藤井香織フルートリサイタル
01/7/19 金沢市アートホール

ジュナン/ヴェニスの謝肉祭
モーツァルト/ピアノ・ソナタイ長調K.331〜第3楽章
バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第1番〜プレリュード,ブーレ,ジーグ
ベーム/グランド・ポロネーズ
ドップラー/ハンガリー田園幻想曲
ドビュッシー/シリンクス
フォーレ/シチリアーノ
ボルン/カルメン幻想曲
(アンコール)
ラフマニノフ/ヴォカリーズ
ムーア/ボサノヴァ風の曲
●演奏
藤井香織(Fl),藤井裕子(Pf)

先月は,高木綾子さんのフルートの演奏会に行って来たのですが,今回の藤井香織さんも,高木さんと同世代のフルート奏者です。藤井さんの方が少し若いのですが,どちらも東京芸大出身ということで,ライバル的な存在ということになります。印象としては,藤井さんの方がスケールが大きく,華やかな雰囲気があります。高木さんの方はクールな印象がありますが,どちらも中々個性的です。お2人ともCDを数枚出していますが,どちらの演奏会も終演後,サイン会をやっていました。最近,日本のクラシックCD業界は,様変わりしてきていますが,コンサートとCD販売をセットにするような形が普通になってきたような気がします。そういう面では,演歌歌手と似てきているかもしれません。

この日の演奏会は,地元の薬局が主催で,お客さんの雰囲気が普通のクラシック音楽の演奏会とはと少し違っていました。何となく拍手のボリュームが少なかったのは,日頃,演奏会に来ない人が多かったせいかもしれません。ただし,演奏の方は非常に充実していました。フルートの名曲を並べたこともあるのですが,藤井さんの演奏に対する積極性が,小ホールで聴いたこともあり,ダイレクトに伝わって来ました。

最初のヴェニスの謝肉祭は,トランペットでもよく聴く曲ですが,慌てないテンポで,一音一音を美しく聴かせてくれました。一本の楽器で伴奏とメロディを同時に演奏しているような箇所がすごいと思いました。じっと見ていても,どうしてそのように見事に吹けるのかよくわかりませんでした。

2曲目はこの日の伴奏者の藤井裕子さんによるピアノ独奏でした。裕子さんは,香織さんのお姉さんですが,こういう兄弟or姉妹の組み合わせというのはトランペットのナカリャコフの場合と同様です。昨年行ったナカリャコフさんの演奏会の時も,お姉さんが1曲ソロを演奏していました。プログラムを見た限りでは,フルートでトルコ行進曲を演奏するのかと思っていたので,少々意外でした。また,ピアノで演奏するトルコ行進曲が1曲ポツっとプログラムに入るのは異質な感じがしました。どうせならフルートの演奏で聴いてみたかったと思いました。お姉さんは,香織さんの出した年齢当てクイズによると「5歳上」ということでしたが,見た感じでは同じぐらいの年齢に見えました。「控え目なお姉さんと勝気な妹」の組み合わせというのは,実社会でもよくありそうです。

続く曲は,バッハの無伴奏チェロ組曲をフルート・ソロに編曲したものの演奏でした。香織さんは,その編曲版のCDも出しているので,藤井さんの看板曲ということになります。もともとフルート・ソロ用に作られたかのように自在な間合いで自信たっぷりに演奏しており,大変聴き応えがありました。それでいて,しつこくなり過ぎることもなく,バッハらしい清廉な感じもありました。フルート1本にも関わらず,単調にならないように細かく変化をつけて演奏しており,全曲聴いてみたかったと思いました。

前半最後の曲は,ベームのグランド・ポロネーズという技巧的な曲でした。ベームというのは,現代のフルートの創始者とのことですが,この曲自体はそれほど印象に残る曲ではありませんでした。やはり,本格的な作曲家とは違うせいかもしれません。

後半は,おなじみの名曲ばかりでした。ハンガリー田園幻想曲は,「楽譜を忘れてきたので,間違えるかもしれない」という断り付きで演奏されたのですが,大変立派な演奏でした。先月,高木綾子さんの演奏でも聴いたのですが,小ホールで聴いたこともあり,この日の演奏の方が大柄でタイナミックだと思いました。高音の強い音が出てきても,全然うるさくならないのもさすがだと思いました。

シリンクスは,「この曲は元々は劇音楽のために作られたものです」という説明の後に聴いたので,イメージが涌きやすくなりました。劇中で牧羊神パンが死ぬ直前に演奏する曲,ということでした。昨年のオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演で工藤重典さんが,「ランパルの死を悼んで」この曲をアンコールで演奏したのですが,そういう意味では非常にふさわしい選曲だったのだ,とこの演奏を聴きながら感じました。

最後のシチリアーノ,カルメン幻想曲もそれぞれに素晴らしい演奏でした。藤井さんの演奏には,聴かせようとする積極性とたくましさのようなものがどの瞬間にも溢れているので,非常に充実感があります。フルートには,他の木管楽器同様,人間の声に近いような歌謡性と器楽性が共存しており,カルメン幻想曲のような曲では,その二面が楽しめます。ハバネラのような部分では,その「歌いまわし」の面で,もっと味や遊びが出てくると,もっと楽しめるかなという気はしましたが,藤井さんの度胸の良さというのは,真似して身につけられるものではないと思います。今後,さらに経験を積んでいくと,さらにスケールの大きな演奏家になっていくのではないかと感じました。

アンコールは2曲演奏されましたが,最後のボサノバ風の曲が特に印象に残りました。すべての器楽奏者に共通することですが,今後,クラシック音楽とポップスを区別する意味はなくなってくるのではないか,ということを感じさせるような鮮やかな演奏でした。
藤井香織フルートリサイタル