石川県立音楽堂柿落公演
ホールオペラ「呼びかわす山河:前田綱紀の時代〜」
2001年9月16日 石川県立音楽堂

池辺晋一郎(佐々木守脚本)/ホールオペラ「呼びかわす山河:前田綱紀の時代」
●演奏
岩城宏之/Oens金沢,OEKCho(大谷研二合唱指揮)
前田綱紀:吉田浩之(T),摩須夫人:小川明子(Ms),預弦院:豊田喜代美(S)
保科正之・生駒万子(二役):池田直樹(Br),松尾芭蕉:直野資(Br),河合曽良:高野二郎(T)
壇ふみ(語り)

石川県立音楽堂柿落公演の3日目は,金沢にちなんだ新作オラトリオの初演となりました。内容は,加賀藩5代藩主の前田綱紀の時代を「オーケストラ+独唱,合唱,語り」で描いたものです。当初,「オラトリオ」という肩書きだったのが,パンフレットでは「ホールオペラ」というものに変わっていましたが,宗教的な題材でない上,見たところ,「どうみてもオペラ」だったので,当然の変更かもしれません。最近よくある演奏会形式オペラといったところでした。

前田綱紀は石川県以外の人にはなじみがないと思いますが,「加賀百万石=文化的」というイメージを作った藩主です。21世紀における県立音楽堂の建設と江戸時代における百万石文化の隆盛とをシンクロさせようというのが作品の意図といえます。

作品の評価についてですが,脚本にかなり問題があったのではないかと思いました。今回は,「ウルトラマン」(相当古い?)の脚本など主にテレビで活躍してきた石川県出身の佐々木守さんが担当しました。それと関係あるかどうかわかりませんが,非常に説明的な歌詞になっていました。音楽に乗せて歌うにはもう少し詩的でシンプルな内容にする必要があると思いました。この作品は,2部構成だったのですが,1部の方は,役者間の会話ばかりで,ほとんど「現代風レチタティーヴォ」といった雰囲気でした。アリアとまではいかなくても,もう少したっぷり歌うシーンを作って,変化をつけて欲しかったと思いました(第1部で浅野川が氾濫するシーンがあり,変化はあったのですが,ちょっと唐突?)。

ストーリーの方も金沢を訪れた芭蕉一行の話と,江戸にいる綱紀の2つの系列の話が,並行して進み,何となくはっきりしない感じでした。恐らく,当時の金沢の雰囲気を立体的に再現したかったのだと思うのですが,残念ながらあまりイメージが涌きませんでした(金沢にいる人を奥に,江戸にいる人を指揮者の前に配列するアイデアはなかなか面白いと思いましたが)。映像が付いていれば,説明的な歌詞でももっと効果があったのではないか,と思いました。あと,曲のクライマックスが「綱紀に子供ができる」という場面になっていたのが,かなりの波紋(?)を呼んでいたようです。側室が「必ず,必ず,男のお子を生んでみせまする!」といって曲が盛り上がっていくのですが,歌っている人自身かなり抵抗があったのではないかと予想します。当時がこういう社会だったことは確かですが,これを21世紀の今,曲のクライマックスとして取り上げることはないと思います(今回の公演パンフレットには,大変親切なことに脚本が全部載っていました。そのせいで,粗探しのようなことができてしまうのですが...。実は,ソリストの歌詞ははっきり聞えませんでした。合唱曲には,字幕が付いたのですが,むしろ合唱曲の歌詞の方がはっきりと聞えました。)。

と,あれやこれや,問題点ばかり書いたのですが,それ以外は素晴らしかったと思いました。オーケストラと語り手以外は,セット無しなのに全員着物を着ているというのは不思議な光景ではありましたが,役柄が分かりやすくなっていたし,何といっても,見た目が楽しげになりました。第1部は,前述のとおりかなり単調だったのですが,第2部になると,合唱団(全員浴衣を着ていました)が加わり,視覚的にも,とても華やかな雰囲気になりました。曲の方も変化が出てきました。特に合唱団が歌った曲は,わらべ歌(地元の子供達による合唱でした),言葉遊び的な歌,郷土の伝統芸能を賛える歌など,どれも楽しめる曲になっていました。前述のとおり,最後に「男の子を...」というシーンが出てくるのですが,このシーンも,何故か盛り上がってしまうのが音楽の不思議さです。さすが池辺さんの音楽の付け方は巧いな,と思いました。

独唱者も皆さん素晴らしかったと思います。綱紀の吉田さんの声は,非常に若々しく,美しく,名君という雰囲気があったし,側室の豊田さんの声にも,なんとも言えないやさしい情感がこもっていました。豊田さんは,今年の冬の定期公演でドイツレクイエムのソロも歌われていましたが,その時よりも良かったような気がしました。池田さんと直野さんは,セリフを言うようなシーンばかりだったのですが,とても自然でした。日本語でレチタティーヴォのような感じで歌うのは難しいと思うのですが,さすがだと思いました。檀さんのナレーションも作品の内容に相応しい落ち着きがあり見事でした(もっと近くで見たかったのですが...。今回は3階席でした)。その他,芭蕉の金沢の門人役はOEK合唱団の男性が担当していました。難しそうなメロディ(といえるかどうか)を巧く歌っていたと思いました。OEKの方も,木管楽器のソロがきれいに浮かび上がって来たり,打楽器が結構華やかに活躍したりと,聴き所がいくつかありました。何といっても,限られた練習時間の中で,よくまとめられたものだと思いました。今回の上演は,作曲者,脚本家及び独唱者,ナレーターを始めとした演奏者すべてに,どういう作品でも時間内にきっちりと仕上げることのできるような職人的能力があったからこそ実現できたのではないかと思いました。

最初に書いた,佐々木さんの脚本なのですが,何か原作のあるものを脚色するような形にした方が良かったのではないかと思いました。1年前にOEKがペールギュントを演奏した時の佐々木さんの脚本はとても良かったので,今回もそういう形の方が良かったような気がしました。そうでなければ,(今回,合唱部分の印象が強く残ったので)全曲を合唱を中心とした「カルミナ・ブラーナ」のような作品にした方が面白かったのではないかな,という気もしました。

結局,3日間の柿落公演を全部聴いてしまいました。聴いている方も大変でしたが,岩城さんをはじめとした演奏者の皆さんは,もっと大変だったと思います。いずれにしても(大げさにいうと),石川県の音楽史に残る3日間になったのではないかと思います。
石川県立音楽堂柿落公演:ホールオペラ「呼びかわす山河:前田綱紀の時代〜」