オーケストラ・アンサンブル金沢第117回定期公演PH
02/03/16石川県立音楽堂コンサートホール

1)権代敦彦/愛の儀式:構造と技法,op.70(委嘱作品・世界初演)
2)猿谷紀郎/ときじくの香の実(委嘱作品・世界初演)
3)西村朗/樹海:二十絃筝とオーケストラのための協奏曲(委嘱作品・世界初演)
4)一柳慧/音に還る:尺八とオーケストラのための(委嘱作品・世界初演)
●演奏
宮田まゆみ(笙*1),林英哲(和太鼓*2),赤尾三千子(横笛*2),吉村七重(二十絃筝*3),三橋貴風(尺八*4),
岩城宏之/Oens金沢
アビゲール・ヤング(コンサート・ミストレス)
武田明倫(プレトーク)
Review by管理人hs
石川県立音楽堂には,コンサートホールと邦楽ホールの2つのホールがあり,そのことが他のホールにはない大きな特色になっています。そのコンセプトをそのまま定期演奏会のプログラムに持ち込んだ演奏会が行われました。つまり,邦楽器をソロ楽器とした協奏曲的な作品ばかりを並べたプログラムということになります。この日演奏された曲は,すべてホールの委嘱作品で(プログラムの英文によると"commissioned by the Ishikawa Ongakudo"となっています),世界初演です。

今回委嘱された作曲家は,すべて過去にOEKがその作品を演奏したことのある方ばかりです。西村さんと一柳さんはコンポーザー・イン・レジデンスを務めたこともあります。初演作品の場合,作曲者自身もステージに登場するのが恒例となっていますので,今回は現代日本を代表する4人の作曲家が勢ぞろいしたことになります。それに加え,現代邦楽器の第1人者が5人も登場しましたので,非常に豪華メンバーだったと言えます。

演奏会は,前半2曲,後半2曲に分かれていたのですが,1曲目の楽器の配置が変則的だったので,1曲目と2曲目の間にも10分の休憩が入りました。結果として3部構成のような感じになっていました。各曲の前に作曲者自身が,一言聞き所を語っていたので,曲自体の演奏時間の割には演奏会の時間は長くなりました(といっても大体2時間ぐらいでした)。

この日の曲の演奏順は,「年齢の若い順」になっていました(結果としてそうなったのかもしれません)。最初の権代さんの曲は,楽器の配置が非常に変わっていました。オーケストラを2つに分け,左右対称に配置していました。ピアノに対してはハープを置いていました。前回の権代さんの作品の時もそうだったのですが,各楽器はステージのうしろの方に寄っており,指揮者のまわりにはかなり大きく空間があいていました。曲の構造の方も左右対称でした。弱音で始まり次第に盛り上がりクライマックスを築き,また最初に戻るような感じでした。「ドー,ドー(絶対音感がないので何の音だったのかわかりませんが)」という感じで一つの音程を延々と繰り返す部分が多かったのですが,全く退屈しませんでした。それだけ,音色が魅力的でした。超低音楽器と超高音とが共存しているのも特色でした。バスクラリネット,コントラファゴットなども左右に分かれており,会場いっぱいに神秘的な低音が響く中に官能的な高音が絡んできて,何とも言えない陶酔的な雰囲気になりました。常にピアノや打楽器が低音を支えているような感じでちょっと原始的な感じもありました。笙は,パイプオルガン奏者の位置に立っており(この場所にいると,笙自体パイプオルガンから”1本拝借”してきたような感じに見えました),はじめのうちはほとんど目立ちませんでしたが,クライマックスで音階のように上がって行く辺りが面白いと思いました。プログラムの解説によると「宮田さん=女神」とのことでした。曲は他の作品と違い協奏曲的ではなく,和風を感じさせる部分もありませんでしたが,癒されるような響きと官能的な雰囲気は他の曲にはないもので,私自身は大変気に入りました。

