大河ドラマ「利家とまつ」名曲の調べ
加賀百万石博開催記念公演
02/4/14 石川県立音楽堂コンサートホール

(第1部)歴代大河ドラマの音楽と戦国時代の世界の音楽
1)池辺晋一郎/NHK大河ドラマ「黄金の日日」〜テーマ
2)池辺晋一郎/NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」〜テーマ
3)アラウホ/バスに旋律を持つ第1旋法のティエント
4)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「春」第1楽章
5)スザート(アイヴソン編曲)/ルネサンス舞曲集
6)山本直純/NHK大河ドラマ「武田信玄」〜テーマ
7)アルビノーニ/アダージョ
8)ロブレス(榊原栄編曲)/コンドルは飛んで行く
9)ワーク(高山直也編曲)/おおきな古時計
10)池辺晋一郎/NHK大河ドラマ「八代将軍吉宗」〜テーマ

(第2部)「利家とまつ」の世界
11)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜颯流(メインテーマ),永久の愛,まつのテーマ
12)久石譲/映画「もののけ姫」のテーマ
13)渡辺俊幸/NHKドラマ「大地の子」〜テーマ
14)さだまさし(渡辺俊幸編曲)/防人の詩
15)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜信長のテーマ),利家のテーマ
16)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜友愛
17)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜颯流(メインテーマ)
●演奏
西本智実(1,2,6-11,15,16);渡辺俊幸(13,14,17)/Oens金沢(1-2,4-11,13-16)
松井直(Vn*4,11),黒瀬恵(Org*3,7),田中健(ケーナ*8,9,12)
松井直(コンサートマスター)
藤田みさ(司会)

Review by管理人hs

NHKの大河ドラマで「前田利家」が取上げられる―ということは多くの石川県民の長年の夢だったと思います。それが今年実現しました。そのドラマの音楽の演奏をオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が担当しています。これも考えてみれば,夢のような話です。このドラマが石川県内で非常に高い視聴率を維持しているのも,夢のない時代に身近なところで夢が実現しているからだと思います(もちろん主役2人の人気の力は絶大ですが)。そういった意味で,今年の石川県はお祭り気分のような状態にあります。この日のOEKの演奏会は,このお祭り気分に便乗して出て来た企画といえそうです。

この日の演奏会は,2部構成でした。前半は,歴代のNHK大河ドラマのテーマ音楽とゲストの田中健さんのケーナを中心としたステージ,後半は「利家とまつ」の音楽を中心としたステージになっていました。このタイトルどおり,非常に多彩なプログラムとなりました。この日は,大河ドラマに出演中の俳優の田中健さんとドラマの音楽の作曲を担当している渡辺俊之さんがゲスト出演されていましたが,もう一つの話題は指揮者の西本智実さんの登場です。この方は数年前からOEKと関わりがあり,3年前のウェルカム・スプリング・コンサートに登場するはずだったのですが,急遽キャンセルになったことがあります。最近は,テレビ出演なども増え,その華やかな雰囲気で確実に知名度を高めています。OEKに登場するのは今回が初めてということで,OEKファンの中には,他のゲスト以上に西本さんに注目をしている人も多かったことでしょう。その他,この日は,FM石川の藤田みささんが司会を担当していました。曲数が非常に多く,その間にトークも交えていたので,実際の演奏時間以上に長い演奏会になりました。

前半は,NHKの過去の大河ドラマのテーマがいくつか演奏されました。私自身は,大河ドラマの熱心な視聴者ではなかったのですが,音楽が流れてくると,大体の曲は「聞いた事があるな」と思いました。「黄金の日日」は24年も前の曲ですが,リリカルで船に乗るような雰囲気がありました。「独眼竜政宗」は16年前の曲です。こちらの方は,トロンボーンの下がってくる音型に聞き覚えがありました。この日のトロンボーンのエキストラには元NHK交響楽団のトロンボーン奏者(多分,伊藤さんという方です。この方の白髪とお顔には,N響アワーなどで見覚えがあります)が加わっていましたが,大河ドラマのテーマを演奏するには最適のエキストラといえるでしょう。

