オーケストラ・アンサンブル金沢第103回定期公演B
01/5/29 金沢市観光会館

1)ベートーヴェン/「コリオラン」序曲
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番ハ短調,op.37
3)ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調,op.68「田園」
(アンコール)
4)ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調,op.21〜第3楽章
●演奏
岩城宏之/Oens金沢
園田高広(Pf*2)
アビゲール・ヤング(コンサートミストレス)

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,3月上旬から病気で療養されていた岩城宏之音楽監督の復帰演奏会となりました。のどの手術をされたということもあり,まだ大きな声は出すことはできないようですが,指揮をする姿は以前と変わりありませんでした。地元新聞には,小型マイクをつけて記者会見をしている写真が載っており,少々痛々しい気はしましたが,この日の姿を見て地元の音楽ファンは安心したことと思います。そういう「岩城さんは大丈夫だろうか?」という人が大勢集まったせいか,会場は満席になりました。久しぶりの演奏会ということで,岩城さんは相当お疲れになられたことと思いますが,暖かく大きな拍手に包まれ,きっと元気づけられたことと思います。

プログラムは,岩城さんが得意とするベートーヴェンの曲ばかりで,非常に充実していました。メインが田園というのも,復帰演奏会には相応しい気がしました(病気になられれる前から決まっていた曲目なのですが)。

まず,岩城さんが登場すると非常に大きな拍手が起こりました。演奏前にこれほど大きな拍手が起こるのは珍しいことです。それに応えて出てきた音も非常に充実していました。岩城さんが指揮する時は,いつもOEKはよく鳴るのですが,特に立派な響きでした。曲の進行もドラマティックになり過ぎることがなく,全体のバランスもよく取れていました。自然な威厳の備わった見事な演奏でした。

続くピアノ協奏曲第3番の独奏者は,こちらもベテランの園田高広さんでした。岩城さんと合わせると2人で約140歳ということになります。この曲もハ短調ということで,前半のプログラムは,非常に統一感がありました。こちらもオーソドックスで立派な雰囲気に溢れていました。冒頭の序奏部からして,デリケートになり過ぎることがなく,素朴な雰囲気がありました。園田さんのピアノも淡白といえるぐらい渋い演奏でした。若いピアニストほど切れ味が鋭いわけでも音量が豊かというわけでもないのですが,2楽章のくすんだ味わいや3楽章のしっかりとした歩みの中にピアニストとしての年輪のようなものが感じられました。もちろん,そういう味は,しっかりとした技巧に支えられているのですが,それが前面に出過ぎないのがベートーヴェンには相応しいと思いました。3楽章の最後に長調に転調する部分も派手になり過ぎることがなく,「ドイツ音楽を聴いた」という充実感が残りました。

前述のとおり後半は,田園交響曲でした。この曲は静かに終わるので,後半に来ることは意外に少ないかもしれません。岩城さんとOEKによる田園は,浜離宮朝日ホールで収録された演奏がライブCDになっているのですが,基本的にはそれと同じ解釈の演奏でした。もちろん,生で聴くと音の広がりがCDとは各段に違うので,比較にならないほど楽しめます。この日の演奏は,「岩城さんの復帰」という特別な条件も加わっていたので,演奏にさらに充実感が加わっていたと思います。

岩城さんの田園は,1,2楽章が速目,3〜4楽章にクライマックス,5楽章はゆったりと味わい深く,という感じです。1楽章も3楽章も繰り返しをしないので,全体で40分かからずに終わります。特に3楽章はあっという間に終わります。これくらいの長さだと,曲全体としての統一感とかドラマの流れがより鮮明に出るので,停滞した感じの長い演奏で聴くよりはずっと良いのではないかと思います。

1,2楽章は,テンポが速く,弦楽器の響きも薄いので,かなりあっさりとしていますが,その分,木管楽器が加わってくると,花が咲いたように雰囲気が変わります。特にオーボエの健康的な音が素晴らしく良く響いていました。3楽章はスマートな雰囲気で始まるのですが,中間部になると,急に田舎っぽい雰囲気になり,対比が楽しめました。3楽章は繰り返しをしないので,すぐに嵐になってしまうのですが,この4楽章は非常に聴き応えがありました。その理由は,ティンパニの圧倒的な力によります。前述のCDでもそうなのですが,この日のティンパニは,トーマス・オケーリーさんでした(きっと岩城さんが招いたのだと思います)。この人の演奏は,雷そのもののような迫力とキレがあります。その他,コントラバスの迫力のある響きも見事でした。3人しかいないのですが,その分,やはり,キレ味の良さが出てきます。1,2楽章までは,弦楽器と木管楽器だけだったのが,3,4楽章で,打楽器,金管楽器が加わり,一気に音が広がるのも見事でした。5楽章への移行部は何度聞いても素晴らしいのですが,病み上がりの岩城さんには特に感動的に響いたのではないかと思います。そのせいか,かなりゆったりと情感のこもった演奏になっていました。それでも甘くなり過ぎることはなく,最後の方は悟ったような静かな雰囲気になっていました。いちばん最後のホルンの音はミュートをかけていたようで,非常に遠くから聞えてくる感じでした。5楽章の最初のホルンの音との遠近感と対比がはっきり出ており見事でした。というわけで,最後に行くほど感動を抑えたような雰囲気があり,それがまた感動的でした。

演奏後は盛大な拍手があり,アンコールとしてベートーヴェンの第1交響曲のメヌエット(スケルツォのようなもの)が演奏されました。こちらの方は打って変わってしなやかでスマートな演奏で,岩城さんが完全に復帰されたことを印象づけていました。

演奏後は,客席からも団員からも事務局からも岩城さんに花束が渡され,岩城さんの復帰を皆で祝う形になりました。病み上がりなので,あまり無理されない方が良いとは知りつつも,今年9月のOEKの専用ホールのオープンに向けて,岩城さんにはこれからもずっと頑張ってもらわなければならない,とこの日の聴衆は感じたことと思います。
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