オーケストラ・アンサンブル金沢第109回定期公演PH
01/10/19 石川県立音楽堂コンサートホール

1)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調,BWV1046
2)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調,BWV1048
3)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調,BWV1050
4)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調,BWV1051
5)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第4番ト長調,BWV1049
6)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調,BWV1047
7)(アンコール)バッハ,J.S./ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調,BWV1047〜第3楽章
●演奏
ルドルフ・ヴェルテン/Oens金沢,シルヴィア・エレク(Cem)
ウィリアム・ベネット(Fl*3,5-7),岡本えり子(Fl*5)
サイモン・ブレンディス(Vn*3,5-7),加納律子(Ob*6-7)
ウヴェ・コミシュケ(Tp*6-7)
松井直(コンサートマスター)ルドルフ・ヴェルテン(プレトーク)


Review by管理人hs かきもとさんの感想

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の10月の公演は,タンゴ・オペラ・バロック音楽・邦楽と非常に多彩です。このうちの3公演を指揮するのがルドルフ・ヴェルテンさんです。ヴェルテンさんは,イ・フィアミンギというベルギーの室内オーケストラの創設者で,ヴァイオリン奏者としても実績のある方です。ブランデンブルク協奏曲が全曲演奏されるのは,金沢では(恐らく)初めてのことだと思いますが,ヴェルテンさんの下でOEKがバロック音楽のオーケストラとして「どのように変貌するか」期待して聴きに行きました。

まず,6曲をどういう順序で演奏するか?どういう編成で演奏するか?ということが気になりました。プログラムを見ると,前半が「1・3・5」,後半が「6・4・2」ということで,数学的な規則性のある配列でしたが,これは,非常に理にかなっていました。CDで聴いていると,第5番がいちばん大きな曲に思えるのですが,生だと,トランペットの入る第2番がいちばん祝祭的で盛り上がるからです。楽器編成は,第1番がフル編成に近く,奏者は椅子に座って演奏していましたが,それ以外の曲では,各パート3人以下ぐらいの編成で,立って演奏していました(もちろんチェロとチェンバロは座っていましたが)。第1番以外は,室内楽を聴くような雰囲気でしたが,音量的に不満はありませんでした。金沢市観光会館で小編成のものを聴くと,視覚的に寂しく感じることがあり,演奏会全体も盛り上がりに欠ける事もあったのですが,音楽堂の方だと視覚的にも満足することができます。この日は,ステージ上の照明を暗めにし,スポット・ライト的に奏者のいる部分だけを丸く照らしていましたが,これも効果的で,集中して音楽を聴くことができました。

最初に演奏された第1番は,先に述べたとおり他の曲と異質な雰囲気があります。楽章数もこの曲だけ4つです。この日の楽器の配列は,基本的に左右にヴァイオリンを分け,下手奥にチェロ,コントラバス,正面奥にチェンバロ,上手奥にヴィオラ,正面前に独奏楽器,という配列になっていました。第1番では,何といっても正面に3本のオーボエが並んでいるのが目につきました。その後ろにファゴットが1本いました。ホルンも独奏楽器なのですが,こちらの方は第2ヴァイオリンの後ろにいました。これは音量的なバランスを考えてのことでしょうか?この曲は,規模が大きいせいか,最初からずしりとした手応えがありました。ヴェルテンさんの指揮は,6曲ともを通じて,曲のビート感を重視しているようで,速い楽章では,足でリズムを取っている所もありました。プレトーク(19:00直前に変更になったようですね)でも,「ブランデンブルクは楽しむ音楽,踊る音楽だ」というようなことをおっしゃっていたので,心地よいリズム感が出るように曲を作っていたのだと思います。対照的に2楽章は,独奏楽器をじっくりきかせてくれました。水谷さんのオーボエとブレンディスさんのヴァイオリンの対話が美しく,聴き応え十分でした。第2楽章以外に出てくるホルン(狩のホルンのイメージ)のソロは,高い音が多く,とても難しそうでした。ギリギリのところで演奏しているようで,聴いているだけで苦しくなってきましたが,それだけに非常に演奏効果があがっていました。最後の第4楽章は,メヌエットとトリオが交互に出てくるかなり長い楽章でした。その長さから言っても,この楽章に全曲の重心があったように感じました。聴く前は,メヌエットで曲が終わるのは変な気がしていたのですが,じっくりとしたテンポで各部分の性格を演奏し分けていたので,違和感はありませんでした。オーボエとファゴットによるトリオが,いかにも宮廷のダンスという感じで優雅でした。

続く,第3番以降は椅子が取り払われました。第3番の編成は特に小さく,ヴァイオリン3,ヴィオラ3,チェロ3という編成でした。配列は,チェンバロ,コントラバス,チェロを中心に,ヴァイオリンとヴィオラが向き合うような感じでした。このように低音楽器が多かったせいか,全体に渋い響きでしたが,曲のスピード感,ビート感の面白さは,前の曲よりもさらに強く感じました。全員がソリストのようなところがあり,ソロが次々受け渡されていくのを見るのは楽しいものでした。第2楽章は2つの和音しかないのですが,ヴァイオリンのブレンディスさんによる即興的なカデンツァがついており,洒落ていました。

