オーケストラ・アンサンブル金沢第108回定期公演F
01/10/7 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ポンティエル/1940年代のミロンガ
2)ドナート/淡き光
3)スタンポーニ,カスティージョ/最後のコーヒー
4)トロイロ/ラ・トランペーラ
5)ピアソラ/ブエノスアイレスの夏
6)ピアソラ/92丁目通り
7)ピアソラ/コントラバヒシモ
8)ピアソラ/五重奏のための協奏曲
9)ピアソラ,フェレール/ロコへのバラード
10)(アンコール)ガルデル,レ・ペラ/首の差で
11)ピアソラ(ヴェルテン編曲)/アディオス・ノニーノ
12)ルケッシュ(ヴェルテン編曲)/ヴィオレッタに捧げし歌
13)リクスナー(ヴェルテン編曲)/碧空
14)ビジョルド(サラベール編曲)/エル・チョクロ
15)アンダーソン(ビメイズ編曲)/ブルー・タンゴ
16)ロドリゲス(ピカヴェ編曲)/ラ・クンパルシータ
17)カナーロ,モーレス(ヴェルテン編曲)/さらば草原よ
18)ピアソラ/バンドネオン協奏曲
19)(アンコール)ピアソラ/オブリビオン
●演奏
ルドルフ・ヴェルテン(11-19)/Oens金沢(11-19)
小松亮太(バンドネオン*1-10,18,19),ザ・タンギスツ(熊田洋(Pf),近藤久美子(Vn),山崎実(Cb),桜井芳樹(G))(1-10),ロベルト杉浦(Vo*3,9,10)
桑原和美&JOE(ダンス*1,4,10),東義人&東友子(ダンス*12,17)
マイケル・ダウス(コンサートマスター),ルドルフ・ヴェルテン,小松亮太(トーク)


Review by管理人hs

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,ファンタジー・シリーズ(F)の第1回目でした。このFシリーズでは,クラシック音楽の範疇には入らないような曲目が多く取り上げられます。今後,OEKの定期公演では,クラシック音楽とクロスオーバーするようなゲスト・アーチストを招き,OEKとジョイント・コンサートをするようなスタイルが多くなるのではないかと思います。他のオーケストラでは,こういうタイプの演奏会については,「ポップス・コンサート」「ファミリー・コンサート」などと呼んで,定期公演と区別しているケースが多いのですが,OEKの場合は,この種のコンサートも定期公演に含めるということになります。クラシック音楽とその他の音楽との敷居を作らないという方針は,かなり思い切った視点なのではないかと思います(雑誌「音楽の友」などの演奏会評で取り上げられるかどうかに注目してみたいと思います。)。そういうFシリーズですが,今回の場合,前半には全くOEKが登場しませんでした。オーケストラの定期公演としては,相当型破りなものと言えます。

今回は,「タンゴ・プロジェクト」というタイトルの下に,バンドネオンの小松亮太さんを中心として,タンゴがたくさん演奏されました。前半は,小松亮太さんとザ・タンギスツによる演奏。後半は,ルドルフ・ヴェルテンさん指揮OEKによる演奏。最後に,OEKと小松亮太さんの共演でピアソラのバンドネオン協奏曲が演奏されるという構成でした。その他,歌入りの曲,ダンス入りの曲が入ったり,照明があれこれ変わったりと,通常の定期公演とはかなり違う雰囲気でした。

前半は,小松亮太さんとザ・タンギスツによる演奏でしたが,これは,ピアソラ自身のタンゴ・バンドと全く同じ楽器編成です。つまり,バンドネオン,ピアノ,ヴァイオリン,ギター,コントラバスという編成です。後半は,室内オーケストラによるタンゴが演奏されたのですが,前半の五重奏の方が本物のタンゴらしかったことは言うまでもありません。編成が小さい方が,リズムのキレが良いし,甘すぎない雰囲気になります。楽器の音は,すべてマイクを通した音だったのですが,うるさ過ぎる事もなく,良いバランスでした(ヴァイオリンの音色だけは,いつも聴いている響きと比べるとかなり不自然でしたが)。演奏された曲の中では,やはりピアソラの曲が印象に残りました。特に,コントラバヒシモ,五重奏のための協奏曲の2曲が素晴らしいと思いました(この2曲は,共にピアソラが録音した有名なアルバム「タンゴ・ゼロ・アワー」に収録されています)。この演奏会は,日曜の午後に行われたのですが,いずれも夜の雰囲気の漂う作品で,「本物のピアソラを聴いた」という充実感が残りました。小松さんのバンドネオンのキレの良さや音色の変化も面白かったのですが,特にこの2曲では,ザ・タンギストの各奏者の間の「対話」の面白さも感じられました。

