オーケストラ・アンサンブル金沢第94回定期公演B
00/7/18 金沢市観光会館

1)チャイコフスキー/歌劇「エフゲニー・オネーギン」,op.24〜ポロネーズ,ワルツ
2)チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番変ロ短調,op.23
3)チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調,op.64
(アンコール)
4))チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」〜行進曲
●演奏
沼尻竜典/OEns金沢
中村紘子(Pf*2,プレトーク)
アヴィゲール・ヤング(コンサート・ミストレス)

夏休み直前のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期演奏会では毎年,編成を増強して,派手目のプログラムが組まれることが多いのですが,今年はチャイコフスキー特集でした。盛り上がって当然という「客を呼べるプログラム」だったのですが,それにしてもよくお客が入りました。完全に満席になり,座りきれない人たち(結構たくさんいました)が通路に座ったり立ち見をしたり,というような状況になりました(諏訪内晶子さんが登場した定期公演以来のことです)。これは,OEKの定期公演初登場の中村紘子さんの人気の力によるものです。

私自身,紘子さんの演奏を生で聴くのは初めてのようなものなのですが,そのお客さんを楽しませる力にはピアニストの枠を超えたものがあるような気がしました。まず,プレトークに登場されました。OEKとの10年来の関わり(東欧出身のOEK団員が旧知の演奏家だったというエピソード),小渕総理の葬儀の際の選曲の話,そして,その時いろいろ聴き比べたCDの中でOEKの演奏が非常に印象に残ったこと,などOEKファンが喜ぶような話をしていただき,演奏前からすっかり楽しい気分になりました。さすが,エッセーの名手です。

紘子さんは,チャイコフスキーの協奏曲を,数え切れないほど演奏していると思いますが,こちらの方にもスターの貫禄が溢れていました。細かいミスタッチは結構あったようですが,聴かせどころを見事に心得ており,気になりませんでした。冒頭のピッタリそろったホルンのユニゾンの後に,やや大きめのモーションで挑みかかるようなテンポでピアノが入って来て,強い和音を弾き始めると,非常に華やかな雰囲気になり,ぐっと引きつけられました。こういう派手な聴かせどころがこの曲には多いのですが,そのたびに凄みのきいた表現を聴くことができ,聴いている人はみんな「さすが」と唸ったと思います。自己主張が強すぎて,ヒステリックな面もあったのですが,紘子さんの世界に思わず引き込まれてしまうような,非常に聴きごたえのある演奏でした。第3楽章の大詰めでは,オーケストラも白熱しており,大変盛り上がる演奏になりました。演奏後には,前半にも関わらず,プログラムが全部終わってしまったような拍手が長く続きました。

紘子さんは,デビュー40周年ということですが,ずっと,華やかなスター・ピアニストとしての地位を保っているのは驚異的です。それだけ,固定ファンが多く,期待を裏切らない演奏を続けているということだと思います。スターはスターの役割を,ファンはファンの役割を心得ているという,非常に幸せな関係があるような気がしました。

前半は,協奏曲の前にエフゲニー・オネーギンから有名な曲が2曲演奏されました。ゆとりのあるテンポで,オーケストラを壮麗に,しかし引き締まった音で,気持ち良く鳴らした演奏でした。ただ,ポロネーズもワルツも同じように聞こえてしまったのが少々残念でした。

後半のチャイコフスキーの第5交響曲も非常に盛り上がりました。実は,OEKがこの曲を演奏するのは初めてのことです。団員もこの曲を非常に新鮮な気分で,楽しんで演奏していたような気がしました。大都市圏のフル編成のオーケストラの場合,この曲は飽きるほど演奏していると思うのですが,OEKの方は演奏する方も聴く方もこの名曲に対して新鮮な気分で接することができます。これは,非常に幸せなことです。

もちろん,その新鮮な熱気を与えていたのは沼尻さんの指揮の力です。沼尻さんは,外見は若い銀行員のような感じ(銀行員に対する偏見かもしれませんが)なので,器用なだけの方かな,という印象を持っていたのですが考え方を改めました。非常に計算された指揮である一方,各楽章のクライマックスになると自然に熱がこもってきて,聴衆をグッ引きつける力を持っていました。作り物でない熱気があったと思います。オーケストラもその冷静な計算と熱気の両方ともに見事に反応していました。熱気があるといっても,音のバランスが悪くなったり,粗っぽくなったりするのではなく,常に強く引き締まった音を出していました。沼尻さんは指揮棒を持たずに指揮をしていましたが,その分体全体を使っており,テンポの揺らぎとか曲のスケール感を非常にうまく出していました。その一方,音の出だしなどは,常にきちんと揃っており,まさに知・情を兼ね備えた演奏になっていました。

オーケストラは,増強されていたとはいえ全体で70名ぐらいの編成だったので,弦のカンタービレも重苦しくなることはなく,いつものOEK的な爽やかさを残していました。第2楽章冒頭のホルンは,きちんと演奏されてはいましたが,緊張感が伝わってくるような感じで,それほど楽しめなかったのですが,全般に金管楽器群は,強い音が要所要所でビシっと決まっており,非常に効果的に響いていました。ティンパニの強打も見事でした。指揮者自身が叩いているような表現力のある演奏でした。大詰めの全休符(時々フライング拍手が入ってしまうところ)の長い間も格好良かったし,その後の解放感溢れる,弦の響きも見事でした。

というわけで,こちらの方も,中村紘子さんの時同様に盛大な拍手が続きました。沼尻さんは非常に深々と挨拶をしていましたが,これだけ多くのお客さんの盛大な拍手を前にすれば当然のことかもしれません。大都市圏では,ありきたりのプログラムだったかもしれませんが,OEKの奏者にとっても金沢の聴衆にとっても心に残る演奏会になったと思います。