この2つは池辺晋一郎さんの曲ですが,この日演奏された曲では山本直純さんの「武田信玄」が気に入りました。実は,このテーマ音楽を聞いた覚えは全くなかったのですが,途中,親しみやすいメロディが次々出てきて,さすが直純さんだと思いました。エンディングの方も華やかで大作時代劇らしい雰囲気がありました。池辺さんの方の曲は,第1部最後に演奏された「吉宗」の曲などを聞いていると,かなりモダンな響きになっていました。いずれにしても,大河ドラマのテーマ曲というのは,1年間毎週流れることになりますので,作曲家の方も下手な曲は書けないという意識があると思います。どの曲も,必ず印象的な部分があり,視聴者の耳を掴もうという工夫がされています。大河ドラマのテーマ曲を生でこれだけ次々と聞くことのできる機会など滅多にないことです。

今回は,戦国時代〜江戸時代のドラマのテーマ曲ばかりが取り上げられましたが,これらの曲の合間にその同時代の音楽が演奏されました。オルガンだけの曲,弦楽合奏だけの曲,ブラスアンサンブルだけの曲など変化に富んだ構成になっていました。中ではトランペット2本,トロンボーン3本,パーカッション1で演奏されたルネサンスの舞曲が印象に残りました。伊達政宗の時代の曲というアラウホという作曲家のオルガンの曲にもボーッしたくなるような良い雰囲気がありました。

前半の最後の方には「利家とまつ」に佐久間信盛役で出演している俳優の田中健さんが登場しました。この方は,ケーナ奏者としても有名でオーケストラと2曲共演しました。この楽器の音量は大きくないので,マイクを付けて演奏していましたが,なかなか素朴な味がありました。楽器の形は”ラテン系尺八”という感じで,息の漏れる音に特色があると思いました。本当は室内楽の編成で共演した方が良かったと思うのですが,見事な演奏でした。田中さんは,トークの中では次のようなことをおっしゃっていました。
  • 石川県にはこのところよく来ている。「遠くに行きたい」というラジオ番組で来たり,金箔貼りをしたり(加賀百万石博の関連か),少し前には山代温泉にも行った。
  • 佐久間信盛は中間管理職的な役である。第23話(6月9日)が最後の登場で,リストラされてしまいます。この回は見逃さぬように。
  • ケーナには,南米旅行中に出会った。「風が運んで来た楽器」といえると思う。
第2部は,今回の目玉である「利家とまつ」のサントラ盤からの音楽が中心でした。まず,おなじみのメイン・テーマが演奏されました。この曲は,サントラ盤では,NHK交響楽団とOEKとの合同演奏で収録されていますが,OEKだけでも十分迫力があります(トロンボーン3本,ホルン2本,パーカッションがエキストラで加わっていました)。今回は,他のテーマ音楽と比較する形になったのですが,こうやって聞いてみると今回の音楽は,かなりハリウッド調だということが分かります。管楽器でソロが出て来た後,甘い雰囲気の弦楽器が続くというパターンの曲が多いと思いました。渡辺さんは,イングリッシュ・ホルンの音が好みなのか,良いところになると決まってこの楽器が登場してきていました。

番組最後で使われているエレジー(紀行テーマ)のヴァイオリン・ソロはコンサートマスターの松井直さんが担当しました。番組で流れている演奏はかなりヴァイオリンの音がクローズアップされているのか,生だとソロ・ヴァイオリンはそれほど目立った感じには聞えませんでした。テーマの颯流(”そうりゅう”と読みます)の方は,余りにも岩城さん指揮のサントラ盤の演奏を耳にし過ぎたせいか(昨日,加賀百万石博に行って来たのですが,会場では1日中この曲が鳴っています),音のバランスがいつもとちょっと違うように聞えましたが,打楽器の音のキレの良さと迫力には生でないと味わえないものがあります。西本さんの指揮は,ロシア音楽を得意としているだけあって,ゆったりとしたスケール感が感じられました。ただ,西本さんの本当の個性は,19日の演奏会のプログラムでより強く発揮されるのではないかと思います。

