フランクフルト放送交響楽団来日公演2000
00/10/31石川厚生年金会館

ワーグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
マーラー/交響曲第5番
●演奏
エリアフ・インバル/フランクフルト放送SO

NHK放送75周年事業ということで,NHKが総力を上げて盛んにCMをやっていた演奏会に出かけてきました。目当ては初めて生のプロのオーケストラで聴くマーラーの交響曲第5番とやはり初めて生で聴くインバルです。その結果は,どちらも期待以上のものでした。やはり,この曲はすごい曲だと改めて思いました。CDで聴く以上に曲の面白さを感じることができましたが,これは,インバル/フランクフルトによる,非常によく鍛えられた演奏の力のせいも多分にあると思います。

この日の演奏会は,休憩なしで2曲が続けて演奏されました。マーラーの5番というのは1曲だと短いし,2曲にして休憩を入れるとバランスが悪いし...ということでプログラミングが難しい曲かもしれません。

1曲目にはマイスタージンガーの前奏曲が演奏されました。妥当なテンポでそれほど力むこともなく演奏されましたが,冒頭からパリっとしたブラスの音が突き抜けて聞こえてきて,マーラーへの期待が一気に膨らみました。「前座」「腕鳴らし」という位置付けのプログラムでしたが,最後の盛り上がりも見事で,インバルの曲作りの巧さ,聞かせ方の巧さを感じました。

団員の出入りが少しあった後,引き続いてマーラーが演奏されました。この曲は「古典的構成」などと呼ばれることがありますが,がっちりとした雰囲気はあるとはいえ,そんなに整った曲ではない,とまず感じました。インバルが指揮するとかなりグロテスクな面が強調され,それが面白さにつながっていたと思います。

この日は,全体を3部に分けて演奏していました。つまり,1,2楽章を切れ目なしに演奏し,チューニングをして3楽章へ。3楽章の後,再びチューニングをして4,5楽章へ,という形でした。緊張感を持続するには,この形の方が効果的かもしれません。

冒頭のトランペット・ソロの前には,すごい緊張感が漂うのかな,と予想していたのですが,インバルさんは無造作なくらいサラっと棒を振り始め,少々意外でした。しかし,出てきた音は期待どおりの良い音でした。やはり曲の要所要所で大活躍する,ホルン共々,全曲に渡って強いけれどもしなやかな音で見事に決めていました。その他,オーボエの強い音も印象に残りました。フランクフルト放送交響楽団については,ホールのデッドな響きのせいもあって,それほど豊かな音には感じませんでしたが,インバルさんの指揮に的確に反応できる,良いオーケストラだと思いました。

インバルさんの指揮からは,ワーグナーの時とは違い,細部への徹底したこだわりを感じました。第1楽章の葬送行進曲を皮切りに,次から次へと出てくる楽想をすべて知り尽くしており,その一つ一つに意味を込め,完全に納得のいくように演奏している感じでした。そういう点で,曲全体としての音楽の大きな流れを作り出すというよりは,細かい部分のすべてを鮮明に提示し,それを積み重ねていってインパクトのある大きな音楽を作っているように感じました。石川厚生年金会館ホールは非常にデッドなホールなのですが,そのせいで,かえって細かいところが鮮明に聞こえたのかもしれません。特に対位法的な音の動きが鮮明で,非常な迫力と無気味さを生んでいました。

各楽章とも,後半に行くほど迫力を帯びてくる感じでした。3楽章のワルツもはじめは素朴な感じでしたが,次第に無気味さを帯びてきていました。インバルさんは,冷静な指揮者だと思うのですが,やはり,ライブだと次第に音楽の流れに乗ってくるようで,どの楽章にも心地よい熱気がありました。

4楽章のアダージェットは,非常に柔らかい弱音で始まり,まず,ホッとしました。「何故,こんなに美しい楽章が唐突に出てくるのだろうか?」と思わせるぐらいの美しさでした。この曲は相当派手にブラス・セクションが活躍しますが,この楽章はブラスに休んでもらうための楽章なのかなとも感じました。しかし,この楽章も次第に雰囲気が凄みを増してきて,後半,テンポをぐっと落とす箇所になると,死の影がちらつくような無気味さを感じました。弱音が続いたまま,フッとホルンが入ってきて5楽章になりました。素朴なロンド主題が始まり気分が変わり,再度ホッとしましたが,ここでも最後の金管のコラールに向けて次第に大きく盛り上がっていきました。最後の部分でヴァイオリンがあんなに一生懸命演奏していたとは,CDでは気付かないことでした。明確さと熱気とが両立したすばらしいフィナーレでした。

私自身,この日の演奏が,マーラーのスコアに忠実なのかどうかはわからないのですが,きっとスコアに書いてある細かい仕掛けがよくわかる演奏だったのだと思います。生の演奏ではCDのような完璧さは期待できませんが(これだけ大編成の複雑な曲だと,ホールの響き方次第で微妙に楽器間のタイミングの違いが出てくることは不可避でしょう。それぞれ響きの違う各地のホールで次々と演奏することを考えると,パーフェクトな演奏は難しいかもしれません。),マーラーの意図したデフォルメされた表現を堪能できたような気がしました。チケット代に11,000円もかかってしまいましたが,これだけのマーラーの5番を金沢で聴くことは当分ないと思います。