ザクセン=アンハルト歌劇場来日公演「さまよえるオランダ人」
01/11/14 金沢市観光会館

ワーグナー/歌劇「さまよえるオランダ人」(1幕による上演・ドイツ語)
●演奏
天沼裕子/ザクセン=アンハルトPO,Cho(合唱指揮:マルクス・オッペンアイガー),バレエ団員,ヨハネス・フェルゼンシュタイン(演出)
エイラーナ・ラッパライネン(ゼンタ,S),クラウス=ディーター・レルヒ(オランダ人,Br),フランク・ファン・ホーフェ(ダーラント,Br),ミヒャエル・バーバ(エリック,T),ヤーナ・フライ(マリー,Ms),マーク・ローゼンタール(舵手,T)


Review by管理人hs

9月以降,金沢でオペラが上演されるのは,これで3回目になります。年々,オペラの公演回数が増えてきているような気がするのですが,これは観客の反応が良いからだと思います。9月のバーデン歌劇場にしても今回のアンハルト歌劇場にしても有名な歌劇場とはいえないのですが,それでも,お客さんが入り,会場が盛り上がる,というのは,オペラというゴージャスな舞台芸術の固定ファンが金沢にも増えて来たことを示しているのだと思います。というわけで,平日にも関わらず座席はほとんど埋まっていました(1階席は見ていないのですが)。これは,やはり「ワーグナーの全曲が金沢で初めて上演される。一度見てみたい」というお客さんが多かったからではないかと思います。

アンハルト歌劇場は,「サロメ」と「さまよえるオランダ人」で日本全国を回っており,金沢の前日には,富山で「サロメ」が上演されました。そのタイトル・ロールを歌ったラッパライネンさんが何かと話題になっているようですが,「オランダ人」のゼンタ役もこの方が歌っています。連日の上演で,相当大変なのではないかと思います。

「さまよえるオランダ人」については,ゼンタを狂人のように扱って救いのない結末にする演出もあるようですが,今回の演出は,ゼンタの夢想を強調はしていましたが,最後は,救済がある形になっていました(ビラには「救済」と書いてあったので,私は単純にそう感じたのですが...はっきりしなかったという説もあります)。舞台装置は,かなり簡素なもので,船の帆のようなものと,家のセットのようなものを手で押して動かして,あれこれ配置を変え,スムーズに場面転換をするようなものでした。豪華な感じはありませんでしたが,その分を照明で補って雰囲気を出していました。

いちばん面白く感じたのは,ゼンタの部屋に飾ってあるオランダ人の絵がいつのまにか,本当のオランダ人に変わるような仕掛けになっていた点でした。オランダ人の登場のシーンなどは,非常に無気味でゾッとしました。部屋の中で,オランダ人とゼンタが初めて出会い,見詰め合うシーンも見事でした。セットの床が回り舞台になっており,真っ直ぐ向かい合ったまま360度動く,というのも面白い演出でした。

オランダ人が出てくると背景が赤い色に変わるのですが,最後の最後にゼンタがオランダ人に身を捧げるシーンでは,その赤色から光り輝くような白っぽい明るい色にパッと変わります。これは,オランダ人が救済されたことを表現していたのだと思います(後で考えてみると,それほど単純な結末ではないようで,実は,よくわからなくなってきました)。

序曲は,全編ゼンタの夢を表現しているような感じでした。ゼンタが机の上に突っ伏している後ろで,もう1人のゼンタ(夢の中のゼンタという意味?)が四方八方から紐で絡まれたり,家のセットが出て来たり,と序曲にしては,かなり動きのある演出になっていました。そのままの雰囲気で,本編に入っていくのですが,ゼンタは,そのまま突っ伏したまま舞台中央に残っていました。この状態は,オランダ人の船とダーラント(ゼンタの父)の船が出会うシーンが終わるまでずっと続いていたのですが,このことによって,舞台で起こっていることが夢か現実かわからなくなっていました。ゼンタの頭の中は,オランダ人のことでいっぱいだ,ということを意味していたようですが,ちょっと意図がわかり辛かったかもしれません。

