歌劇「カルメン」公演
2001ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭
01/10/14 石川県立音楽堂コンサートホール

ビゼー/歌劇「カルメン」(抜粋,演奏会形式・原語上演・衣装・照明・字幕付き)
●演奏
ジャン=ルイ・フォレスティエ/Oens金沢
Oens金沢Cho,もりのみやこCho,もりのみやこ少年少女Cho(合唱指揮:鈴木織衛)
伊原直子(カルメン(Ms)),五十嵐修(ホセ(T)),シリル・ロヴリィ(エスカミーリョ(Br)),広瀬美和(ミカエラ(S)),山崎小桃(フラスキータ(,S)),西けい子(メルセデス(S)),大野光彦(レメンダート(T))
池田直樹(ダンカイロ(Br),演出・案内役)
松井直(コンサートマスター)


Review by管理人hs かきもとさんの感想

2001ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭のメイン行事として歌劇「カルメン」が演奏会形式で上演されました。かなり前から主催者が,「カルメンの楽しみ方」といったプレイベントを繰り返し行っていたせいか(私も10月9日に参加してきました),座席はほとんど埋まっていました。今回の上演は,池田直樹さんによる日本語ナレーションで進行する形になっており,字幕なしでも分かるような上演になっていましたが,全曲というよりはハイライトに近い上演でしたので,私自身は少々物足りなく思いました。演奏された曲は次のとおりです。

第1幕前奏曲/ハバネラ「恋は野の鳥」/ミカエラとホセの二重唱/セギディーリア「セヴィリアのとりでの近く」
第2幕間奏曲(アルカラの竜騎兵)/ジプシーの歌「にぎやかな楽のしらべ」/闘牛士の歌/五重唱「うまい話がある」/二重唱「トラ・ラララ」/花の歌「おまえが投げたこの花は」
(休憩)
第3幕間奏曲/カルタの3重唱「まぜて!切って!」/アリア「なんの恐れる事がありましょう」
第4幕間奏曲(アラゴネーズ)/行進曲と合唱/二重唱と合唱

このように,「カルメン」のハイライト版CDによく入っている曲をナレーションでつないだ形になっていました。特に第1幕と第3幕は大幅にカットされていましたが,ドラマのクライマックスの第4幕はほとんどそのまま演奏されていましたので,ドラマティックな雰囲気は十分伝わるものでした。

舞台は,オーケストラが並ぶ真中にもう1段高い演技用の舞台がファッションショーのような形で作られていました。その舞台が背景まで延びており,そこから出入りするようになっていました。今回は,パイプオルガンを隠すような形の大きなスクリーンも使われていました。場面ごとに,風景の絵が出てくるようになっていましたが,それほど効果的ではありませんでした。最後にホセがカルメンを刺す場面では劇的に照明が変化して,ドラマを盛り上げていましたが,それ以外は,パイプオルガンを隠していただけだったような感じでした。

ドラマは,演出も担当した池田直樹さんのナレーションで進行しました。密輸業者の親分のダンカイロが悲劇を回想するような形になっていました。池田さんの語り口は「アッシには...」という感じで妙に時代劇っぽい感じでしたが,渋く暗い声だったので,違和感はありませんでした。今回のハイライトの選曲も池田さんがされたのだと思うのですが,1幕の前奏曲の後に「宿命のテーマ」が暗く演奏される部分は是非入れて欲しかったと思いました。これがあると最後の場面を予感させてくれるので効果的だと思うのですが...。

歌手は,皆さん,実力を発揮していたと思います。井原さんのカルメンは,当り役として知られていますが,さすがに貫禄のあるカルメンでした。私の席は3階席だったので,細かい演技まではよくわからなかったのですが,近くで見たら相当迫力があったのではないかと思います。歌の方はヴィブラートが相当強く付いていましたが,カルメンという濃いキャラクターには相応しいものでした。声量も十分でした。衣装が場面ごとに変わっていたのも印象的でした。ジプシー風の粗末な衣装から,スター,エスカミーリョの恋人としての豪華な衣装へと変わっていくのも目を引きました。反対に,ホセが粗末な衣装になっていくのが可哀想でしたが。

