セルゲイ・ナカリャコフ・トランペット・リサイタル2000年日本公演
00/7/12 金沢市文化ホール

1)ペルゴレージ/私を愛しているなら
2)マルチェロ/私を燃え立たせるあの炎
3)ヘンデル/歌劇「ジュリアス・シーザー」からのアリア
4)モーツァルト/幻想曲ニ短調,K.397
5)スクリャービン/12の練習曲嬰ト短調,op.8-9
6)リュッツ/トランペットとピアノのためのソナチネ
7)シュトラウス,F./夜想曲,op.7
8)ロッシーニ/前奏曲,主題と変奏
9)リスト/「巡礼の年」第2年「イタリア」〜婚礼
10)チャイコフスキー/四季〜トロイカ
11)チャイコフスキー/6つの歌〜ただ憧れを知る者のみが
12)アーバン/チロルの歌による変奏曲
(アンコール)
13)ヘンデル/歌劇「ジュリアス・シーザー」からのアリア?
●演奏
セルゲイ・ナカリャコフ(Tp*1-3,6,13;フリューゲルホルン*7,8,11)
ヴェラ・ナカリャコワ(Pf)

金沢市には,金沢市公共ホール運営財団という団体があり,市内の3ホールで行う催し物の企画を考えてるのですが,その名称が今年度から金沢市文化創造財団というのに変更になりました。その手始めが今回のリサイタルです。現在日本でいちばん人気のあるトランペット奏者セルゲイ・ナカリャコフが登場するとあって,会場は満席でした。客層も,オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏会の時とはかなり違い,吹奏楽をやっていると思われる女子高校生の姿が目立ちました。休憩時間のざわめきの音も普段と違っていました。ふだん演奏会に来ない人が多かったせいか,拍手の量も,満席の割には少なく感じました。

ナカリャコフさんが登場すると,会場の空気が変わりました。声にはなりませんでしたが,「おお」というようなどよめきが起こったような雰囲気を感じました。ナカリャコフさんは,CDジャケットなどでは,かなり子供っぽいものもあるのですが,もちろんすでに成人しており,スラッとした長身の美しい青年でした。何か詰襟の学生服みたいな服を着ていました。

プログラムの構成は,前半が,
(1)トランペット+ピアノ
(2)ピアノ独奏
(3)トランペット+ピアノ
後半が,
(1)フリューゲルホルン+ピアノ
(2)ピアノ独奏
(3)フリューゲルホルン+ピアノ
そして,いちばん最後に,トランペット+ピアノ

というシンメトリカルな構成でしたが,かなり演奏時間が短く,8時30分にはアンコールも含めてリサイタルは終わってしまいました(これはその後開かれたサイン会のことを考えてのことだと思います)。

トランペットといえば金管楽器の代表ですがナカリャコフさんの音は,全く金属的ではありません。このことは徹底しており,全プログラムを通じて,堅い音になることはありませんでした。強く輝かしい音の力で圧倒するよりは,美しい音色を聴かせることに主眼があるようで,プログラミングにもそのことが反映されていました。レガートで歌う部分と器楽的に速い動きで演奏する部分のどちらもが充実しており,完成度の高い,余裕たっぷりの演奏でした。これ見よがしに技巧を見せつける場面も全くありませんでした。吹く時の姿勢は一貫してうつむき加減で,どんなに速いパッセージでも焦るようなところは皆無でした。失敗する気配さえないので,聞いているうちにこれが当たり前という風に感じられてきます。完璧が当たり前,これ見よがしは嫌,というさり気なくクールな雰囲気は,プロ野球のイチローあたりと,メンタリティは似ているのではないかと感じました。

というわけで,全体を通して,非常に形の整った,文句のつけようのない演奏だったのですが,正直なところ,もう少し,耳にひっかかるものもあると良いなと思いました。これは,短い曲ばかり,という選曲のせいもあるかもしれません。フォルテの強い音を聴けたのは,最後の曲のいちばん最後だけで,手抜きとはいいませんが,全般にかなり力を抑制して演奏していたように思えました。贅沢な注文なのかもしれませんが,あまりにも,すべてがサラサラと気持ち良く流れていくので,演奏の印象が意外に後まで残りませんでした(気のせいかCDで聴く方が,強い印象が残る気がしました。)。平凡な内野ゴロをファイン・プレーにする必要はないのですが,もう少し格好をつけて「見せるプレー」をして欲しい気もしました。しかし,そうなると,それはナカリャコフでなくなるのかもしれません。曖昧な言葉で言うと,普通に吹いても味があるようになって欲しいと感じました。これは,ナカリャコフがキャリアを積めば自然に身につけてくるものでしょう。ただ,現時点では,最新CDの「ノーリミット」のようなバリバリと演奏するスタイル(CDを聴いたわけではないので推測で言っているのですが)で演奏する方がお客さんの反応は良いのではないかと思います。

後半のはじめの方では,フリューゲル・ホルンを演奏していましたが,この楽器の音は人間の声に非常に近い音です。ナカリャコフさんの音には,自然で美しいビブラートがかかっているので,まさにベルカントという感じでした。もしかしたら,ナカリャコフさんは,こちらの楽器の方が好きなのかな,という気さえしました。こういう素直で瑞々しい雰囲気は若い演奏家ならではのものです。また,この楽器の後で,トランペットの音を聴くと,トランペットの音が非常に輝かしく映えて聞こえます。普通に吹いてもトランペットの音の新鮮さが増すので,この楽器を中間部で使うのは,なかなか良いアイデアだと思いました。

ピアノは,お姉さんのヴェラ・ナカリャコワさんでした。前半も後半もお姉さんのピアノ独奏があり,悪くはありませんでしたが,「つなぎ」という感じの演奏でした。フォルテの音に余裕がなく,全体の印象もふやけた感じでした。ただ,最初から最後までラッパだけというのも変化がないので,この辺のプログラミングは妥当なところなのかもしれません。

演奏会後(こちらの方が目当てという人も多そうでしたが),会場ロビーでサイン会が開かれました。私も女子高生に混じって長い長い列の最後の方に並びました。恐らく,今回の来日で全国各地で数え切れないほどのサインをしたのではないかと思います。

現在,ナカリャコフはアイドル的な扱いをされていますが,その演奏は,地味といっても良いほどで,静かな歌をじっくりと聴かせる方向に傾斜しています。将来的にも,現在のスタイルをあまり変えずに,着実に活躍し続けるのではないかと思いました。