前半最後の第5番は,室内学的な演奏でした。フルート,ヴァイオリン,チェンバロの独奏が,非常に美しく,この曲に浸っているうちに,別世界に連れて行かれるような感覚になりました。1楽章では,チェンバロが延々と細かい音型を弾いている上にフルートとヴァイオリンがソロを入れるような部分が多いのですが,快適なテンポ感と繊細なアンサンブルがとても気持ち良く感じられました。ベネットさんのフルートは軽く吹いているようでも,とてもよく聞こえてきました。1楽章後半のチェンバロのカデンツァも見事でしたが,この日は,立った奏者たちがチェンバロを取り囲むように並んでいたので,チェンバロ奏者は落ち着かなかったかもしれません。第2楽章も独奏楽器の室内楽のようなものだったので,ずっと立っていた人達は結構疲れたのではないか,と変なことを思ったりしました。

後半は,6・4・2と番号が小さくなっていきます。第6番は,第3番と似たところのある曲ですが,ヴァイオリンが入らないのが大きな特徴で,2台のヴィオラのための協奏曲のような感じでした。ヴィオラ・ダ・ガンバが2本入っていたのも目につきましたが,音はあまり音が聞こえてきませんでした。隠し味といったところでしょうか?この曲も第3番同様,前進するようなリズム感が素晴らしいと思いました。

最後の2曲は,この日の演奏の中でも特に盛り上がりました。第4番では,フルート2本が一体となった明るい響きが印象に残りました。オリジナルのリコーダの素朴さも良いかもしれませんが,大ホールで現代の楽器で演奏するならこちらの方が聞き映えがするでしょう。ヴァイオリンのブレンディスさんの音は,非常に緻密でした。抑え目な雰囲気のある演奏でしたが,難しいパッセージも正確に弾いていたので,かえって耳を集中させて聴きたくなるような「聞かせるヴァイオリン」になっていました。伴奏の弦楽器は,ヴィブラートが少な目で,スーっという感じの音で新鮮に響いていました。この日の他の演奏からは,それほど古楽器演奏の影響は感じなかったのですが,第4番については,いつもとかなり違う響きに聞こえました。

最後の第2番は,非常に盛り上がりました。その理由は,ピッコロ・トランペットを演奏したウーヴェ・コミシュケさんの素晴らしい音を聴けたからです。実は,もっとキンキンとしたうるさい楽器なのかなと思っていたのですが,非常に美しい音でした。他の楽器とのバランスも最適でした。この楽器の音だけが突出していなかったこと自体,この人の技巧の凄さを示しているのかもしれません。それにしても見事な演奏で,盛大な拍手が延々と続きました。アンコールに第2番の第3楽章が演奏されましたが,このアンコールは予定外のものだったと思います。アンコールの後は,曲が終わり切らないのに拍手が起こっていまうほどでした。コミシュケさんは,ミュンヘン・フィルの首席奏者ということですが,晩年のチェリビダッケもこの音には納得していたのだろうな,と想像してしまいました。この方が演奏する普通のトランペットも一度聴いてみたいものです。2楽章にはトランペットは入らないのですが,ここでのオーボエの演奏も見事でした。オーボエの加納さんは,名人・大家との共演になりましたが,対等に立派に演奏されていました。

というわけで,ブランデンブルク全体としての一貫性と,各曲ごとの個性を一晩で楽しむことができ,得難い経験ができました。ヴェルテンさんの指揮は,予想したほど変わったものではありませんでしたが,曲を前へ前へと進めようとするエネルギーに溢れた指揮ぶりは,とても新鮮でした。(2001/10/20)



Review byかきもとさん

バッハのブランデンブルグ協奏曲全曲演奏、それもピリオド奏法に似せた疑似古楽奏法による演奏ということで、今回の定期演奏会も大いに期待して音楽堂へ向かいました。それに今回は初めて新音楽堂の託児ルームに子供2人をあずけての音楽鑑賞となりました。子供たちには長い2時間半だったと思いますが、ホール内では少しも間然とするところのない、実に密度の高い夢のような2時間半あまりを過ごすことができました。
さて管理人さんも指摘している6曲の演奏順序ですが、1番→3番→5番、休憩を挟んで6番→4番→2番の順で演奏されたブランデンブルグ協奏曲全曲を、実は一度だけ聴いたことがあります。ちょうど20年前、宮城県の中新田町というところに竣工したばかりのその名もなんとバッハホールのこけら落としに、ゲバントハウス室内管弦楽団(ゲルハルト・ボッセ指揮?)が招聘され、ブランデンブルグ協奏曲全曲を演奏した演奏会があって、当時住んでいた仙台市からわざわざ聴きにいった記憶があります。当時は今のように古楽奏法やそれに近い演奏方法がまだ一般的ではなく、流麗・峻厳な現代奏法によるバッハでしたが、アンコールに第2番の終楽章を披露してくれたのは今回と同じでした。