そのホセですが,五十嵐さんは非常に美しい声でした。「花の歌」の高音も絶叫にならず,見事に決まっていました。雰囲気としては,文字通り「カルメンよりはミカエラが相応しいのに」と思わせるような地味な感じでした。やや存在感が薄い気がしましたが,これは,かなり出番をカットされていたからかもしれません。それと,やはりエスカミーリョ役が格好良すぎたからかもしれません。

エスカミーリョは,出番は少なく,ファッションショーのようにステージ後部から出てきて,曲を歌って,また戻って行くだけのような感じでしたが,ロヴリィさんの闘牛士姿は,ほれぼれとするほど格好良く決まっていました。カルメンが惚れるのも納得できましたが,歌の方はちょっと物足りませんでした。先日,北国新聞社ビルで行われたプレイベントの時,ロヴリィさんの声をものすごい至近距離で聞いたのですが,その時の印象がまだ残っていたので,本番ではかえってインパクトが弱くなってしまいました。歌い方にもちょっと癖があるような気がしました。「闘牛士の歌」の時は,表情の方も硬かったような気がしましたが,4幕でカルメンとお揃いで入場する場面は,合唱団が多いに盛り上げてくれたので,登場した時は,掛け声をかけたくなるほど,見事に決まっていました。この華やかさが,その後に続く殺人の悲劇性と見事な対比を作っていました。

ミカエラ役は,石川県新人登竜門演奏会優秀者の広瀬美和さんでした。この日のキャストの中では,いちばん実績の少ない人だったので少々不安だったのですが(先日のプレイベントでは,ちょっと声量が足りないような気がしました),見事な歌で感激しました。声もとてもよく通っており,カルメンと対照的な清潔感が見事に表現されていました。この方は,オペラの実績がほとんどないようなのですが,その緊張感がミカエラ役の持つ緊張感とうまくシンクロしており,演技では出せないような迫真の歌が聴けました。広瀬さんの歌手生活の上で大きな財産となるような上演になったのではないかと思います。

指揮は,おなじみのフォレスティエさんでしたが,OEKの演奏も,この曲の持つ情熱が良く伝わってくるような見事なものでした。「カルメン」の曲には後半になるにつれて熱を帯びてくるような曲が多いのですが,その盛り上げ方も非常に自然でした。今回の私の席は,3階左サイドのバルコニー席で,身を乗り出さないと(ちょっと怖い)舞台が見えない席だったのですが,音の方も打楽器と金管楽器が盛大に聞こえて来る席でした。下手の方にいるヴァイオリンの音が聞こえにくかったので,バルコニー席に座るならば右サイドの方がまだ良いかもしれません。

合唱団は,プレイベントで聞いた時よりもずっと充実して聞こえました。前述のとおり,フィナーレの闘牛場の場面が華やかに決まったのは合唱団の力だと思います。児童合唱の方も声がよく聞こえました。エスカミーリョが出てくるところで,子供達全員で旗を振っていたのですが,わくわくする気分をうまく出していたと思います。

というわけで,かなりカットされたハイライト版だったのが少々残念だったのですが,演奏自体は非常に充実したものだったと思います。機会があったら,全曲版を生で見てみたいものだと思いました。(2001/10/14)



Review byかきもとさん

去る10月14日に県立音楽堂で行われた演奏会形式のカルメン公演に行って来ました。日曜日の午後という時間帯であるということや、地元の合唱団の関係者などが多数詰めかけたせいもあり、会場には補助椅子が用意されるほどの大盛況で、開演前からただならぬ熱気が充満していました。

音楽堂ホールの正面に鎮座するオルガンを隠すように白い幕が降ろされ、カルメンを象徴する一輪の真っ赤なバラの花がプロジェクターによって映し出される中、オーケストラの総奏による前奏曲が始まりました。OEKの正規の団員だけでなく、臨時のメンバーを含むやや大振りな編成でしたが、水際だったアンサンブルの見事さはいつもと変わらず、洗練された美しさが際だっていました。ただ、編成が大きいが故に音楽堂の空間に音が飽和してやや聴き取りにくく感じられる部分もありました。また、すでに管理人さんが指摘されたように、悲劇的な終末を予期させる後半の暗い部分を省略した演奏だったので、『おやっ?』と思いました。

