オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ:中村紘子の世界
02/2/17 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ショパン/バラード第1番ト短調,op.23
2)ショパン/バラード第2番ヘ長調,op.38
3)ショパン/バラード第3番変イ長調,op.47
4)ショパン/バラード第4番ヘ短調,op.52
5)(アンコール)スカルラッティ/ソナタホ長調,K.380.L.23
6)(アンコール)ショパン/ワルツ第4番ヘ長調,op.34-3
7)ドヴォルザーク/ピアノ五重奏曲イ長調,op.81
8)(アンコール)ドヴォルザーク/ピアノ五重奏曲イ長調,op.81〜第3楽章
9)(アンコール)ショパン/英雄ポロネーズ
●演奏
中村紘子(Pf)
マイケル・ダウス,江原千絵(Vn*7,8),シャンドール・バップ(Vla),ルドヴィート・カンタ(Vc)

Review by管理人hs
今回の演奏会は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演ファンタジーシリーズの通し券を買った「特典」として行ってきたものです。この「特典」というのは,「OEK室内楽シリーズの中の一つにご招待します」というものだったのですが,沢山の人がこの演奏会を選んだようで,会場は超満員でした。その満員の具合が半端ではなく,ステージ上にもお客さんが入っていました。その数もOEKの団員の数より多く,50人は乗っていました。こういう光景を見るのは初めてのことです。チケットを買って自分の場所を知ってびっくり,という人もいたかもしれません(一度ステージ上で聞いてみたい気もしますが)。いずれにしても,中村紘子さんの人気には恐るべきものがあります。

前半はショパンのバラード全曲,後半はドヴォルザークの室内楽というちょっと変わったプログラムでした。前半では中村紘子さんのスターらしい堂々とした弾きっぷりを,後半ではOEK首席奏者との豪華な雰囲気の共演を堪能できました。中村紘子さんといえば,「華麗」という印象がありますが(「カレー」という説もあり),その期待を裏切らず,聴衆を喜ばせる術を知っているのはさすがです。

前半のバラードはショパンの曲の中ではかなり聞き応えのある方だと思いますが,第1番の冒頭からして低音をガーンという感じで響かせ,きらびやかなパッセージでは,これ見よがしに速いテンポで盛り上げる,というような華やかな演奏でした。間の取り方が堂に入っており,貫禄のある演奏でした。全体に甘さを抑えて,シャキっとした雰囲気がありました。速い部分はちょっと速過ぎて,「何だかわからないけど凄い」という気がしないでもなかったですが,聴衆を自分の世界に引き込む力はさすがだと思いました。

この日は,第1番から順番に演奏していったのですが,さすがに第3番あたりになると「他の曲とちょっと区別がつきにくいな」という気がしてきました。個人的には,バラード以外の他の曲と組み合せたプログラムにしてくれた方が良かったかな,と思いました。

ステージ上にまで溢れた観客の多さに気を良くされたのか,前半にも関わらず,アンコールが2曲も演奏されました。このアンコールで演奏されたスカルラッティが見事でした。さっぱりしているけれども落ち着いた雰囲気のある演奏で,バラード4曲の重さの後口にはぴったりでした。その後,再度ショパンの曲が演奏されたのですが,今度は,一転して物凄く速いテンポのワルツでした(ブーニンがショパンコンクールで演奏した曲)。「うまいでしょ?」という感じで一気に弾きまくる演奏でしたが,こういう良い意味での「気取り」はアンコールピースとしては盛り上がるし,中村紘子さんにも相応しい思います。

後半は,OEKの首席奏者が勢ぞろいしてのドヴォルザークのピアノ五重奏曲でした。前半では感じなかったのですが,この曲については,どういうわけか全体の音量が少々不足しているような気がしました(次第に慣れてきて気にならなくなってきましたが)。弦楽器奏者は,観客がステージに乗っていた影響もあるのか,ステージのかなり前の方に座っていたのですが,室内楽の演奏会の場合,反響板が降りていた方が音響的には良いようです(エマニュエル・パユの演奏会の時は,確か降りていました。)。

この曲を生で聞くのは2回目ですが,ドヴォルザークらしい親しみやすい歌が溢れたとても良い曲です。前半のバラード集よりも曲想の変化にも富んでいるので,私は後半の方が楽しめました。

第1楽章は,冒頭のカンタさんの淡く溶けてしまうような柔らかいチェロをはじめとして非常にメロディアスでした。ダウスさんの美音には,いつもにも増して,熱がこもっていました。楽章最後のアッチェレランドのかかった追い込みの迫力も素晴らしく,拍手が盛大に入りました(実際,「拍手が入って当然」といった感じの演奏でした)。第2楽章のドゥムカは,バップさんの,ヴィオラに非常に味がありました。この方はハンガリー出身の方ですが,そのこととつい結び付けて考えたくなるほど,哀愁のある音色でした。第3楽章のフリアントは非常に活気のある曲で,中村さんの弾むようなピアノが良い味を出していました。全体のスピード感も見事でした。この曲は,アンコールでも演奏されましたが,その時には,さらにテンポアップしていたようでした。最終楽章も華麗に決まっていました。全体として,中村さんだけが浮き上がることなく,各奏者がソリストのように活躍する,豪華な演奏だったと思います。さすが,OEKの首席奏者たちの演奏です。

アンコールに演奏されたピアノ五重奏曲のフリアントに対する拍手が終わるか終わらないかという時に,中村紘子さんのピアノ独奏で,アンコール2曲目の英雄ポロネーズがいきなり始まりました。かなり荒々しい演奏で,もの凄いスピードで,少々のミスタッチも関係なく豪快に弾き切っていました。ルービンシュタイン,ホロヴィッツといったかつての巨匠ピアニストあたりが弾きそうな演奏だと思いました(実際には見たことはないのですが)。日本のピアニストでこういうアンコールが相応しい人を考えると...これはやはり中村紘子さんしかいませんね。(2002/2/18)