石川の三文豪によるオーケストラ歌曲作曲コンクール審査演奏会
01/11/03石川県立音楽堂コンサートホール

1)廣木良行/合掌:バリトン独唱とオーケストラのための(出典:室生犀星)
2)倉知竜也/小景異情:ソプラノ独唱とオーケストラのための(出典:室生犀星)
3)北條美香代/室生犀星の詩による5つの歌曲:メゾ・ソプラノ独唱とオーケストラのための
4)池田悟/夜叉ケ池:ソプラノ,バリトン独唱,合唱とオーケストラのための(出典:泉鏡花)
●演奏
岩城宏之/Oens金沢
清水良一(Br*1),薗田真木子(S*2),鳥木弥生(Ms*3),森川栄子(S*4),久保和範(Br*4)
Oens金沢Cho(合唱指揮:大谷研二)(4)


Review by管理人hs

石川県立音楽堂の開館記念行事の一つとして石川県の三文豪の作品をテキストとしたオーケストラ伴奏付きの歌曲を募集するコンクールが行われました。オーケストラ歌曲のためのコンクールというのはあまり例がないとのことですが,全部で49作品が集まり,その中から4つに絞られた優秀作品がこの日演奏されました。ここまでは譜面審査のみだったのですが,この4曲については,この日実際に演奏されたものを聞いて最終審査がされ,最優秀が発表されることになります。審査員は作曲家の林光,池辺晋一郎,西村朗,OEK音楽監督の岩城宏之,音楽評論家の武田明倫の皆さんでした(ただし,池辺さんは,当日父上が亡くなられたようでこの日は欠席でした)。このように審査に立合うような経験は初めてでしたので,自分が審査員になったつもりで聞いてみました。というわけで,結果については後から書きましょう。

最初の廣木さんの作品は,バリトン独唱のための曲で室生犀星の詩によるものです。このコンクールは,「石川の三文豪の作品に触発されて作曲された歌曲」というのが規定だったのですが,実際は徳田秋声の作品によるものはゼロで,室生犀星のものが半数以上でした。やはり,詩人としては犀星がいちばん有名ですから歌曲にしやすかったのではないかと思います。この作品ですが,ピッコロ,イングリッシュホルンの持ち替えや,いろいろな楽器のソロが出て来たりして,響きの変化はあったのですが,歌の旋律の方はかなり単調な印象でした。プログラムに書いてあった「作曲者のひとこと」によると,歌詞を聞きやすくするために語りのような歌を多くした,とのことですが,それが単調になった原因だと思います。この辺は兼ね合いが難しいところです。ただ,その意図は十分生きていたようで,オーケストラが歌の邪魔をすることもなく,詞がよく聞こえました。バリトンの清水さんの声が非常に美しかったのも印象に残りました。

倉知さんの作品は,前作に比べると大変変化に富んでおり,純粋に楽しめました。廣木さんの作品は「語りのような歌」だったのですが,倉知さんの方は「歌らしい歌」になっていました。現代の作曲家による歌曲というと難解なイメージがあったのですが,予想以上にわかりやすい作品でした。曲は,室生犀星の有名な「ふるさとは遠きにありて...」を含む抒情小曲集の中の詞に音楽をつけたもので,6つの部分からなっています。その各部分がそれぞれ違った味わいを持っていました。まず,冒頭からしてディヴェルティメント風の軽妙さがあり,聴衆の耳を一気に捉えました。3曲目には「時計」という言葉が詞の中に出てくるのですが,それをコルレーニョ(?)でカチカチと表現したりして,ユーモアもありました。終曲は「あんずよ...」という歌詞が繰り返されるのですが,打楽器の心地よいリズムに乗って,歌い上げるような感じで終わり,非常に爽やかでした。全曲とも歌詞がなくても,音だけでイメージが涌くような気がしました。薗田真木子さんのソプラノも素晴らしい出来でした(講評で岩城さんも絶賛していました)。