舞台の中央にはファッションショーの花道よろしく雛壇が設けられ、カルメン役の伊原さんを始め歌手のみなさんは、両側をオーケストラの団員に囲まれたこの雛壇の上で、衣装を着け迫真の演技をしながら素晴らしい歌唱を披露してくれました。

演奏会形式のオペラというものを初めて観たのですが、歌手は決してオーケストラの前でただ歌曲を歌うような訳ではないのですね。要するに場面ごとの舞台装置がないというだけで、歌も演技も通常のオペラ公演そのものなのですね。ひとつ賢くなったような気がします。

今回の公演の特徴は、ナレーターの語りによって回想されるカルメンの物語という形式をとったことで、その語りによってかなりの部分が省略されていましたが、有名なアリアやオーケストラによる名旋律はすべて演奏されたので、全体としてはまとまりのよい、てきぱきとした進行という印象でした。ナレーションをつとめたのは池田直樹(Bar.)さんで、ジプシーの密輸団の一人という役どころとあわせて、一人二役をこなされていて、この語りがまたなかなか渋い味のある名調子でした。

歌手のみなさんの名唱ぶりは今更一人ずつ名を挙げて申し上げるまでもないでしょう。伊原直子さんは既に30年を越えるキャリアを持つメゾソプラノの第一人者であり、オペラだけでなく歌曲や宗教音楽などのソリストとしても広く活動されてきました。さすがに少々トウの立ったカルメンではありましたが、自由奔放で妖艶、それでいて純粋なカルメンの全てを見事に表現しており、衣装も含めて舞台姿は実に堂に入ったものでした。

ドン・ホセの五十嵐修(Ten.)さんは、エスカミーリョのシリル・ロヴリー(Bar.)さんと比べるとずいぶん損な役回りなのですが、ちょっと沢田研二に似た容貌でカルメンに本気で惚れたばかりに、人生を棒に振ることになった男の悲哀を切々と聴かせてくれました。よく透る美声で、今回の出演者の中では最も声の良さが際だっていたと思います。

今回の公演で最大の収穫の一つといえるのは、地元出身の広瀬美和(Sop.)さんの可憐なミカエラでした。OEKの新人登竜門コンサートの優勝者として既にお名前は知っていましたが、錚々たるオペラ界の第一人者たちに囲まれながら、全く遜色が見られないばかりか、ぴーんと良く通るピュアな声がオーケストラの伴奏に乗って、県立音楽堂ホールの空間に高く広がっていき、実に安定した名唱だったと思います。ご本人も満足のいくできばえだったのでしょう、演奏終了後のカーテンコール(?)では感極まって目が潤んでいたようでした。今後ますますのご発展を祈るばかりです。

カルメンほど全編これ名旋律、名アリアの宝庫といった感じのオペラは珍しく、おそらくMozartの『フィガロの結婚』と双璧でしょう。しかし、フィガロの方は、音楽がなければただのドタバタ喜劇なのに、カルメンはストーリーとしても悲劇として鑑賞に耐えうる作品です。かなり以前のことですが、市民劇場の公演で音楽なしの『フィガロの(が?)結婚』というのを観たことがありますが、やはり荒唐無稽な展開だけが目立ち、演劇としての面白みは全く感じなかった印象があります。

さて、今回の演奏会形式のカルメンでは、地元の合唱団と児童合唱団も登場して好演していました。特に第4幕の闘牛場のシーンでは全員私服の子供たちが出てきて、最初は『おやっ?』と思ったのですが、その小さな旗を振りながらの歌声を聴いて、よく練習し歌い込んできただけのことはあると確信いたしました。

全体として、省略された部分はナレーターの巧みな語りでカバーし、名旋律を中心にピックアップした形の新しいハイライト版による演奏でしたが、収穫の多い、十分に満足できる出来映えだったと思います。最後になりましたが、今回は脇役に回った感のあるOEKも切れ味のよい弦楽器群のアンサンブルといい、実力者揃いの管楽器群のおなじみの妙技といい、十分に堪能できたことをお伝えして長々としたご報告を終わりにさせていただきます。(2001/10/19)
歌劇「カルメン」