オーケストラ・アンサンブル金沢第95回定期公演A
00/9/6 金沢市観光会館

1)江村哲二/ザ・ウェッジ(楔):オーケストラのための(2000年度委嘱作品世界初演)
2)シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調,op.47
3)グリーグ(構成・解説佐々木守)/ペールギュント組曲第1番,第2番
(アンコール?)
4)ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー
●演奏
岩城宏之/OEns金沢
内藤淳子(Vn*2),吉行和子(語り*3)
マイケル・ダウス(コンサート・マスター)
岩城宏之,江村哲二(プレトーク)

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の秋のシーズンの初めは,例年どおり岩城さん指揮,新作+協奏曲というプログラミングでしたが,今年は後半にちょっと変わった趣向がありました。ペールギュント組曲にナレーションが入っていたのです。成功するかどうかは別として,新鮮なプログラムを作っていくためにも,こういう試みはこれからも時々やってほしいと思います。今回の試みは大成功だったと思います。

最初の曲は,若い作曲家の江村哲二さんの新曲でした。プログラムには世界初演と書いてありましたが,物理的な意味でいえば,4日の新潟公演が世界初演で,この日の演奏は,5日の富山県小杉町に続いての3回目の演奏ということになります。若い作曲家の曲がプロオーケストラの定期公演に取り上げられる機会はOEK以外では非常に少ないことだと思います。

というわけで,演奏会に先立ち作曲者の江村さんと岩城さんの対談形式のプレトークがありました。作曲家が一人でしゃべると,難しい話が長く続く傾向があるので,雑談トークにした方がお客さんにはわかりやすいと思いますが,個人的には,後半のペール・ギュントの構成についても少しぐらい話を聞きたいと思いました。

江村さんの曲は,OEKのコンポーザー・イン・レジデンス在任中に亡くなられた黛敏郎さんの代理として,数年前の定期公演で初演されたことがあります。その縁もあって,今年のコンポーザー・イン・レジデンスに就任されたのだと思います。

曲の作りは,室内オーケストラ用としてはかなり派出目でした。打楽器奏者が3,4人はいたし,コントラファゴット(?),アルトフルート,イングリッシュホルンなど木管奏者があれこれ楽器を持ち替えていました。ブラスの鋭い音,コントラバスの衝撃音,非常に美しい第1ヴァイオリンのポルタメントなど多彩な響きが楽しめたのですが,その印象が断片的で,全体としての印象があまり残りませんでした。仕事の疲れで,少々体調が悪かったので,曲に浸りきれない部分もあったのかもしれません。

2曲目は,石川県出身の若いヴァイオリニスト内藤淳子さんのソロによるシベリウスでした。この方の演奏を聴くのは1997年4月の石川県新人登竜門コンサート以来です。シベリウスのヴァイオリン協奏曲を聞くのは,今年の石川県新人登竜門コンサート以来ですが,その時のかなり技巧的に危なっかしい演奏の記憶が残っていたので,まず,「きちんと弾けるだろうか」余計な心配をしてしまいました。その点では,内藤さんはきちんと弾いており,心配は杞憂に終わりましたが,やはり,かなり物足りない演奏でした。昨年,ラハティ交響楽団の来日公演でこの曲を聴いたのですが,その時の演奏は相当すごい演奏だったのだ,と今になって再認識しています。

内藤さんの演奏は,丁寧だが表情の変化に非常に乏しい演奏でした。顔の表情も非常に硬く,無表情といっても良いような感じでした。面白みやハラハラすることのない演奏でした。技巧的にも完璧ではなく,音がかすれることも何回かありました。オーケストラの方もソリストに合わせたのかかなり抑え気味でした。トロンボーンや弦楽器をかなり増強していたことを考えると,少々物足りなさが残りました。3楽章でやっとフォルテが出てきて,解放感を感じたのですが,やはりソリストの方には,もっと鋭く切り込むようなキレが欲しいと思いました。

