました。

前半はバッハ,後半はモーツァルトで,派手なプログラミングではありませんでしたが,いずれも新鮮な演奏でした。当初は,前半モーツァルト,後半バッハという予定だったのですが,全体を聴いた限りでは,編成の大きいモーツァルトの交響曲を最後に持ってくる形で正解だったと思います。もっとも,大きい編成といってもラッパも太鼓も入らないのですが,それでも盛り上がってしまうところがOEKの演奏会ならではです。安易なブラボーはなくても,お客さんの拍手は非常に盛大でした。

というわけで,前半のバッハですが,古楽器演奏による演奏が普及するようになって以降,ブランデンブルク協奏曲が現代のオーケストラの定期公演で取り上げられることは,かなり少なくなってきているような気がします。この日の第3番も指揮者兼チェンバロを含めて総勢12人による,室内楽のような編成でした。ヴァイオリン3人,ヴィオラ3人が指揮者を中心に立ったまま向き合い,チェロ4人とコントラバス1人が正面という配置でした。全般に速いテンポで,ビブラートを少なめにした,キビキビとした演奏でした。3つのヴァイオリンと3つのヴィオラのための協奏曲という趣きで,その掛け合いの面白さがありましたが,会場が広すぎて,それほど鮮やかな演奏には聞こえなかったのが残念でした。

第5番の方は,ヴァイオリン5,ヴィオラ4,チェロ2,コントラバス1+ソリスト3人と編成が少し大きくなり,聴き応えも出てきました。こちらの方はチェンバロと指揮は別の人が担当していました。この曲はチェンバロ協奏曲のようなところもありますから,その方が演奏しやすいのでしょう。解釈としては,第3番と同じで,キビキビと,自然な躍動感に溢れたバッハだったのですが,ソリストが3人加わった分,演奏に奥行きも加わっていました。特に,第1楽章の聴き所のチェンバロのカデンツァは見事でした。本当に延々と続く感じで,息が止まるような感じでした。1楽章の冒頭主題が再現する直前のソロ3人のやり取りも見事でした。再現への期待がどんどん高まり,演奏に引きこまれました。2楽章は指揮者なしで,完全に室内楽としての演奏でした。ヤングさんのヴァイオリンのノンビブラートのスカッとした音が気持ちよく響きました。フルートの岡本さん(OEKのフルート奏者)の音色もヴァイオリン同様すっきりとしており,音の溶け合いは見事でしたが,やや受けにまわっている,というか地味な印象でした。ヤングさんは,動作からして,ソリスト風に派手なので,それに惑わされたのかもしれませんが。

後半のモーツァルトも,軽くて,さわやかで,躍動感のある演奏で,バッハと同様でしたが,弦楽器がフル編成だったので,音の力強さも加わり,さらに魅力のある演奏になっていました。

ピアノ協奏曲第23番は,これまでもOEKの定期で何回か取り上げられているのですが,この日の演奏は,これまで聴いた中でもいちばん素晴らしい内容でした。冒頭から弦の響きには,非常に透明感がありました。この透明感は一貫していました。すっきりとした自然な響きは,この曲の導入部の平易さに相応しいものでした。ピアノのソロが入って来ると,テンポが上がったような気がして,「おや」と思ったのですが,それから後はすっかりヨッフェさんのペースでした。本当に見事なピアノでした。子供が弾くような無邪気で明るい弾き方で始まり,音階をものすごい速さで駆け上がったり,降りたりしているうちに,さらに演奏に生彩が加わってきました。それでも全然粗いところはなく,明るい幸福感に包まれている感じでした。ヨッフェさん自身,ものすごく表情豊かに演奏する人で(こんなに嬉しそうな顔をして演奏する人を見たことはありません),その見た目の影響を受けているような気もするのですが,その表情に作為的なところは皆無で,見ているだけでその微笑が移ってしまうような気がしました(時々,客席の方を見て微笑んだりもしていました)。ピアノのパートが終わった後も,指揮を取りたそうな腕の動きをしていたので,もしかしたら,指揮も兼ねたかったのかな,という気もしました。それだけ,自分の世界を持って演奏しているようでした(ピアノが入ってテンポが変わったように感じたのもそのせいかもしれません)。ピアニストには珍しく,楽譜を置いて演奏していたのですが,もちろん見ているはずはなく,手が空いた時に,一気にめくっていました(そうなると,何のために置いているのかわからなくなるのですが。一種のお守りでしょうか?)。

