オーケストラ・アンサンブル金沢第110回定期公演PH
01/11/17 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ハイドン/交響曲第100番ト長調「軍隊」
2)モーツァルト/協奏交響曲変ホ長調,K.364
3)シェーンベルク/浄夜,Op.4(弦楽合奏版)
●演奏
ギュンター・ピヒラー/Oens金沢
ゲルハルト・シュルツ(Vn*1),トーマス・カクシュカ(Vla*2)
アビゲール・ヤング(コンサートミストレス),ギュンター・ピヒラー(プレトーク)


Review by管理人hs tatsuyatさんの感想

今年の4月にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任したギュンター・ピヒラーさんが新ホールに初登場しました。この組み合せでは,すでにハイドンの交響曲集のCDがレコーディングされていますが,定期会員の多くは,この日の演奏会を聴いて,このコンビに対する期待が益々大きくなったことと思います。それほど見事な演奏でした。

この日のプログラムは,前半はウィーンの古典派の作品,後半は新ウィーン楽派の作品,ということで,アルバン・ベルク四重奏団(ABQ)の基本となるプログラムと似た構成でした。最初のハイドンの軍隊は,4月の就任記念演奏会でも演奏された曲で,基本的な解釈は同じでした(例えば,1楽章の提示部の後や3楽章のトリオの前などで長目の間を取る辺り)。弦楽器の音も新ホールで聴くとさらに美しく響いていました。木管楽器のバランスも良かったし,2楽章最後のトランペットの音も非常に良い響きでした。演奏全体には,前回聴いた時よりもマイルドな雰囲気が感じられましたが,これは,2回目ということとホールの違いによるのだと思います。いずれにしても,「この組み合せのハイドンはやっぱり良い」と再認識しました。前回はプログラムの最後だったのですが,今回はプログラムの最初ということで,気のせいか打楽器などはそれほど賑やかな感じではありませんでしたが,それでも,4楽章の最後などは非常に楽しげで,1曲目に相応しい明るい雰囲気が出ていました。ティンパニの音は,CDで聴くよりも堅い感じの音に聞こえました。私はこちらの方が好きです。

2曲目はABQの奏者がソリストとして加わったモーツァルトの協奏交響曲でした。ソリストの2人の前には譜面台があり,1楽章や3楽章の序奏部分では,ソリストたちもオーケストラと一緒になって演奏していました。演奏も,全体のアンサンブルを重視したがっちりした感じの演奏になっていました。全般に遅いテンポで,第1楽章などはかなり地味目に感じました。実は,もっと斬新な感じのモーツァルトを予想していたので少々期待が外れたところもありました。特にヴィオラのカクシュカさんの音は最初の方はあまり鳴りが良くなく,なんとなくヨロヨロした感じにも聞こえたので,大丈夫かなと思ったのですが,次第に調子が出てきました。特に,カデンツァでのシュルツさんとのバランスは見事で,まさに息が合っているという感じでした。シュルツさんは,とても大柄な人でヴァイオリンが非常に小さく見えましたが,音の方は非常に緻密で,室内楽に相応しいと思いました。ABQは結成約30年なのですが,第2楽章などを聴いていると,枯淡の境地に近づいて来たのかな,という気がしました。演奏後は,指揮者のピヒラーさんと3人でスクラムを組むような形で握手をしていました。ピヒラーさんとの縁も出来たこともあるので,是非,一度ABQの演奏も金沢で聴いてみたいものです。

後半の浄夜は,弦楽合奏のみだったのですが,その分,ヴィオラとチェロを中心にメンバーが増強されていました。メンバーリストを見ると(エキストラの名前もプログラムに出るようになったのは良いと思います),元団員とか見覚えのある名前が数人ありました。数年前,石川県新人登竜門コンサートに登場した高田さんもチェロのパートに加わっていました。

この曲は,楽章に分かれているわけではないので,捉えどころのない雰囲気があり,私にとってはCDだと最後まで集中して聴きにくい曲なのですが,演奏会だと非常に映える曲です。特にこの日の演奏は,細部まで磨き上げられた演奏で,全く飽きることなく聴くことができました。OEKの過去演奏の中でも指折りの名演と言っても良いと思いました。