確かにCDなどで聴くと第5番が曲としての規模が最大で、最も聴き応えのある曲のように思えたのですが、ステージ上では意外とこぢんまりした編成で室内楽のようなイメージでした。第一楽章の長大なチェンバロのカデンツァでは、その後半部分に次第に調性が失われていくように聞こえる部分がありますが、即興なのか?本当に曲から逸脱するように演奏した瞬間があって、一瞬ドキリとしました。弦楽器群が完全にお休みとなる第2楽章では、ルドウィート・カンタさんのチェロによる通奏低音にのって、フルートとヴァイオリンとチェンバロの3人が絡み合いながら、実にしっとりと絶妙のアンサンブルを聞かせてくれました。

順序が前後しますが、最初に演奏された第1番では、独奏楽器としてオーボエがクローズアップされており、OEKが誇る水谷さん、加納さんの美音と妙技を楽しむことができました。このお二人の実力の高さはOEKのファンならば誰でも知っていることで、OEKの管楽器群のレベルの高さもこのお二人がリードしているといても過言ではありません。残念ながらこの日は水谷さんの出番はこれだけでしたが、プログラムの後半では加納さんが大活躍してくれました。

演奏会の後半は、比較的地味な第6番から始まりました。中低音楽器だけの最小単位の編成でしたが、日頃は全体のアンサンブルの中に埋没しがちでなかなか音を聞き取れないヴィオラ奏者(石黒さんとパップさん?)がつや消し調の渋い音色を聞かせてくれました。このお二人の音色にも微妙な違いがあって、その競(協)演がとても聴き応えがありました。応援メンバーのヴィオラ・ダガンバ奏者が2人加わっており、私も結構耳をすましていたのでしたが、やはりこの楽器は絶対音量が小さいためか、ほとんど聞き取れずいささか歯がゆい思いをしました。

プログラム最後の2曲は、OEK団員であるフルートの岡本さん、オーボエの加納さんがソリストとしてプログラムにも名前がクレジットされており、いやが上にも期待が高まりました。第4番では、通常2本のリコーダーで演奏されるパートをウィリアム・ベネットさんと岡本さんのフルートが担当し、ヴァイオリンのソロをサイモン・ブレンディスさんが弾いておられました。ヴァイオリン協奏曲に近い形式との解説がプログラムにもありましたが、やはりどうしても聴衆の目も耳もフルート、それも第2フルートのパートを吹く岡本さんに向いてしまいます。岡本さんの衣装は、一瞬黄金色の蝶が舞い降りたかと思うような華やいだものでした。演奏の方も言うまでもなく、ベネットさんのまろやかな音色にぴったりと寄り添い、実に見事なアンサンブルを聞かせてくれました。オリジナルのリコーダーによる演奏よりずっと華やかな曲になったように思えました。ただし、ビブラートを抑えた古楽奏法のヴァイオリンとのマッチングという点では、ベネットさんも特に古楽奏法意識した演奏ではなかったようでもあり、やや中途半端になった感じも否定できません。

最後に演奏された第2番はバロックトランペット(コルネット?)のコミシュケさん、オーボエの加納さん、フルートのベネットさんそしてヴァイオリンのブレンディスさんの4人がソリストとして加わり、大いに盛り上がりました。特に指使いが極端に少なく、ほとんど唇の緊張度だけで正確な音程と細かいパッセージを見事に吹きまくるコミシュケさんの超人的な技には恐れ入りました。それでいながら、合奏や他の独奏楽器とのバランスにもよく配慮されており、複数の独奏楽器が絡み合う部分の美しさも特筆ものでした。さて、第4番では黄金色の蝶のような岡本さんのステージ姿が印象に残りましたが、第2番では渋い銀ねずみ色の衣装に変身された加納さんの名演奏が素敵でした。オーボエという楽器の冴え冴えとした音色の魅力を遺憾なく発揮してくれたのは言うまでもないことで、全身を大きく揺らして演奏する視覚的な面からも愉悦的な音楽を感じることができました。

全体として、弦楽器のピリオド奏法という古楽を意識した演奏の中で、独奏として登場する管楽器群は特に古楽奏法を取り入れたようでなく、ある意味ではアンバランスな印象もありましたが、それがこの日のOEK主張するのブランデンブルグ協奏曲だと思えばよいのでしょう。古楽奏法であれ、現代奏法であれ、上手いものは誰がなんと言おうが上手い、美しいものは誰が聞いても美しい。古楽奏法と現代楽器、そして響きの豊かな理想的なホール、この3つが有機的に作用して初めて成しえた至福の2時間半だったと思います。

冒頭に、初めて託児ルームを利用させてもらったと書きましたが、ここにはOEK団員の方の子供さんたちもパパやママのお仕事が終わるのを待っていて、うちの子もルドウィート・カンタさんのお子さんと仲良しになったようです。音楽に国境がないと言われるのと同様に、子供たちの世界にも国境はないようです。(2001/10/22)
オーケストラ・アンサンブル金沢第109回定期公演PH