この曲の配置は変則的だったので,オーケストラが一度全部引っ込み,大々的に座席換えが行われました。続く,猿谷さんの曲には,和太鼓が入ります。和太鼓は通常ティンパニがいる正面奥の高い場所の特設の台の上に置いてありました。指揮者に背中を向けて演奏することになるので,モニターで指揮を見ながら演奏していたようでした。この曲の方は前半は比較的静かで,後半は独奏楽器のカデンツァを含みながら派手に盛り上がって来るような曲でした。和太鼓は前半では,ホウキのような感じのバチを使っていましたが,途中で林さんが諸肌を脱いで(この辺の”見せ方”も決まっていて,格好良いです),通常のバチに持ち替えてからはパワー全開という感じになりました。この曲は,邦楽器による二重協奏曲ということで,武満さんのノヴェンバー・ステップス辺りを意識していたかもしれません。邦楽器だけのカデンツァもかなり長く,聞き応えがありました。特に和太鼓のカデンツァは迫力がありました。2階席にいたのですが,お腹にズシリと来ました。恐らく和太鼓の前あたりの奏者は結構(うるさくて)大変だったのではないでしょうか?そのせいか,和太鼓のカデンツァが終わって,オーケストラが入って来ると,ちょっとほっとしました。赤尾さんの能管も和太鼓に負けないぐらい気合いが入っていました。最後もバシっと終わるような感じだったので,会場はとても盛り上がりました。ただ,タイトルの「ときじくの香の実」というのがよくわかりませんでした。古代にあった伝説の果物の香りをイメージした曲とのことでしたが,あまり具体的なイメージが涌きませんでした。いっそ「和太鼓と能管のための二重協奏曲」といった抽象的な曲名の方が良かったのではないかと思いました。和太鼓の林さんは,体育会系の雰囲気のある非常にエネルギッシュな方でした。林さんの登場するベルリン・フィルの野外コンサートの映像を見たことがあるのですが,海外の人が熱狂するのも分かるような気がしました(一般に外国の人は「ものすごく」和太鼓に興味を示すみたいです)。

後半最初の西村さんの曲は,邦楽器の演奏技法を駆使し尽くしたような作品でした。二十弦筝という見たこともないような楽器がソロだったこともあり,そちらの方ばかり見ていました。そのせいか,オーケストラの印象があまり残っておらず,タイトルの「樹海」のイメージもあまり涌かなかったのは残念だったですが,この筝の演奏は大変な聴き物でした。この筝は,かなり大きな楽器なのですが,それを隅から隅まで使って,はじいたり,擦ったり,撫でたりして多彩な音を出していました。これだけ技法が駆使されると邦楽器という範疇を超えて,世界的な楽器のように思えました。そう思って聞いていると,ツィンバロンとかハープなどと似た響きも感じられました。演奏の吉村さんは大変小柄な人で,楽器のまわりをエネルギッシュに動き回っていました。この辺も和服を着て座って演奏する琴とは全く違う楽器を演奏しているようでした。オーケストラの楽器では,フルートが活躍していました。アルト・フルートなども使っていたようでしたが,こちらの方が邦楽器っぽく聞えたのが面白いと思いました。

演奏会の最後の曲は,一柳さんの曲でした。この曲は尺八協奏曲だったのですが,オーケストラの多くの楽器についてもソロ楽器のように活躍する部分があり,曲全体の面白さからすると,この日ででいちばん楽しめたかもしれません。オーケストラがトゥッティで演奏する部分よりも,個々の楽器の音を聞かせようとしているようで,全体としてシンプルな美しさがありました。特に途中で出てきたヴィオラソロは非常に新鮮に響いていました。意表を突いて出てきたせいもあると思いますが,曲にぐっと陰影が出てきたように思えました。演奏後もヴィオラの石黒さんは盛んに拍手を浴びていました。尺八は2種類のものを使い分けており(ソプラノ尺八とかアルト尺八とかいうのでしょうか?),いろいろな音色を楽しめました。尺八はノイズ的な音,純和風の渋い音からフルートのような奇麗な音までいろいろな音が出せるので,邦楽器の中でもいちばん表現力が豊かなのではないかと思いました。曲の方も最後には盛り上がり,演奏会全体を締めてくれました。

この演奏会は,「金沢ならでは」の企画だったこともあり,「アフィニス文化財団おすすめコンサート」「サントリー音楽財団推薦コンサート」「文化財芸術創造特別支援事業」といろいろな団体からの支援を受けたようです。また,この演奏会は,NHKが収録しており,NHK-FMでも放送される予定です(恐らく,「現代の音楽」の時間だと思います)。それだけ全国的に見ても注目を集めていた演奏会だったと思いますが,その期待に応える内容になっていたと思います。(2002/3/17)