後半は,作曲者の渡辺俊之さんと田中健さんとのトークを交えて進行しました。次のようなことをおっしゃっていました。

  • 渡辺さんが大河ドラマの音楽を担当するのは,「毛利元就」以来2回目
  • 大河ドラマの音楽は,通常,打ち合せをしながら毎回書いているのだが,今回は,OEKの演奏した良いサントラ盤があるので,これを使っている部分が多い。例えば,第1回のクライマックスの感動的な場面で流れた「まつのテーマ」などは,サントラ盤での演奏が,映像やセリフの流れにピタリとはまった奇蹟的な例である。
  • 1回の放送について10曲ぐらいは曲を書いている。つまり,これまでで200曲ぐらいは作っていることになる。
  • 田中さんがお役ご免となる第23話には佐久間信盛の見せ場がある。この場には是非,感動的な音楽をつけて欲しいと田中健さんが注文。渡辺さんは,「佐久間のテーマ」はないが,楽しみにしていて下さいと回答。
  • テレビドラマの音楽担当は,最後の仕上げをしているようなものである。涙の流れるような部分では必ず音楽が流れている。ドラマを生かすも殺すも音楽に掛かっている。そういう意味では,非常に責任が重い。
  • 渡辺さんは,元ロック・バンドでドラムを叩いていた。その後,「赤い鳥」というグループに加わり,プロとなる。グレープのサポート・ミュージシャンとして活躍し,さだまさしとの親交が始まる。彼のプロデューサとしての仕事もしている。
というような,なかなか興味深い話を伺うことができました。こういうエピソードを聞いた後だったので,直後に演奏された「まつのテーマ」がとても感動的に響いていました。途中,渡辺さん自身の指揮で別のドラマの音楽やさだまさしの曲が演奏されました。さださんの曲は,当然オーケストラ編曲版でしたが,ボーカルの部分の音がオーボエで出て来たのが面白いと思いました。さださんの声をイメージさせる楽器といえば,やはりオーボエかもしれません。

最後に「利家とまつ」の音楽がアンコールとして演奏されましたが,いちばん最後に演奏されたメイン・テーマは渡辺さん自身による指揮でした。この指揮は予定どおりだったのが予定外だったのかよくわかりませんでしたが,貴重な機会でした。

この日の司会進行は,打ち合せが不足していたのか,あまりスムーズではありませんでした。また,マイクの音も私の居た3階席では響き過ぎてよく聞えず(特に田中さんの声),少々不満が残りましたが,サントラ盤の音楽をこれだけ沢山聞くことのできる機会は珍しいので,なかなか貴重な体験をすることができました。また,渡辺さんの話を聞いたことで,ドラマの音楽をさらに深く楽しめるようになったような気もしました。

(余談)
田中健さんは,相当ケーナに打ち込んでいるようです。プログラムに掲載されている曲以外でも「もののけ姫」のテーマ(ハープ伴奏)も聞かせてくれました。時間があれば,どれだけでも演奏してくれそうでした。

演奏会後,田中さん,渡辺さん,指揮者の西本さんのサイン会をやっていましたので,持参したサントラ盤などにしてもらいました。渡辺さんは筆ペンで漢字の縦書きのサインをしてくれました。あれこれこだわりがある方なのかもしれません。

指揮の西本さんですが,数日前の東京都交響楽団の指揮をキャンセルされていたので,「大丈夫?」と思っていたのですが,見たところ全く普通でした。今回のプログラムは,西本さんの個性を発揮しにくいものだった思いますので,4月19日のOEKのウェルカム・スプリング・コンサートの方を楽しみにしたいと思います。

この日は,ロビーで和菓子や日本酒などを売っていました。どうせなら,タダで振舞って欲しかったところです。(2002/04/14)