曲の前半で,デーメルの詩に登場する人物たちの歩みを表すモチーフなど,あれこれモチーフが出てきて,それが中盤以降展開され,最後には,静かなさざめきのような音の中で曲が終わる,といった感じの曲なのですが,そのモチーフが,どれもデリケートだけれども鮮明に表現されていて,曲全体に自信が溢れていました。モチーフは,半音的な音の動きが多く,詩中の人物の微妙な心の動きを反映しているようでした。甘い雰囲気の演奏ではありませんでしたが,モチーフを鮮明に描くことで,自然に詩情が湧き出ていました。明るいのか暗いのかはっきりしないような微妙な感じは,まさに月夜の雰囲気でした。過去に,ダウスさんの弾き振りでこの曲を聴いたことがありますが,それに比べると,指揮者がいる分,さらに鮮明で表現が徹底していたと思います。

首席奏者によるソロもかなり出てくるのですが,いずれも見事でした。ヴィオラのバップさん,チェロのカンタさんも素晴らしかったですが,特にヤングさんの繊細な高音の弱音の美しさが特に見事でした。中盤でチェロなど低弦の方から,とても美しく,厚みのあるメロディが出てくるのですが,この時は鳥肌が立ちました。奏者を増強した効果が存分に出ていたのではないかと思います。

ピヒラーさんは,ABQのリーダーですから,恐らく,この曲についても相当なこだわりがあると思います(何といっても”ベルク”の師匠の代表作ですから)。オリジナルの弦楽六重奏で演奏されたことがあるかどうかはわかりませんが,ABQの演奏をそのまま室内オーケストラに拡大したらこうなる,というような演奏だったと思います。首席奏者たちの演奏を中心とした室内楽的な精密さとオーケストラの音の厚みとを兼ね備えた演奏,ということで文句のつけようのない演奏でした。最後の,森のざわめきのような静けさの中で曲が終わると,その美しさに酔うかのように,しばらく拍手が起こりませんでした。ピヒラーOEKによるこの曲の演奏は,OEKの売り物となるレパートリーになったと思います。11月後半には,この組み合せで,神奈川と埼玉でも演奏会が行われるのですが,OEKの評価をさらに高めてくれるのではないかと期待しています。

(余談)この日は,プレトークもピヒラーさんでした。英語で話し,トロイ・グーキンズさんが通訳されていたのですが,オーストリア人の英語ということもあるのか,私でも結構わかりそうな感じでした。アンコールを期待しないように,などと冗談と本音を混ぜながら要領良く話されていましたが,とても知的でかつ常識を持った方だと思いました。演奏会後は,ロビーでサイン会があったのですが,間近で拝見すると今度は非常に親しみのある方に思えました。というわけで,一気にピヒラーさんに対する親近感が増しました。(2001/11/18)


Review by tatsuyatさん

仕事の都合で遅れましたが、僕も定期公演を聴いてきました。
途中からですが、協奏交響曲のゲルハルト・シュルツとトマス・カクシュカのソロ、あの弦の音色を聴いただけで、疲れが吹っ飛びました。 アルバン・ベルク・カルテットは、現代的で先鋭的な演奏で知られていますが、あのウィーン風の柔らかい音色があるのが、やはり何ともいえない魅力ですね。

けれども、やはり今回の公演の白眉は「浄夜」でしょう。
「浄夜」は僕のとても好きな曲の一つで、それなりに思い入れも強いのですが、今回の演奏は、素晴らしい体験となりました。
OEKの弦楽の実力が、遺憾なく発揮されていたんじゃないでしょうか。
特にピアニッシモの美しさは特筆すべきものでした。
ピピラーもさすがにこの曲を熟知した的確な指揮振りで、またメインに持ってきたのも、この曲に愛着があるのでしょうね。
演奏後の暫しの静寂も良かった。
オーケストラ解散直後に、チェロ・パートの人たちが互いに握手を交わしていたのも印象的でした。
(2001/11/19)
オーケストラ・アンサンブル金沢第110回定期公演PH