室内楽の夕べ:三井ホーム・スーパー・クラシックコンサート
0 01/7/26 金沢市アートホール

1)ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ
2)ラヴェル/ツィガーヌ
3)ショパン(ミルシテイン編曲)/ノクターン第20番
4)ブラームス(ヨアヒム編曲)/ハンガリー舞曲第2番
5)ヴィラ=ロボス/黒鳥
6)カタロニア民謡(カザルス編曲)/鳥の歌
7)サン=サーンス/白鳥
8)マルティヌー/ロッシーニの主題による変奏曲
9)ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第7番op.97「大公」〜第1楽章
10)メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第1番ニ短調,op.49〜第2楽章
11)ピアソラ/リベルタンゴ
12)アイルランド民謡(クライスラー編曲)/ロンドンデリーの歌
13)ヴェルディ(新井よう子編曲)/歌劇「運命の力」序曲
(アンコール)
14)エルガー/愛のあいさつ
15)ピアソラ/リベルタンゴ
●演奏
吉田恭子(Vn*2-4,915),渡部玄一(Vc*5-15)
白石光隆(Pf)

このところ「Jクラシックス」と呼ばれる日本人若手演奏家の演奏会に頻繁に出かけています。今回の演奏会もその一種です。いずれも,どこかの企業の「お得意様ご招待」みたいになっているのが特徴です。この日は,三井ホームのお得意様ご招待の演奏会でした(私は知人に券をもらいました。)。演奏会の後,CDサイン会が開かれるのも共通しています。というわけで,このところサイン入りCDが溜まる一方です。考え様によっては,CDの値段を払って入場しているとも言えます。

この日の演奏会は知人に「有名な人が出る」とだけ聞いていたのですが,演奏会当日まで誰が出演するのかわかりませんでした。こういうのもなかなかスリルがあって楽しめます。前回の三井ホームの演奏会では,横山幸雄さんが出たので,今回もかなり有名な人だろうと期待していましたが,前回ほどには有名な人ではありませんでしたが,その分,3人になっていました(その分,ギャラが1/3?...という話は止めましょう)。

3人の中では,ヴァイオリンの吉田恭子さんの名前は聞いたことがありました。2ヶ月ほど前のNHKの芸術劇場で「Jクラシックスの商売の方法」みたいな特集をやっていたのですが,その時にビートルズの曲をアレンジしたCDとクラシックの小品集を同時発売する新人として売り出していたのが吉田さんでした。ポップス歌手と同じような手法でクラシック音楽演奏家を売り出すことの是非について特集したこの映像は(もちろんどちらが良いという結論は出していませんでしたが),なかなか衝撃的(大げさにいうと)なものでした。結果的に,私自身もこういう流れに乗せられてしまっていることになります。それほど,現在大手レコード会社のクラシック部門は苦労しているようです。

演奏会は,珍しいことに19:30開演でした。私は19:00開演だと思っていたので,かなり時間を持て余してしまいましたが,どういう意図があったのかはわかりませんでした。演奏の方は演奏者のトークを交えながら進める,という形式でした。これも,Jクラシックスに共通するパターンです。前半は,ピアノ・ヴァイオリン二重奏,ピアノ・チェロ二重奏,後半はピアノ三重奏という構成になっていました。吉田さんを前面に押し出した演奏会になるのかと思っていたので少々意外でした。

その代わりに白石光隆さんというピアニストの素晴らしさが目立っていました。演奏会は,まずこの白石さんのソロから始まりました。白石さんのピアノの音質は非常にクリアで色彩的で,弾きっぷりにも常に余裕がありました。さらりと演奏していましたが,それがラヴェルの曲にはぴったりでした。ニコニコとして腰が低そうな感じの方だったのですが,ただの伴奏者とは一味違います。他の曲でも,ハッとするような美しい瞬間にあふれていましたのでソロのピアニストとしての実力を十分に持った方だと思いました。会場では,吉田さんのCD(これも白石さんの伴奏)に加え,白石さんの独奏のCD(音楽之友社発売のもの)を販売していたので思わず買ってしまいました。もちろんサインも頂きました。このCDは,選曲も凝っておりベートーヴェンと吉松隆がカップリングされています(このCDも素晴らしく気持ちの良い演奏です)。白石さんにはこれからも注目していきたいと思っています。外見は,若い時の岩城宏之さんみたいな感じで,Jクラシックスの定義(?)からは外れるかもしれませんが,相当実力のある方なのだと思います。