北條さんの作品も室生犀星の詩によるものでした。やはり抒情小曲集によるものでしたが,季節ごとに並べたのが特徴です。冒頭は,インリッシュホルンなどが入って静かに始まるせいか,シベリウスか何かを聴くようなスケールの大きな雰囲気がありました。小さい鐘(?)の音などが入るとドビュッシーの「牧神の午後」などを思い出しました。全体の印象は,メゾ・ソプラノ独唱ということもあり,やや地味目でしたが,文字通り抒情的な雰囲気がよく出ていました。この日の4作品の中では,作品としてのまとまりがいちばんあったと思います。この方の「ひとこと」によると数年前から犀星の詩にこだわってきた,とのことですが,そのせいか文学的な雰囲気がいちばん感じられました。ソリストの鳥木さんは,数年前の石川県新人登竜門コンサートに出演した方ですが,着物で登場され,和風に対するこだわりを示していました。伴奏なしで声だけになる部分もかなりあったのですが,しっとりと聞かせてくれたと思います。

最後の池田さんの作品だけは,泉鏡花の作品によるものでした。この日のプログラムには,歌詞が全文掲載されていたのですが,池田さんの作品だけは,字のポイントも行間も小さくなっており,歌詞がぎっしり詰まっていました。「夜叉ケ池」をバリトン独唱,ソプラノ独唱と合唱で表現したもので,歌曲というよりは,オペラの1場面を見るようなドラマティックな雰囲気がありました。冒頭のコントラバスの響きからして特徴的でした(他の作品でも冒頭のコントラバスに独特の響きがあるものが多かったような気がします)。曲の中間部で歌詞が一区切りつき,間奏曲風になるのですが,ここでのバスクラリネット(多分)の響きが強烈な印象を残しました。林光さんが講評で「やられたなと思った」とおっしゃられていたのがこの部分だと思います。その後,合唱が登場し,ティンパニが派手に出て来たり,と歌曲の枠を越えているようなところがありました。やはり,歌詞が消されてしまうのは歌曲としては,良くないのではないか,という気はしました。

というわけで,4曲の演奏が終わり,30分の休憩の後,結果が発表されました(あらかじめ30分間があくことをお知らせしてもらいたかったですが...。私は,久しぶりにじっくりと読書をすることができ,有効に時間を過ごすことができたのですが,帰ってしまった人もかなりいました)。

結果は,最優秀が倉知さん,優秀が北條さんと池田さん,佳作が廣木さん,ということなりました。私の予想した順位は,1位:倉知さん,2位:北條さん,3位,池田さん,4位:廣木さんだったので,大体同じだったことになります。ちなみに,表彰式の時に事務局の人がオーケストラ団員のつけた順位という面白い集計結果を教えてくれたのですが,その結果は1位:北条さん,2位倉知さん,3位池田さん,4位廣木さん,ということでした。

表彰式の時,各審査員から一言ずつ講評がありました。それを要約すると次のようになります。

林光:演奏水準も非常に高かった。この日演奏された作品が通常の演奏会で取り上げられることを希望する。例えば,「ドンジョヴァンニ序曲−この日の入賞作−プロコフィエフの交響曲」というプログラムなどが実現すると嬉しい。

岩城宏之:設計図としてのスコアと完成された建物としての演奏されたものとはかなり違う。指揮者が審査員になるのは相応しくないかもしれない。倉知さんと北條さんの作品が特に優れていた。賞金の差は70万円だが,作品としての差は1万円ぐらいの差しかなかったかもしれない。

武田明倫:倉知さんの作品は巧すぎるぐらい巧く,手馴れている。池田さんの作品はあれこれ詰め込み過ぎた。この時間に納めるには無理があった。廣木さんの作品はやや平板だった。

西村朗:池田さんの作品を高く買う。最後の「はははは」という詞の辺りを長く伸ばせば,もっと素晴らしいものになっただろう。こういう作曲コンクールは他に例がないので,続けて欲しい。別のコンクールで室生犀星の詞による作品が急増したことからも,このコンクールの影響の大きさがわかった。

というような感じでした。林さんのコメントの中にもあったのですが,倉知さんと北條さんの作品あたりは,演奏会の2曲目あたりで取り上げられる可能性が十分あると思いました。今回入選された方は,まだ全国的な知名度は高くない方ばかりでしたが,これをきっかけに,新たなキャリアを積んで行かれることを期待しています。(2001/11/04)
石川の三文豪によるオーケストラ歌曲作曲コンクール審査演奏会