オーケストラ・アンサンブル金沢第113回定期公演PH
02/1/26 石川県立音楽堂コンサートホール

1)モーツァルト/ディヴェルティメント変ロ長調,K.137
2)ハイドン/ヴァイオリン,ピアノ,弦楽のための二重協奏曲ヘ長調,Hob.XVIII-6(カデンツア:ホルム・ビルクホルツ)
3)ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調op.55「英雄」
(アンコール)
4)レーガー/抒情的アンダンテ「愛の夢」
●演奏
安永徹(Vn*2)/Oens金沢,市野あゆみ(Pf*2)
安永徹(プレトーク)

Review by管理人hs
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の1月の定期公演は(意図してのことかもしれませんが),指揮者なしの公演が続くことになりました。今回のリーダー・ヴァイオリンは,ベルリン・フィルのコンサート・マスターの安永徹さんでした。安永さんがOEKと共演するのは初めてのことでしたが,団員との息もピッタリで素晴らしい演奏会になりました。演奏の後,団員が指揮者を称えて足を踏み鳴らすことがありますが,今日の踏み鳴らし方は,とても盛大なものでした。ベルリン・フィルのコンサートマスターという重席を長年務めているだけに,人望も非常に厚いのだと思います。

プレトークも安永さんが担当されていましたが,非常に要領の良いものでした。演奏会前にあまり長い話を聞かされるよりは,今回のようにポイントだけを説明してくれるようなものの方が良いと思います。その中でいちばん印象に残ったのは,「OEKは非常に自発性に富んだオーケストラである。それを生かして大きな室内楽のような感じの演奏にしたい」とおっしゃられたことです。そして実際,そのトークどおりの演奏になりました。安永さんも素晴らしいのですが,それに応えたOEKも素晴らしいと思いました。

この日のプログラムは,モーツァルト,ハイドン,ベートーヴェンというウィーン古典派の大作曲家の曲が並んだのですが,前半の2曲は比較的なじみの薄い曲でした。特にハイドンの方は,20世紀に入ってからスコアが見つかった曲だそうで,演奏されるのは非常に珍しいものです(日本初演,ということはないと思いますが...)。

最初に演奏されたモーツァルトのディヴェルティメントK.137は,K.136〜138の3曲セットのディヴェルティメントの中の真中の曲ですが,意外に演奏される機会の少ない曲です(調べてみたところOEKの定期公演で演奏されるのも今回が初めてのようです)。この曲は,テンポが「緩−急−急」という変わった構成の曲なのですが,その辺があまり演奏されない理由の一つかもしれません。私自身,CDでこの曲を聞いても,何となく居心地の悪いものを感じていました。その点を考慮したのか,この日の演奏は,第1楽章と第2楽章の演奏順を引っくり返して演奏していました。つまり,「急−緩−急」のスタイルによる演奏ということになります。この曲の「個性」を常識的なものに近づけたことになるのですが,この方が安定した形になるのは確かだと思います。

演奏の方は,やりたいことがきちんと伝わってくるような見事な演奏でした。最初の快適なアレグロの楽章は,元気な部分と柔らかな部分とのニュアンスの違いがはっきりついていながら,全体としてはとてもしなやかな演奏でした。第2楽章は,一転してドキっとするような暗く強い表情を持って始まりました。弦楽器全体がぴったり揃っているので,大げさに演奏しなくてもピシっと情感が伝わって来るようでした。3楽章は,それほど速いテンポではなく,優雅な舞曲のようになっていました。短いディヴェルティメントの中に多彩な表情が織り込まれており,とても聞き応えのある演奏でした。

この日の演奏会の弦楽器の配置は,下手から第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリン,下手奥にコントラバス,という感じでしたが,次のハイドンでは,ピアノが加わることもあり,第2ヴァイオリンがチェロとヴィオラの後あたりに移動していました。こういう変則的な配置はあまり見たことはありません。全体に下手の方に弦楽器が集まる形になりました。ピアノの陰になるので,こういう形になったのだと思います。各パートの人数もフル編成よりは少なめでした。

このハイドンの曲を聞くのはもちろん初めてのことです。実は,後半の英雄の印象があまりに強かったので,この曲の印象はぼけてしまったのですが,とても穏やかでリラックスした雰囲気のある曲でした。ハイドンの時代にピアノで演奏していたかどうかは分からないのですが,ピアノの伴奏の上に軽やかな弦が鳴ると,何となく,R.シュトラウスの「町人貴族」などの新古典主義風の曲に聞えてきました。市野さんの担当したピアノ・パートはそれほど華やかな感じではありませんでしたが,オーケストラの音とうまく溶け合い,とてもたっぷりとした感じに響いていたので,演奏全体がとてもまろやかで暖かな感じになっていました。この曲は全体で25分ぐらいの曲で,カデンツァが2回出てきます。これがかなり独特でした。安永さんの話によると,ベルリン・フィルのヴァイオリンの同僚のホルム・ビルクホルツという人が作ったもので,「ハイドンの様式とはちょっと異質」とのことでした。特に第1楽章の方は,かなり技巧的な感じでした。異質といえば異質なのですが,曲全体が穏やかなので,良いアクセントになっていたと思います。二重協奏曲なので,カデンツァの方もピアノとヴァイオリンの二重奏なのですが,この部分だけはヴァイオリン・ソナタになっているようにも聞えました。安永さんは,ソロを弾く時は客席の方を向いていたのですが,それ以外の時は指揮者の役割を果たすために,団員の方を向いていました。譜面台もそれにあわせて,2つあったのが面白く感じられました。

