オーケストラ・アンサンブル金沢第104回定期公演B
01/6/29 金沢市観光会館

1)メンデルスゾーン/「真夏の夜の夢」序曲
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第26番ニ長調「戴冠式」
3)ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調
(アンコール)
4)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
●演奏
ティエリー・フィッシャー/Oens金沢
練木繁夫(Pf*2)
アビゲール・ヤング(コンサートミストレス)
ティエリー・フィッシャー(プレトーク)

JR金沢駅前にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の本拠地となるクラシック音楽専用ホール,石川県立音楽堂が建物としては完成し,後は9月の柿落公演を待つだけになりました。新世紀の幕開けの年に,金沢の音楽界も新たなフェイズに入ることになります。というわけで,金沢市民全体から見れば一部なのかもしれませんが,OEK定期の会場は,このところ何とも言えない熱気に溢れています。今回のプログラムは,そういう熱気とは裏腹にやや軽目だったのですが,演奏の方は,期待を上回る素晴らしいもので,大変盛り上がりました。それは,今回がOEK初登場の指揮者ティエリー・フィッシャーさんの魅力によるものだと思います。

フィッシャーさんは,スイス生まれで,以前,ヨーロッパ室内管弦楽団の首席フルート奏者を務めていた人です。フルーティストとしては数回来日しているそうですが,指揮者としては今回が初来日です。まだ若い方で,音楽の方も非常に若々しいのですが,それでいてかなり大胆なところもあるので,これからどんどん注目を集めていく指揮者になると思います。

プログラムは,先に書いたように,軽目の曲ばかりで,指揮者の雰囲気によくあっていました。最初のメンデルスゾーンは,冒頭のフルートを中心とした木管の合奏からして非常にデリケートな味付けがされていて,一気に曲に集中させてくれました。続く弦楽器の速い動きはOEKならではのキレの良さで,室内オーケストラのメリットがよく表れていました。トゥッティの部分は,いつも聴くのとは違うフレージングで,一瞬「あれっ」という感じの驚きがありました。他の曲でも,時々,レガート気味に演奏して変化をつけるパターンがあったのですが,これはフィッシャーさんの特徴なのかもしれません。その他にも「スッと」変化するような細かい音量の変化をあちこちで付けたり,古楽器を思わせるカラっとしたティンパニの音が効いていたりして,非常に面白い演奏でした。変わったことをしているのに,緊張した感じとか,不自然な感じがないのは,指揮者の音楽的なセンスが良い上にOEKとも相性が良かったからだと思います。この曲では,エキストラでチューバが加わっていましたが,OEKの取り上げる曲で,これだけチューバが活躍するのも珍しいことです(オリジナルは,オフィクレイトという博物館にあるような楽器らしいですが)。

続く,モーツァルトの戴冠式は,練木繁夫さんのピアノ独奏でした。この曲は,モーツァルトの後期の曲としては単純で,聴きやすくはあるけれども,内容があまりない,という印象を持っていたのですが,今回の演奏は,そのイメージを裏切るものでした。一言で言うと非常にメランコリックなモーツァルトでした。戴冠式というニックネームからして華やかなのですが,それを逆手に取ったような演奏で,これもまた滅多に聴けないような面白い演奏でした。

OEKのいつものイメージからすると軽快に始まるのかと思ったら意表を付くゆっくりとしたテンポで始まりました。まだ意識がはっきりしていないうちに無理やり起こされたような夢うつつのような世界ということで,前の曲と「夢つながり」だったのかもしれません。ピアノの方も同じ印象でした。曲が進むにつれてますますメランコリックに沈潜していくような美しさが非常に印象的でした。トランペットとかティンパニなどもかなり抑え気味で,オーケストラの方もうまく雰囲気を作っていました。

2楽章は,最初はごく普通に始まったのですが,このシンプルなテーマが繰り返し出てくるたびに,テンポが抑え気味になり,非常に濃い味が出てきました。しかも,練木さんは,かなり大胆な装飾音符をつけて弾いており,楽章の最後のピアノ・ソロの部分になると,完全に別世界に入ってしまったようでした。いつも聞くモーツァルトとは全然違う世界に導かれるというのは生で演奏を聴く醍醐味です。

3楽章は他の楽章に比べるとさすがに普通っぽい演奏でしたが,それでも,出だしのピアノなどは,心にちょっとひっかかりがあるような密やかな感じで演奏されていました。ここでは,オーケストラのピシっとした強い響きとのコントラストも楽しめましたが,それでも浮つき過ぎるところはありませんでした。練木さんは,ギトリスとかシュタルケルとかの伴奏者としてよく名前を見かける方ですが,ソリストとしても強い個性と実力を持った方だということがよくわかりました。

後半は,ベートーヴェンの第8交響曲1曲だけでした。普通のオーケストラの場合,第8は前半に置かれるのが普通ですが,OEKの場合は,第8がメインになることは珍しいことではありません。この日の演奏も,プログラムを締めるのに相応しい充実感がありました。テンポは中庸で,スケールの大きい感じはしませんでしたが,「真夏の夜の夢」の時と同様の細かい味付けがされた演奏でした。1楽章は,アクセントの付け方が強烈でした。展開部から再現部に向かうあたりの執拗かつ鮮やかなリズム感が見事でした。これも室内オーケストラのメリットです。第1主題と第2主題とのメリハリもきっちりと付いており,非常にわかりやすい音楽になっていました。第2楽章は,冒頭の木管楽器の和音とリズムが非常に明確に響いていました。これは,指揮者がフルート奏者であることと関係があるのかもしれません。第3楽章では,中間部のホルンとクラリネットのソロが見事でした。それを支えるチェロの動きも面白く,室内楽を聴いているようでした。第4楽章は,遅過ぎないけれども,無理のない速さで,冒頭の特徴のあるリズムがきっちりと演奏されており,澄んだ響きに溢れていました。終結部のすっきりした終わり方も,指揮者のセンスの良さを感じました。今回のティンパニ奏者は,外国人の女性の方だったのですが,いちばん最後の「乱れ打ち」は見ていてなかなか格好良かったです。

というわけで,メリハリの面白さと,流れの自然さがこの曲にはピッタリでした。フィッシャーさんの若々しい指揮振りとそれとピッタリの音楽は,お客さんにも強くアピールしたようで,演奏後には,非常に盛大が拍手が起こりました。なかなか袖から出てこなかったので,手拍子が「カンパイ・ラガー」という感じに揃ってしまったくらいでした。こういうことはクラシック音楽としては非常に珍しいことです。

それに応えて,アンコールとしてフィガロの結婚の序曲が演奏されました。これもメリハリのきいた演奏だったのですが,もしかしたらこれはアルノンクールの演奏と非常によく似ているのではないか,と感じました。フォルテの時の大胆で強烈な音などは,そっくりです。アルノンクールはヨーロッパ室内管弦楽団をよく指揮していますが,その時に大きな影響を受けたのに違いありません。ヨーロッパ室内管弦楽団といえば,アバドもよく指揮していますが,この人はアバドの爽快感とアルノンクールの大胆さを混ぜた感じの指揮者といえるかもしれません。アンコールを聴きながら妙に納得してしまいました。
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