オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ
ヴェンツェル・フックス,ザ・サンライズ・クヮルテット室内楽の夕べ
02/2/27石川県立音楽堂邦楽ホール

モーツァルト/クラリネット五重奏曲イ長調,K.581
ブラームス/クラリネット五重奏曲ロ短調,op.115
(アンコール)ウェーバー/クラリネット五重奏曲〜スケルツォ
(アンコール)チャイコフスキー(武満徹編曲)/四季〜秋の歌
●演奏
ヴェンツェル・フックス(Cl),ザ・サンライズ・クワルテット(マイケル・ダウス,坂本久仁雄(Vn),石黒靖典(Vla),大澤明(Vc))
Review by管理人hs
先日のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に登場したヴェンツェル・フックスさんを中心とした室内楽の演奏会が邦楽ホールで行われました。共演は,ザ・サンライズ・クワルテットです。この日のプログラムは,クラリネット五重奏曲の名曲2曲だけ,というCD1枚分のプログラムなのですが,実際,この演奏会に先立ち,お隣のコンサートホールの方でレコーディングされたとのことです。新ホール完成以来,OEK関係のCDのレコーディングが続々と行われているのはファンとしては嬉しいことです。

ステージ上の演奏者の配列は,下手側から,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,クラリネットという順でした。私は,上手側で聞いていたので,フックスさんの音は間接的に聞える形になりました。普通に考えると,クラリネットを中心に並んだ方が音がダイレクトに聞こえると思いますので,この配列には意図があるのかもしれません。ちなみに,昨年末に聞いたエマニュエル・パユさんとケルビーニ四重奏団の演奏でもこの日と同様の配置でした。管楽器の音を目立ち過ぎないようにするための工夫なのでしょうか?2人ともベルリン・フィルの首席奏者という点が共通しているのも興味深い点です。

それでもクラリネットの音量が弱いといった不満は全くありませんでした。この日のステージの照明は,非常に暗い感じで,床から天井に向けた間接照明と寝室にあるようなランプだけしかありませんでしたが,音の方も,クラリネットの音を強く響かせるよりは,全体として柔らかでメロウなサウンドを作ろうとしていたように思えました。照明の雰囲気と合わせて「夜の音楽」「寝室の音楽」という印象を作っていました。

前半のモーツァルトは,先日のクラリネット協奏曲の時同様,多彩なニュアンスに富んだ雄弁な演奏でした。フックスさんの音は,どの音域でもムラがなく傷もありません。それが冷たい感じにならず,暖かく響くのがいちばんの魅力です。同じ音型がエコーのように出てくる時の柔らかさも見事でした。協奏曲の時同様,弱音に対する非常に強いこだわりも感じられました。ただし,協奏曲の時には沢山入っていた装飾音符はほとんどありませんでした。クラリネットにピタリと寄りそうようなザ・サンライズ・クワルテットの演奏と相俟って,非常に落ち着きのある演奏になっていました。前述のように「間接照明」のような雰囲気が全曲にあふれ,鋭い雰囲気が皆無でした。そのため,1,2楽章は特にひそやかでメランコリックな感じになっていました。3楽章は舞曲風なので,ちょっと雰囲気が明るくなりますが,それでもはしゃぎ過ぎることはありません。フックスさんのクラリネットが入らない中間部では,「普通の演奏」に思えたので,全曲の雰囲気を作っていたのはやはりフックスさんのクラリネットだったのだと思います。4楽章では,速いパッセージでのダウスさんとの掛け合いが楽しめました。

後半のブラームスの方は,実は,私にとっては苦手な曲です。ブラームスの曲は,渋い曲が多いのですが,晩年のこの作品は,ブラームスの中でも特に渋い曲で,名曲と言われているにも関わらず,私には,ちょっと馴染めません。この日の演奏を聴いて印象が変わるかな,とも思ったのですが,残念ながらそれほど印象は変わりませんでした(この日は日中の仕事の疲れがかなり残っていたからかもしれません)。モーツァルト同様,弱音にこだわりを持った演奏でしたが,こちらの方は,比較的普通の演奏に聞えました。

邦楽ホールは,音響はあまり良くないのですが,客席の奥行きがないのでどの席からもステージが近く感じられます。そのせいか,毎回かなり盛り上がります。この日も2曲のアンコールが演奏されました。

アンコール1曲目のウェーバーのクラリネット五重奏曲の中のスケルツォは,まさにスケルツォという感じの演奏でした。クラリネットのキーを叩く「パタパタ」という音がとてもよく聞えたのですが,意識的にユーモラスに演奏していたようでした。曲の最後の一節を演奏する時だけ,フックスさんは「終わったよ」という感じで客席の方に向って弾き,笑いを誘っていました。フックスさんは,ベルリン・フィルの首席奏者ですが,出身はオーストリアということで,気のせいか素朴な雰囲気が感じられます。隣にいたチェロの大澤さんとの音の駆け引きの中にも楽しい雰囲気が感じられました。このウェーバーの曲は,そういう素朴なユーモアの溢れる演奏で非常に楽しめました。是非,全曲を聞いてみたいものです。

アンコール2曲目は,チャイコフスキーの曲を武満さんが編曲した曲でした。武満さんがどういう目的で編曲したのかわかりませんが,非常に美しい曲でした。チャイコフスキーと武満さんとの結び付きというのは少々意外でしたが,こういう類の編曲がたくさんあるのなら,他にも聞いてみたいものです。

というわけで,このコンビで収録したCDの方も,この演奏会同様にニュアンス豊かなものに仕上がっていることでしょう。ザ・サンライズ・クワルテットも,演奏回数を重ね,すっかりアンサンブルの中のアンサンブルとしておなじみになってきました。これからも「ザ・サンライズ・クワルテット+有名独奏者」という形の室内楽を期待したいと思います。(2002/2/28)