その他,最初にオランダ人が登場して来た時,とても背が高かったのが印象に残りました。高下駄か竹馬にでも乗っているような感じでした。オリンピックなどのスポーツ選手を見ていると確かにオランダ人には背の高い人が多いのですが,後半では普通の背の高さになっていたので,これも,意図がよくわかりませんでした。ゆっくりとした動きで超人的で無気味な雰囲気を出したかったのかもしれません。

オランダ人の背景で,重い荷物を持った人や杖をついてヨロヨロと歩いている人が舞台を斜めに横切って行くシーンも数回あったのですが,イスラエルのマークをつけた人もいたので,「流浪の民族」を象徴していたようです。また,この人たちは「オランダ人」のような死に切れない人々を象徴していたのかなとも思いました。その証拠に,ゼンタが愛を誓った後は,オランダ人はこの列から抜け出て,めでたく成仏(?)していたようでした。この辺も推測の域を出ないので,演出家自身の説明を聴いてみたいものです(説明しないとわからない演出というのはよくないとは思うのですが...)。

というわけで,所々,かなり抽象的な表現があって,物語を知らずに見た人にとっては頭が混乱したと思います。半面,そういった表現の意図を探る面白さもあったと思います。

歌手では,やはり,主役の2人が印象に残りました。ゼンタ役のラッパライネンさんは,前半ずっと舞台真中でうつぶせになっていた後,いきなりゼンタのバラードを歌う,ということでかなり大変だったと思います(注:後で聞いたところでは,うつぶせになっていたのは別の人で途中でラッパライネンさんと入れ代わったようです。)。そのせいか,はじめは声が出ていない感じでしたが,ドラマの展開とともに迫力が出てきました。ツヤのある美しい声質というわけではありませんでしたが,役者に近いような雰囲気がある方だと思いました。

オランダ人役のレルヒさんは,かなり老けて見えました。どう見てもダーラントより年輩のような感じでした。そうなると,自分より年上の男を娘と結婚させるだろうか,と変な疑問が出てきます。死に切れずに生きているとすれば,年をとっていても不思議ではないのですが,もう少し若い方が現実的だと思いました。声質は,ちょっとこもったような感じでしたが,深々とした感じで役柄に合っていました。

エリック役のテノールの人はとても美しい声でした。単純そうな雰囲気が,「普通の若者」役によく合っていましたが,後半は疲れ気味だったようでした。ダーラント役の人はかなり軽い声で父親のようには見えませんでした。解説書には,この役がバスと書いてあるのですが,とてもバスのようには思えませんでした。

合唱は,凄いという感じはしませんでしたが,舞台を踏み鳴らしたり,踊ったりと大変エネルギッシュで,さすがは歌劇場の合唱団員だと思いました。水夫の合唱の後,オランダ人の船から合唱が聞こえてくるあたりは,非常に無気味な雰囲気が出ていました。ただし,この合唱はテープか何かを使っていたようで,少々不自然に聞こえました。その他,風が吹いたりすると,モーターが回るような音がかなり大きく聞こえてきたのも少々興ざめでした。

天沼裕子さん指揮のオーケストラにも,かなり問題があったような感じでした。序曲からして揃っていないところがありました。また,管楽器の音にデリケートな感じがなくて,バランスが悪いような気もしました。ワーグナーの作品にしては,オーケストラの音も薄いような気がしましたが,これは,オーケストラピットが狭く小編成だったからかもしれません。ゼンタの救済のテーマをとてもゆっくり情感を込めて演奏していたあたりに特徴があったのですが,天沼さんが指揮したのは,金沢公演だけだったようなので,十分練習する時間がなかったのではないかな,という気もしました。

というわけで,必ずしもパーフェクトな公演ではなかったと思うのですが,いろいろ工夫を凝らした演出だったこともあり,暗いけれども救いのある物語を楽しむことができました。今回は,1幕形式で2時間20分休憩無しで上演されたのですが,そのこともあって,ドラマに集中できました。その点が,良かった点でもあり,疲れた点でもありました。(2001/11/14)
ザクセン=アンハルト歌劇場来日公演「さまよえるオランダ人」