石川県立音楽堂柿落公演:ベートーヴェン「第9」公演
2001年9月14日 石川県立音楽堂

1)バッハ,J.S.(外山雄三編曲)/トッカータとフーガニ短調
2)ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調op.125「合唱付き」
●演奏
岩城宏之/Oens金沢
小林英之(Org*1)
ヤーナ・ハヴラノヴァ(S*2),アンドレア・ベーカー(A*2),クラウス・シュナイダー(T*2),ルドミル・クンチュウ(Br*2),バンベルクSOCho(合唱指揮:ロルフ・ベック)
JR金沢駅東口に,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の本拠地となるコンサートホール,石川県立音楽堂が完成しました。OEKのファン,そしてOEKの団員にとっては待望のホールです。ホールとオーケストラの運営者が同じ,というケースは国内では初めてのようで,その点でも注目を集めています。その開館記念式典は12日に行われたのですが,通常の演奏会としてのお披露目は,この日のプログラムが最初となります。この演奏会を含め,柿落公演が3日連続で開かれます。連日,合唱入りの曲が演奏されるのですが,その初日は,第9を中心とした公演でした。聴く方も,かなり浮かれているだけあって,予想どおりの素晴らしい演奏会となり,客席の方もとても盛り上がっていました。

このホールには,非常に大きなパイプオルガンが付いているのですが,その機能を見せる意味も兼ねてか,最初に,バッハのトッカータとフーガが演奏されました。といっても,オルガン独奏ではなく,外山雄三さんが室内オーケストラとオルガン用に編曲したものです。これは,東京オペラシティでのOEKの公演用に外山さんに委嘱されたものです。東京オペラシティには行ったことはないのですが,写真で見る限りでは同じシューボックス型のようなので,石川県立音楽堂は「兄弟分」と言えるかもしれません。

この曲なのですが,冒頭,あの有名なトリルの音形が出てこなかったので,ちょっと意表を突かれました。音合わせのような感じで木管楽器の音が出てきたので,何の曲だろうと一瞬思ってしまいました。オルガンとオーケストラは,同時に演奏する部分が意外に少なく,交互に演奏して,音色を競い合っているような雰囲気がありました。オルガンの方は,大体原曲と同じような音を弾いていたのですが,ところどころ休みが入り,その分をオーケストラが補っているような感じでした。全体に豪快な音を聴かせるというよりは,室内オーケストラを意識した知的な感じの編曲になっていたと思います。テンポはオーケストラで演奏する分,必然的に遅くなってしまいますが,編成が小さいだけあってもたれることはなく,じっくりと聴くことができました。木管楽器とオルガンの音色の相性は特に良く,どちらの音なのかわからなくなる面白さもありました。

後半は,メインの第9です。この曲を年末以外に聴くことは,非常に珍しいのですが,柿落を皆で祝うには最適な曲だと,あらためて思いました。岩城さんの指揮は,いつもどおり率直で,ダレたところがなく,見事な第9になっていました。

第1楽章は,デリケートになり過ぎることもなければ,大げさになり過ぎることもない落ち着いた演奏でした。柿落だからといって,第1楽章からはしゃぎ過ぎないのが,ベテラン指揮者らしいところだと思います。第2楽章は,繰り返しをきちんと行っていたようでした。全般に快適なテンポで,軽い弦の音が心地よく響いていました。中間部のホルンやオーボエの音も,いつもにも増して美しく聞えました。3楽章も速目のテンポで,美しい響きに溺れる過ぎることのない節度のある演奏になっていました。3楽章は,「遅い楽章=少し退屈かな」と感じることもあるのですが,この日の演奏は,テンポの切り替えがきちんと付いていたので,ダラダラとした感じがなく,とても爽やかでした。楽章の最後の方のホルンの美しいソロも素晴らしかったし,トランペットの強奏も気合いが入っていました。このホールだと金管がうるさくならないのが良いと思います。

合唱団や独唱者は,楽章間に入ってくることが多いのですが,この日は,最初から全員ステージに乗っていました。そのこともあり,全曲が中断されることなく一気に演奏されたような印象がありました。第3楽章と第4楽章の間のインターバルも短めでした。

第4楽章は,特に見事な演奏でした。これまで私が聴いた第9の中でも最高の演奏だったと思います。その素晴らしさは,バンベルク交響楽団合唱団の素晴らしさに尽きるような気がします(実は,プロの合唱団を生で聴くのは初めてだったのですが)。合唱団は40人ほどで,OEKとちょうど良いバランスでした。人数の割にボリュームがあり,芯のある明確な歌を聴くことができました。さすが,プロだと思いました。テンポは,これまでの楽章同様早目で,全くだれるところがないのも気持ちの良い点でした。独唱者の中では,バリトンが印象に残りました。ちょっと品がないような気はしましたが,とても良く通る声で会場全体に響くような気持ち良さがありました。テンポを煽っているわけではないのですが,フィナーレに近づくにつれ,熱気が自然に出てくるのも素晴らしいと思いました。最後のあたりでは,打楽器がちょっとズレたような感じでしたが,非常に充実したクライマックスになっていました。岩城さんの指揮は,小細工をしないところが,とても爽やかです。それでいて味があるのは,OEKというオーケストラの魅力なのかな,と感じました。

演奏後は,非常に長く拍手が続きました。立ち上がって拍手をしている人もいました。この拍手の長さが,新ホールとOEKへの期待をそのまま象徴しているようでした。

PS.この日は,柿落初日だけあって,池辺晋一郎さん,武田明倫さん,谷本石川県知事など有名な人を数人見かけました。ホールの中は,これまでの多目的ホールとは違った高級感とゆとりがあり,生活感が全くありません。テロ事件のことなど忘れて,別空間に浸れるのが素晴らしいところです。

開幕ベルは西村朗さんが作ったもので,抽象的な感じですが,その方が飽きがこないし,邪魔にもならないと思います。

ホールの響きについては,あれこれ席を変えて聞き比べをしているところなのですが,今回聴いた1階奥(庇の下)というのは,良くない部類に入ると思います。まず,拍手の音が全然響かず,自分1人で拍手しているような感じになってしまうのが寂しいと思いました。ステージの音は十分よく聞えたのですが,気のせいか,後方にいる楽器の方がよく聞えるような気がしました。第1ヴァイオリンの音が薄く聞こえてちょっと物足りない気はしたのですが,反対に声楽のや管楽器の音はとても良く聞えました。

今回の演奏会は,NHK-BSでライブ録音・録画をしていました。どういう形で放送されるかわかりませんが,楽しみにしたいと思っています。
石川県立音楽堂柿落公演:ベートーヴェン「第9」公演