オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ
マイケル・ダウス ストリング・アンサンブル
02/1/14 石川県立音楽堂邦楽ホール

1)シューベルト/ピアノ五重奏曲イ長調,D.667「ます」
2)ハイドン/弦楽四重奏曲第76番ニ短調,op.76-2,Hob.III-76「五度」
3)ハイドン/弦楽四重奏曲第78番変ロ長調,op.76-4,Hob.III-78「日の出」
●演奏
マイケル・ダウス(Vn),坂本久仁夫(Vn*2,3),石黒靖典(Vla),ルドヴィート・カンタ(Vc*1),大澤明(Vc*2,3)ブルクハルト・クロイトラー(Cb*1),鶴見彩(Pf*1)

Review by管理人hs

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,新ホール完成後,邦楽ホールの方で首席奏者やゲスト演奏家を中心とした室内楽演奏会を定期的に行っていますが,今回は,マイケル・ダウスさんを中心とした演奏会でした。実は,この日のチケットは招待券でした。歯医者の待合室にあった北國新聞社の雑誌『アクタス』を読んでいたら,この演奏会に招待します,という記事を見掛けたので,手帳にメモしておき,後でハガキで応募したところ,運良く当選してしまいました。

この演奏会のタイトルにある「マイケル・ダウス ストリング・アンサンブル」という呼称ですが,ちょっと紛らわいですね。実は,私がこの名前を最初に見たとき「ダウスさんを中心とした新たな弦楽アンサンブルができたのかな?」と思いました(「モーニング娘。」の中から「ミニモニ」が派生してきたような感じで)。チャイコフスキーの弦楽セレナーデのような弦楽合奏の曲を演奏するのかな,と思ったのですが,後半は,「ザ・サンライズ・クワルテット」の演奏会だったので,「はじめからそう書いてくれれば...」と思ったりもしました。

とはいえ,ブルクハルト・クロイトラーさんの加わった「ます」,ザ・サンライズ・クワルテットのハイドンは,どちらもお得意の曲ということで,十分に楽しむことができました。今回は,邦楽ホールで行われたのですが,金屏風の前で演奏するというのも,新春に相応しいめでたい雰囲気がありました。

前半のシューベルトの「ます」は12月に同じホールでロンドン・シューベルト・アンサンブルの演奏で聴いたばかりですが,また違った味わいのある演奏になっていました。やはり,元ウィーン・フィル首席コントラバス奏者のクロイトラーさんの存在が大きかったと思います。華やかな雰囲気の演奏ではありませんでしたが(このホールは響きがデッドな上,2階の上の方で聞いたため,そう感じたのかもしれませんが),とても落ち着いた大人の雰囲気のある演奏になっていました。やや早目のテンポで,1楽章の繰り返しもしていなかったのですが,せわしない感じはなく,落ち着きがありました。冒頭の和音からして,力んだところがなく,淡々としているけれども,十分に味があるという見事な演奏でした。

ピアノは,第1回石川県新人登竜門演奏会に出演し,日本音楽コンクールでも2位に入賞したことのある鶴見彩さんでした。ピアノの蓋は,ほとんど閉められていたのですが,とてもまろやかで美しい音でした。このピアノの蓋の位置が示しているとおり,全体のアンサンブルにうまく溶け込んでいました。クロイトラーさんは,プレトークでチェロの大澤さんがおっしゃられていたとおり「シューベルトの言葉を知っている」という感じの演奏でした。第4楽章の「ます」の変奏曲でのピチカートの弾み方などを聞いていると,本当に味があって嬉しくなりました。カンタさんのチェロもとてもよく歌っていました。ダウスさんの音は相変わらず美しいのですが,それだけが目立つこともなく,かといって競いあっている感じでもない,リラックスしたムードのある演奏になっていました。

後半は,金屏風がさらにステージ前方に出され,弦楽四重奏だけの演奏となりました。編成を考えると,「ます」が後半でも良いのかな,とも思ったのですが,演奏を聴いた感じでは,この形で成功でした。金屏風を前に出したせいか,前半よりも音が客席の方によく届いていたような気がしました。曲自体にもシリアスな雰囲気があり,前半より密度の高い演奏になっていました。

ダウスさんとOEKの男性弦楽器奏者によるザ・サンライズ・クワルテットは,ハイドンの弦楽四重奏曲集を録音していますので,この日の演奏は,彼らのいちばん得意とするレパートリーということになります。特に「日の出」の方は,「サンライズ」という名前からして,名刺代わりの曲といえそうです。最初に演奏された「五度」の方は,密度の高い短調の響きで始まるので,最初からグッと引き付けられました。ベートーヴェンの曲を思わせるような深い雰囲気がありました。3楽章のメヌエットでは,かなり大きなテンポの動きもありましたが,全体にスマートで引き締まった演奏になっていました。

「日の出」の方も同様に聴き応えがありましたが,こちらの方はややギスギスした感じに聞えました。これは,会場のせいかもしれません。「五度」の方は暗い曲なので,痩せた響きがメリットになっていたのだと思います。「日の出」の方は,もっと暖かい響きで聴けると良かった思います。それでも,冒頭の「日の出」の雰囲気はとても良い感じだったし,4楽章の最初の方のヴァイオリン2丁が寄り添うような音の動きを聞いていると,とても息が合っている,なと思いました。ハイドンの曲は,第1ヴァイオリンがどうしても目立ってしまうので,ダウスさんの音がよく聞えてしまうのは仕方がないのですが,この辺を聞いていると,四重奏としてのバランスが良くなってきているような印象を持ちました。

演奏後は,拍手が次第に手拍子に変わってしまったのですが(狭いホールだと揃いやすいのかもしれません),アンコールはなしでした。手拍子になることは珍しいので,ちょっと残念な気はしましたが,「なし」という選択も悪くないと思いました。

この日の邦楽ホールの入口には酒樽が置いてあったり,正月風の装飾が飾ってあったりととてもめでたい雰囲気がありました。邦楽ホールの新年最初の演奏会は,毎年,サンライズ・クワルテットによる「初日の出コンサート」という企画にしたらどうか,と一瞬ひらめいたのですが,毎年,「日の出」を演奏するわけにもいかないですね。もう一ひねりすれば,良い企画になりそうです。どなたか考えてみませんか?(2002/1/15)