イギリス室内管弦楽団来日公演2001
01/10/28石川県立音楽堂コンサートホール

1)ハイドン/交響曲第6番ニ長調「朝」
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第17番ト長調,K.453
3)モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調,K.595
4)(アンコール)モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調,K.467〜第2楽章
●演奏
ラドゥ・ルプー(Pf*2-4)/イギリスCO
ポール・バーリット(コンサートマスター)


Review by管理人hs

石川県立音楽堂の開館記念事業として,先日のウィーン・フィルに続き,イギリス室内管弦楽団(ECO)が招聘されました。ウィーン・フィルの時ほどの熱気は会場にはありませんでしたが,ラドゥ・ルプー目当ての人やオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)との比較をしようというようなお客さんで会場はかなり埋まっていました(やはり,これだけ演奏会が続くと毎回満席というわけにはいきません。経済的にも大変です。私もOEKの定期以外の時は3階席ばかりです。)。OEKには,外国からのゲスト演奏家が頻繁に参加していますが,今回のECOの来日公演のメンバーの中には,おなじみのウィリアム・ベネットさんとゲスト・コンサート・ミストレスのアビゲール・ヤングさんの顔も見えました。

オーケストラの編成は,ハイドンとモーツァルトということで非常にこじんまりとしていました。が,これは考えてみるとOEKの編成と全く同じです。今回の来日公演では,トランペットやティンパニの入る曲は演奏しないようで,かなり地味目のプログラムが並ぶようです。

最初のハイドンは指揮者なしで演奏され,コンサート・マスターのポール・バーリットさんがリードをしていました。ECOは,弦楽器の響きが非常に美しく洗練されており,それに管楽器群がソリストのように絡んで来るのが特徴です。ハイドンの「朝」は,フルートの活躍をはじめとして,まさに「そのような」曲なので,ECOには大変相応しい曲でした。曲全体のバランスもよく,弾きなれたレパートリーを自信たっぷりに演奏しているようでした。ただ,このハイドンについては,指揮者なしということもあるのか,細かいミスを結構していたようでした。また,感情過多でないのは古典派らしくて良いのですが,ややすました感じの演奏でした。指揮者がいるとまた違っていたかもしれません。

以下はラドゥ・ルプーさんのピアノとの共演で,モーツァルトのピアノ協奏曲2曲が演奏されました。ルプーさんといえば「1000人に1人のリリシスト」というキャッチフレーズが昔からよく使われており,いつまでも若い印象があったのですが,いつの間にか,ベテランと呼んでもよいような年齢になっていました。ただし,ステージ上の雰囲気を見ているとスターピアニストという感じではなく,かなり内向的でとっつきにくいような雰囲気がありました。この辺は,中村紘子さんがエッセーにも書いているとおりピアニストには,一風変わった人が多い,ということがあてはまるのかもしれません。

モーツァルトの曲は,2曲ともルプーさんが弾き振りをする形でした。手が空いている時には必ず手を動かしていたので(右手で弾きながら,左手で指揮をしたりしていました),ルプーさん自身,指揮にかなり関心があるのかもしれません。ピアノの椅子は,オーケストラ奏者と同じ背もたれのある椅子を使っていました。また,グランド・ピアノの蓋が完全に取り払われていました。意図はよくわからなかったのですが,ピアノ協奏曲の演奏でこういうのを見ることはあまりありません。

第17番は,第1楽章がかなりそっけない演奏でした。テンポもかなり速かったと思います。ピアノを叩いてフォルテを出すようなところは皆無で,表情付けもほとんどありませんでした。ピアノを弾く様子を見ても,手抜きにも見えかねないほど,ほとんど力を入れていないような感じでした。それでいて(それだからこそ?),音はとても美しくクリアでしかも粒が揃っていました。カデンツァなどでも派手に弾きまくるようなところはなく,とてもクールな印象でした。第2楽章は,1楽章に比べると味が濃くなりました。1楽章が軽かったのは,2楽章に重点を置くための計算だったのかもしれません。第3楽章は,「明るいのに哀しい」音楽になっていました。ここでは,管楽器とピアノののやりとりも楽しめ,協奏交響曲といった雰囲気になっていました。この楽章は変奏曲なのですが,途中でオーケストラがぐっと音量を落とした後,次の変奏でパッと華やかになるあたりが効果的でした。

