ウェルカム・スプリング・コンサート
02/4/19 石川県立音楽堂コンサートホール

1)スッペ/喜歌劇「軽騎兵」序曲
2)ブルッフ/コル・ニドライ(神の日),op.47
3)メンデルスゾーン/コンツェルト・シュテュック第1番ヘ短調,op.113
4)バルトーク/ラプソディ第1番Sz.87
5)ドビュッシー/小組曲
6)チャイコフスキー/バレエ組曲「白鳥の湖」から
7)ボロディン/中央アジアの草原にて
8)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」から颯流(メインテーマ)
9)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」から友愛
●演奏
増井信貴/Oens金沢
大澤明(Vc*2),遠藤文江(Cl*3),木藤美紀(バセット・ホルン*3),江原千絵(Vn*4)
トロイ・グーキンズ(司会),アビゲール・ヤング(コンサート・ミストレス)

Review by管理人hs

毎年4月に行われているオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のウェルカム・スプリング・コンサートは,定期会員全員御招待となっています(今回はさらにこれが徹底しており,一般客へのチケット販売も行っていませんでした)。上得意様向けの演奏会ということで,毎年,いろいろな企画が盛り込まれているのですが,数年前からOEKの奏者がソリストとして登場する企画が定着しつつあるようです。今回も前半は,そういう形でした。

この日の指揮者は,新聞などでもお知らせがあったとおり,西本智実さんから増井信貴さんに交替になりました。西本さんは,リハーサル中に体調を崩し,病院に運ばれ,急遽増井さんに連絡して何とか間に合った,ということなのですが,3年前の全く同じこの演奏会での「ドタキャン」が再現したことになりました。「まさか今回も?」「信じられない」というのが正直な感想です。確か3年前は「本人も残念がっている。是非,再登場の機会を作りたい」というようなアナウンスがあったのですが,その機会をまた棒に振ってしまったことになります。西本さんの登場を待って,応援してあげようと思っていた定期会員にとっては複雑な思いが残ったことでしょう。

ただし,今回は,そういうトラブルを忘れて,非常に楽しめる演奏会になっていました。指揮者なしでリハーサルを行ったOEKもプロならば,プログラムを1曲も変更することなく仕上げた増井さんもプロだと思います(その点,西本さんは...)。今回の指揮者交替については,不満を持った人もいたと思うのですが,ステージ上のOEKと増井さんには関係のない話です。特に増井さんには,とても暖かい拍手が(団員の方からも)送られていました。この日は,おなじみの第1ヴァイオリンのトロイ・グーキンズさんが司会を務めていました。ちょっとたどたどしい日本語は,金沢弁で言うところの「あいそらし〜」感じでした。実は,何を言っているのかよくわからない箇所もあったのですが,会場の雰囲気を和やかにしていた功績は,(特に今回の場合)大きかったと思います。

前半には「アンサンブル金沢のヴィルトゥオーゾ」というタイトルが付いており,OEKの4人の奏者がソリストとして登場しました。多分,それぞれの奏者が選曲したのだと思うのですが,自信のある曲が並んでおり,とても聞き応えがありました。この日は,完全に自由席だったので,2階サイド前方という,いつもと全く違う座席に座ってみました。この席だと,オーケストラを上からのぞき込むような形になり,とても臨場感がありました。楽器の生の迫力が伝わる上,バランスも良いと思いました。結構気に入りました。いつもの席だと全体が見える分,かなり客観的に聴いてしまうのですが,この場所だとオーケストラと一体になってしまうような感覚を味わえます。というわけで,この席だと耳の方の冷静さがなくなるかもしれません。

まず最初は,挨拶代わりに「軽騎兵」序曲が演奏されました。この曲は小学校の音楽の時間で鑑賞する曲ですが,プロの生演奏で聞く機会は意外に少ないかもしれません。何となく懐かしさを感じる曲です。OEKの演奏からはスマートさも感じました。途中のギャロップのような部分のティンパニの軽やかさが心地よく響いていました。その後のクラリネットのソロも表情豊かでした。最後の方は,シンバルが小さな音で連打しているのが,今回の席からはよく見えました。これは結構難しそうだと思いました。

