オーケストラ・アンサンブル金沢第116回定期公演M
02/3/10 石川県立音楽堂コンサートホール
1)倉知竜也/小景異情:ソプラノ独唱とオーケストラのための
2)モーツァルト/レクイエムニ短調,K.626(ジュスマイヤー版)
●演奏
岩城宏之/Oens金沢
薗田真木子(S*1),中村智子(S*2),鳥木弥生(Ms*2),佐々木正利(T*2),三原剛(Br*2)
Oens金沢Cho(合唱指揮:佐々木正利*2)
アビゲイル・ヤング(コンサート・ミストレス)
佐々木正利(プレトーク)

Review by管理人hs
岩城さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,ここ数年,「モーツァルト全集」と題して,モーツァルトの管弦楽曲を集中的に取り上げてきましたが,今回の演奏会は,その総決算ともいうべき内容でした。それに加え,昨年11月に行われた「石川の三文豪によるオーケストラ歌曲作曲コンクール」で最優秀賞を受賞した倉知竜也さんの「小景異情」が再演されました。今回の演奏会は,全席完売したそうで(来なかった人がいたのか少し空席はありましたが),このプログラムに対する期待の大きさがあらわれていました。

プレトークは,今回からOEK合唱団を指揮することになった佐々木正利さんが担当しました。話し声は,とても美しくよく響く声で(レクイエムのテノールも担当されるので当然ですが),内容も話し方も折り目正しい感じでした。これからは,これまで指揮を担当していた大谷研二さんの時とは違った演奏が聞かれるようになるのではないかと思います。

前半の小景異情を聞くのは,私にとっては,審査演奏会に続いて2回目になります。この曲は,とても強く印象に残る曲で,11月の時の印象が鮮やかによみがえってきました。いわゆる「現代音楽」については「どの曲も同じ=わからない」といわれることが多いのですが,この曲については,一度聞けば忘れられないような雰囲気があります。このことがまず素晴らしいと思います。

この曲は,6つの連作の詩に曲が付けたものですが,倉知さん自身による解説にも書いてあったように,曲ごとに雰囲気がかなり違います。1曲目はコントラバスの不思議な響きから始まり,曲の世界に引き込んでくれます。2曲目は,非常にメランコリックで叙情的な感じの曲です。この日のソプラノ・ソロは,初演時と同様,薗田真木子さんでしたが,とても素晴らしい歌でした。弱音で歌われる高音の出てくる難曲だと思うのですが,何とも言えない情感が漂っており,「ふるさとは遠きにありて...」という有名な詩の世界にぴったりでした。3〜5曲目は,一転して楽器の使い方にいろいろな創意工夫が盛り込まれた,不思議な雰囲気の曲になります。いわゆる「現代音楽」っぽいところがあるのですが,時計の雰囲気を出すために数個のメトロノームを同時に鳴らしたり(実は,初演の時は3階の後ろの方の席だったのでメトロノームがあることに気づきませんでした。コルレーニョにしては良い音だなと思っていました),ホルンがマウスピースを抜いて,「スーッ」という感じの音を出したりと視覚的にも楽しめました。打楽器の激しい音も効果的で,音楽全体からドラマを感じました。実は,映画音楽などでは,「現代音楽風」の響きが使われていても映像と合っていると違和感なく聞いてしまうのですが,この曲の場合も,そのような雰囲気を感じました。わかりやすい雰囲気の後に,冒険的な響きが続く,という曲の配列も巧いと思いました。最後の曲は,全曲を締めるのにふさわしい躍動感のある曲です。この曲も歌うには大変なエネルギーが必要な曲だと思います。

15〜20分のオーケストラ伴奏付き連作歌曲ということで,R.シュトラウスの「4つの最後の歌」とかと同じような雰囲気の曲だと思うのですが,ソプラノの方にとっては,かなり大変な曲なのではないかと思いました。薗田さんは,日本歌曲のコンクールで優勝されている方ですが,大変見事な歌でした。ピンク色の衣装も,春を待つ今の北陸地方にふさわしいと思いました。