というわけで,前半2曲はあまり良いとは思わなかったのですが,若い人を育てようという岩城さんの姿勢には賛同したいと思います。外国で有名になったような人をただ連れてくるのは簡単ですが,金沢で良い作曲家や演奏家を育て,その人たちをOEKがバックアップしながら外に売り込もうという努力は,難しいけれども,いつかは成果を上げるような気がします。

後半は,ペール・ギュント組曲第1番,第2番でした。この手の「小学校の音楽の教科書に載っているような曲」が定期公演で取り上げられる機会は減って来ていますが,聴いてみて,まず,そういうノスタルジックな気分に浸るのもいいなと感じました。それと同時に,純粋な音楽劇としても大変面白い,と感じました。今回は,石川県出身の佐々木守さんという方が,脚本を書き,曲の順番を組曲の順番とは違う形で構成しなおして演奏されたのですが,演奏会で取り上げるとしたら時間的にもこういう形がいちばん効果があがるのではないかとさえ思いました。ちなみに曲順は次のとおりです。

朝/イングリッドの嘆き/山の魔王の宮殿にて/オーセの死/アラビアの踊り/アニトラの踊り/ペールギュントの帰還/ソルヴェイグの歌

脚本は,はじめのうちはやけに説明的で(「「人形の家」で有名なノルウェイの作家イプセンの書いた「ペールギュント」というお話は...」という感じ。その分非常にわかりやすいのですが),青少年のための管弦楽入門のような感じになるような予感がしたのですが,次第に話に引き込まれてしまい,最後のソルヴェーグの歌などはわけもわからず感動しました。音楽とナレーションのバランスが丁度よかったのがその理由だと思います。例えば,「ペール・ギュントが故郷に戻ってきて,母のオーセはとても喜びました。そして,静かに息をひきとりました」と語った後「オーゼの死」の音楽が流れると本当にぐっと来るのです。グリーグの音楽の巧さか?言葉の持つ喚起力の偉大さか?恐らくその相乗作用だと思います。吉行さんの語りはややハスキーな声が親しみやすく,おとぎ話的な雰囲気にはとてもよくあっていました。

OEKの演奏も見事でした。岩城さんの指揮は,標題音楽でも,甘くなりすぎたり,派手になりすぎたりせず,きっちりと演奏としていたのが良かったと思います。抑制がきいていて,ナレーションを含めた曲全体の雰囲気を壊さないあたり,本当にベテランらしい指揮振りでした。「朝」など本当に気持ち良くさらりと流し,「山の魔王の宮殿にて」も煽りすぎることがありませんでした。それでいて,十分な充実感もありました(ここでは増強されたオーケストラの威力がよく出ていました)。ただ,最後の「ソルヴェーグの歌」だけは感情移入が強く,静かだが非常に感動的なクライマックスを作っていました。見事な劇伴だったと思います。

この日は,アンコールはなかったのですが,最後の最後にまさに「サプラ〜イズ」という感じの出来事がありました。実は,この日(9月6日)は岩城さんの誕生日で,何回目かのカーテン・コールの時にオーケストラが「ハッピー・バースディ・トゥ・ユー」を派手に演奏してくれました。これはオーケストラの世界では,お決まりの行事かもしれませんが,金沢のステージでこの曲が流れることははじめてだと思います。岩城さんも,期待していたとは思いますが,吉行さんから花束をもらいとても嬉しそうでした(こういう時に女優さんが舞台にいると非常に絵になります)。お客さんの方はそんなことは知るはずもなく,何事かと驚いて,大喜びしていました。お客さんの拍手は,いつのまにか手拍子になってしまいました。誰かが指示したわけでもないのに,ピッタリ揃った手拍子になってしまう,というのも初めての経験です。会場の客さんが一体となって「イ・ワ・キ,イ・ワ・キ」とコールを掛けているような雰囲気になり,お客さん皆が喜んでいることがよくわかりました。岩城さんはOEKの父親のような存在ですが,金沢市民にとってもそういう存在になりつつあるようです。