オーケストラ・アンサンブル金沢スペシャル公演・歌劇「椿姫」
00/7/9 金沢市観光会館

ヴェルディ/歌劇「椿姫」(イタリア語上演,一部省略)
(アンコール)
ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜乾杯の歌
●演奏
ジャン=ルイ・フォレスティエ/OEns金沢,OEns金沢Cho
濱真奈美(ヴィオレッタ,S),レンツォ・ズリアン(アルフレード,T),ステファノ・アンセルミ(ジェルモン,Br),横町あゆみ(アンニーナ)その他
池田直樹(演出・構成・案内役;医師グランヴィル)

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)では,このところオペラを上演する機会が年々増えてきています(今年はさらに熊川哲也とバレエの共演などをしたりもしています。これは見ていませんが...)。「フィガロ」「魔笛」と上演してきて,それぞれ成果を上げてきたのですが,昨年の10月に上演した「蝶々夫人」での観客の反応を見て,「オペラは盛り上がる」ということを,OEK側も確信したからだと思います。その時,蝶々さんを立派に演じ,金沢での地位を確立した感のある濱真奈美さん(金沢市出身)とレンツォ・ズリアンさんのコンビで,今回は「椿姫」が上演されました。さすがに舞台装置の必要なものを2年続けて上演するのは苦しかったせいか,今回は演奏会形式になりましたが,それでも,終演後の盛り上がりは大変なものでした。「オペラ(とりわけイタリア・オペラ)は盛り上がる」ということを多くの観客が再確認したことだと思います。

今回の上演は,上述のとおり演奏会形式だったのですが,衣装,小道具(グラス,札束,ベッドなど)を使い,演技もしていました。OEK合唱団の人達も,自前で舞踏会の衣装を揃えたり,髪をセットしたりとなかなか大変だったようです。オーケストラはもちろんステージ上にいたので,合唱団の人たちが入って来ると,ステージはかなり狭くなってしまいました。衣装,小道具をここまで使うなら,通常の演劇の形式で見たかったような気もしました。

今回の上演が盛り上がったのは,作品の力にもよると思いますが,何といっても歌手の力が大きいと思います。この作品自体,ヴィオレッタにかかるウェイトが非常に大きいので主役を歌った濱さんの素晴らしさに尽きているともいえます。濱さんには,圧倒的な華やかさとかスケール感はありませんでしたが,非常にバランスの良い歌唱だったと思います。ヴィオレッタは,幕によっていろいろな性格を歌い分けないといけない難しい役ですが,それを見事に歌い切っていました。いちばんの聞き物の「ああ,そはかの人か〜花から花へ」も良い出来でした。非常に安定感のある歌で,最後の超高音も見事に決まっていました(もっと長く音を引っ張って,大見得を切って欲しい,と贅沢なことを思ったりもしましたが...いずれにしても,この高音を期待する気持ちというのには,スポーツ的な快感があります)。2幕以降での細やかな情感の出し方も,濱さんならではのものだと思います。現在,歌手として非常に良い状態にあるのではないかと思いました。

濱さんの良さは,相手役を務めた,2人の男性歌手とのバランスの良さにもよると思います。ズリアンさんとの歌のバランスは,良くて当たり前ですが,体格的に見た3人のバランスも丁度良く,演劇として見ても違和感がないと思いました。ズリアンさんの声は,カラっとした高音が気持ち良く響くような感じで,アルフレードの一途さ(悪く言うと単純さ)には相応しいと思いました。アンセルミさんのジェルモンは,声がかなり老けていたのですが,役柄からすると,それが良い味になっていました。もう少し,朗々とした声で聴きたい気もしましたが,威圧的になり過ぎるよりは良いと思いました。

オーケストラの演奏は,室内オーケストラとは思えないほどダイナミックなものでした(ピットから出ていたせいもあると思います)。音色にも生彩があり,演奏会形式と名乗るに恥じない演奏でした。オペラを頻繁に手がけ,OEKとも何回も共演している,フォレスティエさん(長い手。指揮棒なし)ならではの演奏だったと思います。ダイナミックさの一方で,第2幕の手紙の場でのクラリネットの演奏などには非常にムードがありました。ヴェルディの音楽は,「おお」と歌手が言うと,フォルテが鳴り響いたりと,非常にドラマを盛り上げるのが巧い音楽だとこの演奏を聴いていて思いました。映画音楽の原点のような音楽だと思いました。

というわけで,歌手,オーケストラ,合唱ともに満足できる出来だったのですが,少々疑問に思ったのは,構成でした。今回は,歌手の池田直樹さんが,医師兼物語の進行役として,要所要所で登場し,あらすじを説明していました。字幕なしの原語による上演だったので,ナレーションさえ聞けば筋はわかる,という聞き手に配慮した構成だったのですが,その語りが多過ぎたと思いました。もちろん,池田さんの語りは,オペラ歌手としての語りで,説明的ではなく,ドラマティックで素晴らしいものだったのですが,やはり,オペラ全体の流れを細切れにしていた感がありました。FM放送などで聴く分には効果のあがる手法だと思うのですが,生演奏で音楽の流れに身をまかせたいという人には不満が残ったかもしれません。それと,ナレーションが入る分,音楽をかなりカットしていたのが残念でした。できればレチタティーヴォ風の部分も含め,1場単位で,一気に音楽だけを聴かせて欲しいなと思いました。フォレスティエさんの指揮は,音楽の流れが良いのでその方がさらに演奏に高揚感が出たのではないかと思います。

その他,1幕の華やかさを演奏会形式で出すのは難しいと思いました。全曲を通じてステージ上は暗目で,歌手周辺だけにスポットを当てる形だったのですが,1幕などでは,照明にもう一工夫して欲しい気もしました。1幕を華やかにしておかないと,3幕での回想シーンでの哀しさが生きて来ないと思います(OEK合唱団の見た目の華やかさはなかなかのものでしたが)。

というわけで,個人的には,やはり,通常の上演方式で見てみたかったかな,と思っています(昨年観た「蝶々夫人」の印象があまりにも強いので,これと同じぐらいの贅沢なものをどうしても期待してしまいます。)。それでも,会場は相当盛り上がり,アンコールまで演奏されました(オペラとしてではなく,演奏会として考えれば納得できます)。このように,OEKのオペラが盛り上がるのは恐らく,自分の街のオーケストラ,自分の街出身のソプラノ歌手と一緒に自分たちが歌い,参加できる,という市民オペラ的な雰囲気があるからだと思います。会場には,山出金沢市長もいらっしゃっていましたが,オペラを毎年何か1本上演できるような支援をしてもらいたいものだ,と思いました。オペラというのは,それだけの価値のある,通俗的でありながら奥の深い総合芸術だと思います。