後半は,メインのモーツァルトのレクイエムです。知人の話によると岩城さんがこの曲を指揮するのは初めてのことだそうです。そのせいか,相当念入りな準備をされて取り組んでいたように感じました。まず,全体に非常に遅いテンポなのが印象的でした(話によると練習時はもっと遅いテンポだったそうです)。力強い雰囲気よりは,じっくりと曲の美しさと情感を味わわせてくれるような演奏になっていました。特に「怒りの日」がこんなに落ち着いているのは珍しいと思います。「怒っている」というよりは「恐怖に怯えている」ような冷酷な怖さを感じました。「レックス」で始まる曲もテンポが遅かったので「レ〜〜〜ックス」という感じで3,4回巻き舌が聞えるような感じでしたた。「ラクリモーサ」「レクイエム」といった曲も,やさしく歌い始め途中で感情がぐっと盛り上がって来ました。全体に鮮烈な雰囲気はなく,落ち着いた雰囲気になっていたのが,今の岩城さんの心境を表しているのではないか,と感じました。

ソリストも皆さん素晴らしかったと思います。ソプラノの中村さんは,昨年末のメサイアの時同様,ピンとした雰囲気があり,曲を引き締めていたと思いました。メゾ・ソプラノの鳥木さんは,今回のソリストの中ではいちばん知名度の低い方ですが,全く遜色のない立派さがありました。鳥木さんは,このところの活躍ですっかり金沢での地位を固めたようです。テノールの佐々木さんの印象は,プレトークの声を聞いて感じたとおりでした。非常に高音が美しく,明確な発音をされていたので,きっとバッハの受難曲のエヴァンゲリストなどにも相応しいと思います(今後,OEK+OEK合唱団でバッハの大曲を演奏する機会が出てくるのではないかと思います)。バリトンの三原さんの声も非常に朗々と響いており,素晴らしかったです。ソリストだけのハモリの部分は,全曲の暗さの中で,ほっと一息付かせてくれるようなものが多いのですが,今回の実力者たちの歌を聞いて,死から蘇生する生命力のようなものを感じました。

オーケストラの編成は,オーボエ,フルートが無く,バセット・ホルン(?)が入る変則的なものでした。そのせいもあり,ほの暗い雰囲気がよく出ていました。トロンボーンの人は,毎度おなじみの方で,演奏後はさかんに拍手を受けていました(このソロは,バリトンと絡むので結構プレッシャーがかかりそうです)。

とはいえ,やはりこの曲の主役は,出番の多さからしてもOEK合唱団なのではないかと思います。今回のOEK合唱団の指揮者は,これまでと違う方だったのですが,気のせいか,いつもより,やさしく心に染みる歌声だったと思います(指揮者の佐々木さんは相当厳しい練習をされる方のようですが...)。死者だけでなくすべての人を慰めるような音楽になっていました。力強さはそれほど感じなかったので,もの足りなく感じた人がいたかもしれませんが,騒ぎ過ぎないよくコントロールされたデリケートな雰囲気は,レクイエムには相応しいと思いました。レクイエムの最後の方の曲は(実はモーツァルトの作曲ではないのですが),トロンボーンが3回信号を鳴らしたりして,「魔笛」の世界を思わせるような幻想的な雰囲気もあります。そういう感じがよく出た合唱だったと思います。最後の曲の長く伸ばされたハーモニーもとても美しく響いていました。それに聞きほれた後,しばらく間があって拍手が起きたも良かったですね。

モーツァルトの主要管弦楽曲を6年間演奏してきた集大成ということで,岩城さんも悟りの境地に達したのかなという印象を持ったレクイエムでした。演奏会全体の前半と後半の時間配分のバランスも良く,とても良い演奏会になりました。

この日の演奏会の様子は,北陸朝日放送でライブ収録しており,3月29日の夜11時過ぎに放送されます。OEK合唱団の方々の顔がじっくり見られそうです。(2002/3/14)
オーケストラ・アンサンブル金沢第116回定期公演M