1楽章は,ずっと無邪気で明るいペースで進んで来たのですが,カデンツァで一気にテンポが遅くなりました。これには驚きました。これまで,あまりに天真爛漫な雰囲気だったので,デモーニッシュな雰囲気が強調されました。このカデンツァでこういう印象を持ったのは初めてのことです。この表情の変化も唐突ではなく,本当に自然でした。これぞモーツァルトという気がしました。

第2楽章も暗めの雰囲気が続いていましたが,表情は一色ではなく,豊かな(しかし作為的でない)表情がありました。OEKもセンシティブな伴奏をしていました。

第3楽章になると,再度,第1楽章冒頭のような明るさが戻ってきました。"bright"という英語の響きに相応しいような明るさでした。この楽章に関しては,木管がソリスティックに前面に出てきて,ピアノとの掛け合いがもう少し派手に聴けたらいいかな,とも思ったのですが,弦の,キレのある,強めのアタックなども聴け,非常に生き生きとした演奏になっていました。

ヨッフェさんは,ショパンコンクールで2位になった時に名前を聞いたことがあるのですが(もう25年も前になります。その時の1位はツィメルマン),レコードがあまり出ていないせいか,現在ではかなり地味な存在になってしまったようです。そうなっている理由は,わかりませんが非常にセンスのあるピアニストだということは確かだと思います。かえって,マスコミに騒がれすぎなかったのが良かったのかもしれません。これからもこの人のモーツァルトを聴いてみたいと強く思いました。

ヨッフェさんの演奏で,すっかり幸福になった後の,メインの29番交響曲も,その雰囲気を壊さない素晴らしい演奏でした。OEKのモーツァルトでは,5月に岩城さんの指揮で後期の交響曲を聴いたばかりですが,それとは,いろいろな面で対照的で,「速めのテンポ」「短めのフレージングのすっきりとした響き」で一貫していました。1楽章の繰り返しも行っていたし,ヴァイオリンも左右に分ける配置でした。これだけ違うモーツァルトを続けて聴けるというのも贅沢なことです。岩城さんのモーツァルトが堂々として揺るぎのないモーツァルトだったのに対し,クレーマーさんの方は,非常に爽やかで柔軟なものでした。恐らく(専門的なことはわかりませんが),弦楽器のボウイングを徹底的に変えたのだと思います。すべての楽章を通じて,非常に精密な響きでありながら,生き生きとした表情がついていたのは,素晴らしいと思いました。恐らく,コンサート・マスターのヤングさんのリーダーシップによるところが大きいと思います。この人の動作は非常に大きく,見るからに生き生きとした雰囲気に溢れています。非常に明確なフレージングだったのも納得できます。

その他では,コントラバスの強い響きと,ヴァイオリンとの掛け合い,第2楽章後半のツルの一声のような美しい響きのオーボエなども印象に残っています。

クレーマーさんの指揮は,緩い楽章でも,自然なリズム感を感じさせます。それが演奏の気持ち良さにつながっていると思います。恐らく古楽器演奏に通じた方なのだと思いますが,自然なリズム感とその微妙なユレが,堅苦しい雰囲気にならない,いちばんの理由だったと思います。

というわけで,古楽器風の弾き方で現代楽器の強い響きを聴かせる,という一種「理想的」なモーツァルトを聴くことができました。クレーマーさんとOEKの組み合わせは,これからも期待したいところです。