第27番も基本的には,同じような演奏でしたが,こちらの方が充実した演奏だったと思いました(この曲の方が聴き慣れているせいもあると思います)。第1楽章冒頭の弦楽器による序奏からして生きていました。そこに管楽器が加わるとパッと一瞬華やかになるのですが,それが,かえってはかなさを感じさせてくれました。ルプーさんのそっけない演奏も,この曲のはかない雰囲気にあっていました。第2楽章の方は,メロディがよりシンプルなので,第17番ほどの味の濃さはありませんでしたが,ピアノのタッチが非常に美しく,やはり「明るいのに哀しい」という晩年のモーツァルト特有の魅力が際立っていました。所々,装飾音符をつけて演奏していましたが,それほどうるさくは感じませんでした。第3楽章も同様の演奏でした。最後の方でピアノ・ソロに弦楽器がそっと加わっていく部分があり,私はこの部分が大好きなのですが,非常にデリケートに演奏されており,さすがECOだと思いました。ルプーさんは,演奏中フルートのベネットさんの方を見ていることが多かったのですが,合いにくいところでもあったのでしょうか。

ECOは,モーツァルトのピアノ協奏曲全集をいろいろなピアニストとレコーディングしていますが,こういった演奏を聴いていると,現代楽器によるモーツァルト演奏のスタンダードのように思えました。両曲とも第1楽章が軽く,音のダイナミック・レンジも狭い演奏だったので,最初は少々物足りない感じがしたのですが,全曲を聞き終えると,曲全体の明るいはかなさ,のようなものがさり気なく伝わってきて,後からじわりと効いてくるようなところがありました。遅いテンポで作為的表情をつける演奏もありますが,特に第27番のような天国的な感じの曲では,こういう軽いアプローチの方が,曲の魅力を損なわないと思いました。

とはいえ,この日の演奏は,ピアノもオーケストラもとても美しかったのですが,ウェットなところが全くなかったので,やや,とっつきにくいようなところもありました。ルプーさんは,かなり速いテンポで演奏したがっている一方,ECOの方はもっとゆっくり演奏したがっているような雰囲気も感じられました。ECOはとてもプライドの高いオーケストラのようで,指揮者なしで演奏することも多いのですが,協奏曲の演奏では,やはり,指揮者がいた方が,一体感が出ると思います。ルプーさんは,近年CDが非常に少ないのですが,アシュケナージなどと同様,指揮の方に興味を移しつつあるのかな,という気もしました。

この日のECOの演奏を聴いて,さすが一流の室内オーケストラだと感じたのですが,その一方で,OEKも高いレベルの室内オーケストラだということを感じました。弦楽器の基本的な技術については,素人(=私)にはほとんど区別がつかないのではないかと思います。管楽器の方は,よりソリスト的なので,違いはあると思うのですが,それは優劣というよりは個性の違いのようなものかもしれません。というわけで,技術的な点については,実は,私にはよくわからないのですが,ECOという室内楽オーケストラの1つの目標にOEKも近づきつつあるのかなと思いました。

(余談)演奏会の後,ルプーさんにサインをして頂きました。サインをしてもらったのはシューベルトの即興曲集のCDです。実は,このCDは今から15年ほど前に\3500で買ったものです。私の愛聴盤なのですが,このCDの演奏者ご本人からサインが頂ける機会が訪れるとは夢にも思っていませんでした。(2001/10/31)
イギリス室内管弦楽団来日公演2001