この日のステージは,バンドの前に踊りを踊るスペースがあり,ダンスの加わる曲もありました(さすがにピアソラの曲では踊っていませんでしたが)。前半では,歌の入る曲もありました。歌手は,ロベルト杉浦という人でした。ロベルトと入っても,ラテン系ではなく,タンゴが好きでたまらず,タンゴ歌手になってしまったという日本人です。そういう,ちょっと一癖あるような雰囲気の方でしたが,非常に朗々と歌っており,会場は,多いに盛り上がりました。いずれも,セリフ入りの曲だったのですが,セリフ部分だけ日本語で,歌になるとスペイン語になるというのも,なかなか不思議な味わいでした。ラテン系の歌詞を日本語で歌うと,歯が浮いたような感じになりますが,歌になるとピタリとはまるのが面白く感じました。前半最後の「ロコへのバラード」は,数年前,ミルバのライブで聴いたことがあります。杉浦さんも素晴らしい歌唱でしたが,やはり,ミルバの迫力と演技力には負けると思いました。

後半は,OEKによる演奏でした。ビラを見る限りでは,前半後半ともOEKとザ・タンギスツの共演かと思っていたのですが,そういう編成の演奏は1曲もありませんでした。編曲するのが難しいかったのかもしれませんが,1曲ぐらいは全員で演奏してもらいたかったと思いました。というわけで,後半の最初は,オーケストラだけによる演奏でした。オーケストラの配置は,かなり変則的で,下手から第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリンと並び,コントラバスは,第1ヴァイオリンの後にいました。パーカッションやピアノも下手にいたので,恐らく,リズムや低音部を担当する楽器を下手側にまとめたのではないかと思います。

今回のオーケストラ演奏は,すべて編曲による演奏でした。ヴェルテンさん自身の編曲がほとんどだったのですが,残念ながら,タンゴらしい雰囲気がかなり薄められていました。バンドネオンが入っていないせいもあるのですが,タンゴのリズムの刻みが弱く,ムード音楽に近い雰囲気でした。時々出てくるダウスさんのヴァイオリン・ソロ,トロンボーンのソロ,トランペットの帽子を使ったミュートなどは楽しめましたが,前半の雰囲気とは少々落差がありました。

いちばん最後に小松さんが再度登場し,ピアソラのバンドネオン協奏曲が演奏されました。これはオーケストラ,バンドネオンともに見事な演奏で,非常に楽しめました。この曲の原題には,弦楽オーケストラ,ピアノ,ハープ,打楽器といった言葉が入っているようですが,OEKにふさわしいタイプの曲でした。打楽器が派手に活躍する曲で,五重奏のリズム・セクションをダイナミックに拡大したような面白さがありました。弦楽器の方も,五重奏では1人で演奏していたような「ピアソラ的な奏法」を弦楽器奏者全員でやっており,面白いと思いました。曲の構成は,かなり古典的でしたが,やはり,バンドネオンを含む響きは新鮮で,他に比べようのない個性を持った曲だと思いました。アンコールでも,ピアソラのバンドネオンと弦楽合奏のための曲が演奏されました(恐らく,編曲したもの?)。曲名は聞き取れなかったのですが,静かな雰囲気のある,とても良い曲でした。

小松さんは,一見ごく普通の若者で,自然体で演奏しているような雰囲気を持った方でしたが,演奏には,常に熱いものを秘めており,聴衆を引き付ける力がありました。オーケストラと共演する機会がそれほど多くないせいか,ステージマナーは非常に初々しく感じました。バンドネオンという楽器の性格上,これからも小編成での活動が中心になると思うのですが,小松さんが,この曲をレコーディングする機会があれば,是非,OEKと一緒に入れて欲しいものだ,と思いました。(2001/10/08)

(注)その後,読者の方から,「小松さんはけっこうオーケストラと共演していますよ」というご指摘を受けました。確かに,ピアソラの協奏曲を演奏できる奏者は日本では,小松さんしかいないかもしれませんので,ひっぱりだこかもしれないですね。その他にもアンコールの曲名や記述の間違いなどを教えて頂きました。(2001/12/04)
オーケストラ・アンサンブル金沢第108回定期公演F