2曲目からは吉田さんが登場しました。最初のツィガーヌは,最初にヴァイオリン・ソロが延々と続き,その後,ピアノが入って来るので,音程が悪いとすぐ目立ってしまいます。その点については,見事にクリアしていましたが,演奏のスケール感があまり感じられませんでした。吉田さんは非常に小柄な人だったので,見た目の印象が影響したのかもしれません。抜けるようなスカっとした音がないのもこの曲には少々物足りないような気がしました。この日のホールは室内楽専用ホールだったので音量的に不足は感じませんでしたが,もう少し大きいホールだとあまり音が通らないのではないか,という気もしました。

デビューのCDに納められているようなインティメイトな感じの小品が,吉田さんには相応しいのかな,と思って2曲目のノクターンを聞いたのですが,こちらの方も今ひとつ印象に残りませんでした。吉田さんは非常に堅い表情で演奏していましたが,演奏の方も無表情に聞えました。吉田さんの地味目の音色はこういう曲には相応しいとは思うのですが,残念ながら,私との相性はあまり良くなかったようです。

前半の後半には,渡部玄一さんというチェリストが登場しました。この方の取り上げた曲は,いわば「鳥づくし」で,面白かったのですが,やはり,音がのっぺりとした感じに聞こえました。とても美しい音だったのですが,渋みのようなものがなく,気持ち良く耳に入りすぎていくような気がしました。

後半は,ピアノ三重奏による演奏でした。最初に,純粋なクラシック音楽のピアノ三重奏曲からの1つの楽章が2曲演奏されたのですが,この演奏も,なんとなくしっくりこない気がしました。やはり,ヴァイオリンが弱く,その分,ピアノの音が明る過ぎるのが,原因だと思います。

その後のリベルタンゴは,この日の演奏の中ではいちばん楽しめる演奏でした。サントリーのCMで有名になった曲ですが,まず曲自体がカッコ良いと思います。冒頭のチェロのメロディがチェロとヴァイオリンでダブって再現してくるとゾクっします。渡部さんのチェロの演奏は,後半の室内楽の方では,とても冴えていたと思いました。続く,ロンドンデリーの歌はヴァイオリンとピアノの二重奏のものは聴いたことがありますが,ピアノ三重奏で聴くのは初めてでした。

最後の「運命の力」序曲は,フル・オーケストラの曲をピアノ・トリオに編曲したもので,とても楽しめました。「ピアノ・トリオはオーケストラを再現できる最小の編成である」ということを聞いたことがありますが,そのことが納得できました。NHK衛星放送のシネマ・パラダイスという番組で,毎週,ありとあらゆる映画音楽をピアノ・トリオにアレンジして演奏していますが,それを思い出してしまいました。

というわけで,楽しめた部分とそうでなかった部分のあった演奏会でしたが,新人の吉田さんには,こういう気軽な感じの演奏会では,もっとリラックスした雰囲気で演奏してもらいたいな,と思いました。先日,同じホールで聴いた藤井香織さんの演奏を聴いたばかりだったので(別の楽器ですが),つい比較してしまいました。

PS.実は,この文章は吉田さんの「Sea shell」というヴァイオリン小品集の新譜CDをかけながら書いているのですが,このCDは聴いていて不思議と飽きが来ないCDです。ハイフェッツなどヴァイオリニストによる編曲ものばかりを集めているのですが,吉田さんの表情過多にならない表現が,心を癒してくれるような気持ち良さを生んでいます。CDの方はお薦めです。
室内楽の夕べ:三井ホーム・スーパー・クラシックコンサート