後半の英雄交響曲では,プレトークで安永さんがおっしゃられていたとおり,オーケストラの自発性を尊重した演奏になっていました。その積極性が,熱気となってステージから伝わって来るような素晴らしい演奏でした。オーケストラの奏者の顔が分かってくるようになると,その個人技を楽しみながら聞きたくなるのですが,この曲については,まさにそのような感じで聞いてしまいました。これは,英雄交響曲という有名な曲(=次にどの楽器が出てくるか知っている)だったからなのかもしれません。「チェロ軍団が美しい旋律を奏で,続いて哀愁を帯びたオーボエが登場しました。おっと,ここで...」という感じで実況アナウンスを心の中で入れながら聞いてしまいました。それほど,ソロが次から次へと前に出てくる面白さがありました。しかも,前に出てくるばかりではなく,細かいニュアンスにも富んでいました。第1楽章は,弦楽器が力瘤を作るかのようにテンポをちょっと落とすようなところはありましたが,非常に流れの良い演奏でした。楽章の最後のクライマックスにも力強さがありました。コーダでトランペットが第1主題を演奏する部分は,昨年10月に聴いたラトル指揮ウィーン・フィルと同じように途中で半分消えたような感じ(完全には消えていないのですが)になっていました。今流行のベーレンライター版だったのでしょうか?この辺は詳しい方があれば教えて下さい。1楽章の提示部の繰り返しはしていませんでした。

第2楽章の葬送行進曲は,落ち着いたテンポで,深い情感に溢れたとても立派な演奏でした。この日の演奏会は,指揮者なしだったのですが,遅い楽章だと,ソロの楽器は,どこで出ればいいのかを判断するのが結構難しいと思います。そういうハンディを忘れさせてくれるような集中力に溢れた演奏でした。この楽章は,ソリストのようにオーボエの出番が多いのですが,水谷さんのオーボエは,哀愁のある音色でこの楽章全体の雰囲気を見事に作っていたと思います。中間部では,金管楽器が非常に力強い演奏をしており,楽章の頂点をくっきりと作っていました。ティンパニは,途中で堅いバチに換えていたようで,音色が変化していたのが面白いと思いました。深い余韻の残る終結部も見事でした。

遅い楽章を指揮者なしで合わせるのも難しいと思いますが,3楽章のような速い楽章の場合は別の意味で怖いかもしれません。ちょっとヒヤりとしたような気がしたのですが,本当に爽快なスケルツォでした。中間部は,ちょっとテンポを落として,ホルンが勇壮に決めてくれました(この日のホルンは,上手の方にいました)。

4楽章は,弦楽器の力感のある演奏が,見た目の上でも目立ちました。かなり大きな動きで演奏しており,音の方にも,ノイズが入るぐらいの激しさを感じました。会場にもその熱気が伝わったのか,私の顔の方も火照ってきました(会場の温度が実際に上がってきたような気がしました)。ホルンの朗々とした力強い演奏の後に続く,コーダも堂々とした足取りでスケール感たっぷりに決まりました。

この日の英雄は,ギュっと締め付けるよりは,開放感のある演奏だったと思うのですが,それでいて散漫にならないのは,小編成の良さだと思います。緊張感と伸びやかさが一体となった見事な演奏になったのは,安永さんの統率力によるのでしょう。

アンコールには,レーガーの抒情的アンダンテという珍しい曲が演奏されました。弦楽合奏のみによる静かだけれども厚目の響きのする曲で,熱くなった会場をクールダウンしてくれるようでした。

1月の演奏会はどちらも指揮者なしにも関わらず,会場は非常に盛り上がり,集中力に溢れた演奏になりました。岩城さんはよく「OEKを指揮者なしでも見事な演奏をできるオーケストラにしたい」というようなことをおっしゃられていますが,その目標については達成されつつあるようです。いずれもしても,これからOEKを指揮する人は相当プレッシャーがかかることでしょう。

演奏会の後,例によって楽屋口に行ってみたのですが,既に数人サインをもらおうという人たちが集まっていました。私も,安永夫妻からサインを頂きました。安永さんは,「OEKはとても良いオーケストラだし,このホールもとても素晴らしい」とおっしゃっていました。どなたかが「また金沢に来てください」と声を掛けていましたが,これは団員の多くも思っていることでしょう(個人的には,ベルリン・フィルと一緒に来てもらいたいという希望もありますが)。(2002/1/27)