第1回北陸新人登竜門コンサート
02/4/7 石川県立音楽堂コンサートホール

1)モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調,K.595
2)ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調,op.11
3)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調,op.58
●演奏
平野加奈(Pf*1),長谷川千鶴(Pf*2),高森静香(Pf*3)
岩城宏之/Oens金沢
松井直(コンサート・マスター)
Review by管理人hs
今年から北陸3県に募集範囲を広げた春の恒例行事の「新人登竜門コンサート」に行ってきました。今回はピアノ部門でした。この演奏会は,「コンクール」というよりは,これからスタートを切る新人を発掘するのが目的の演奏会です。今回は北陸3県に範囲を広げたのに相応しく,各県から1名ずつ選ばれました。

最初のモーツァルトの協奏曲のソリストは金沢出身の中学2年生(つまり数日前までは中学1年生)の平野加奈さんでした。予選ではラヴェルのピアノ協奏曲を弾いたそうですが,いずれにしてもこの若さで岩城さん指揮のオーケストラと共演するというだけで大した物です。技巧的にも全く不安なところはありませんでした。音階などの速い音の動きのキレが良く爽やかなのが特に印象的でした。ただし,音量的には少々物足りないと思いました。モーツァルトの演奏に大音量は必要ないのですが,やはり,ダイナミックレンジがもう少し広い方が深みのある雰囲気になったと思います。そのせいか音色は奇麗なのですが無表情で冷たい感じに聞えました。平野さんの演奏でいちばん個性的だったのは3楽章でした。とても速く快活な感じの弾き方で,晩年のモーツァルトのイメージとは違いましたが,若い奏者にはこういう雰囲気がぴったりだと思いました。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の弦楽器の音も非常に透明感があり,若い奏者を盛り立てていました。この人とは同郷(出身中学校は私の家のすぐそばです。先日直木賞を受賞した唯川さんも同じ中学校だと思います)ということで,これからも成長を見守って行きたいと思っています。

この演奏の第2楽章で,残念な出来事がありました。いちばん静かな楽章にも関わらず小さな子供が再三叫び声をあげ,指揮者の岩城さんが演奏を止め第2楽章をもう1度最初からやり直したのです。「これからスタートを切る若い奏者にとってはとても大切な演奏なのです」というようなことを岩城さんはおっしゃっていたようですが,そうでなくても最低限のマナーは守って欲しかったと思います。1楽章でも階下の座席から子どもの声が聞えていたので悪い予感はあったのですが,こういうことになるとは予想できませんでした。私にとっては初めての経験でした(かなり前,OEKの別の公演で同様の事件があったそうですが)。演奏を止めたことで音楽に浸れなくなってしまったのも事実なのですが,止めざるを得ないほど,演奏者にとっては邪魔だったということも事実です。今回,救いがあったのは,平野さんが立派な演奏をしてくれたことです。演奏後には,オーケストラの方からも盛大が拍手をもらっていました。

2曲目は福井出身の長谷川千鶴さんによるショパンでした。この方の演奏は,第1楽章第2主題とか第2楽章のテンポの落とし方に特徴がありました。遅いというよりは停滞した感じに聞えないでもありませんでしたが,独特の沈み込むような世界を作っており,じっと聞き入ってしまいました。3楽章の中間部は何となく危なっかしい気がしましたが,よく踏みこたえ,最後の華麗なエンディングは見事に決まっていました。ショパンあたりの曲になると,もう少し音に力感がある方が華やかになるかな,とも思いましたが,長丁場の難曲を飽きさせることなく見事に聞かせてくれました。オーケストラ伴奏の方は,遅くなりたがる(?)ソロを元に戻すような感じの堂々とした演奏でした。

この2曲だけで(モーツァルトの2楽章に時間がかかったこともあり)1時間15分ぐらいはかかってしまったせいか(それとやはり,自分の身内だけ聞いて帰った人も多かったのでしょう),後半はお客さんの数が減ってしまいましたが,個人的には,後半の富山出身の高森静香さんのベートーヴェンがいちばん良かったと思いました。ステージ上での雰囲気にも落ち着きがあったし,技巧の安定感もいちばん確かな感じがしました。実は,今回の演奏会では,他の2人は予選の時とは違った曲を演奏したらしいのですが,高森さんだけは,同じ曲を演奏しています。そのせいか,「弾き込まれた強さ」のようなものが感じられました。ベートーヴェンの第4番はロマン派の雰囲気のある曲ですが,高森さんの演奏には,古典的な均衡感と節度があると思いました。岩城さんの伴奏の方にも非常に安定感がありました。ソリストの方からすると大船にのったような感じがあったのではないかと思います。小編成にも関わらず,ベートーヴェンらしいズシリとした手応えを感じました。

演奏後,3人の奏者が再登場し(遠くから見ると長谷川さんと高森さんは同じような形の白色のドレスを着ていたせいか大変よく似た雰囲気に見えました。),拍手を受けてお開きとなりました。前半には思わぬハプニングがありましたが,それぞれの奏者は実力を十分発揮していたと思います。今後,金沢を中心にいろいろな演奏会でお会いすることになるでしょう。今後の活躍を期待したいと思います。(2002/4/8)