続いて,チェロの大澤明さんの独奏によるコル・ニドライでした。大澤さんは,この演奏会の常連ですが,今回も見事な演奏を聞かせてくれました。この曲は,派手な技巧よりも,演奏者の魂のこもった音を聞かせるような曲です。とても気持ちがこもっており,ソリストに集中させるような力を持った演奏でした。演奏後,トロイさんが各ソリストにインタビューをしていたのですが,その中で,大澤さんは「この曲の後半は,罪が許される救済の音楽になっている」ということをおっしゃっていました。そういう雰囲気がよく出ていた演奏でした。大澤さんが何の罪(?)を許してもらったのかはわかりませんが,オーケストラ伴奏だと後半,光が差し込んでくるような雰囲気になり,ピアノ伴奏で聞くよりも「罪が許された」という効果が鮮明に表われていたような気がしました。ところで,トロイさんも尋ねていましたが,この曲を毎年演奏しても罪滅ぼしの効き目はあるのでしょうか?

次の曲は,かなり珍しい曲でした。演奏後のインタビューでは,クラリネット奏者にとっては珍しい曲ではない,とのことでしたが,それでもオーケストラ伴奏でこの曲が演奏される機会は非常に珍しいようです。急緩急の3楽章構成だったようですが,最初の2つは繋がっていたかもしれません。メンデルスゾーンらしくとてもよくまとまった聞きやすい曲でした。独奏楽器は,クラリネットとバセットホルンの2つです。このバセットホルンという楽器ですが,モーツァルトが愛用した楽器です。バセット・クラリネットとはまた別の楽器なのでややこしいのですが,バスクラリネットとかファゴットに近いような大きな楽器でした。遠藤さんのクラリネットはとても闊達で見事でした。木藤さんの演奏する大きなバセットクラリネット(座って演奏します)との対比が面白く感じられました。このお二人は,日頃の演奏会で演奏される様子を見ていても,遠藤さんの方が動きが大きく,木藤さんはあまり動かずに演奏していますので,文字どおり動と静という感じがあります。

前半最後は,第2ヴァイオリンの首席奏者の江原さんが登場しました。江原さんは,ハンガリーに留学し,バルトークの演奏について研鑚を積んで来られた方です。このラプソディも過去に数回演奏したことがあるとのことでした(その時はピアノ伴奏での演奏だったそうです)。十分内容を把握した自信のある曲の演奏ということで,大変充実した演奏になっていました。この曲は,かなり民族的な感じのする曲で,不思議な味があります。江原さんの演奏は,それほど泥臭い感じはなく,繊細で引き締まった演奏になっていたと思います。楽器編成は少々変わっており,通常のOEKの編成にトロンボーン1,チューバ1,ハープ1,ピアノ1が加わっていました。特にハープは,ツィンバロン(ハンガリーの民族楽器)のように響いており,面白かったです。

後半には,「オーケストラの名曲」というタイトルがついていましたが,こちらの曲にも各楽器がソリスティックな活躍をする曲が多く,演奏会全体が「オーケストラのための協奏曲」のような感じになっていたともいえます。

ドビュッシーの小組曲はOEKの演奏で過去に数回聞いたことがあります。まず,出だしの上石さんのフルートが素晴らしいと思いました。いつもよりかなり近い席で聞いたせいか,クールにすっと真っ直ぐ伸びていく音がとても美しく感じました。その後に続くいろいろな楽器のソロも見事でした。全体にじっくりとしたテンポで演奏しており,管楽器同士が対話をしているような味がありました。

次の「白鳥の湖」からの3曲も楽しめました。自分でも意外なのですが,「白鳥の湖」からの曲を生で聞くのは初めてのことです。やっぱりよくできた曲だな,と思いました。有名な「情景」は,水谷さんのオーボエが素晴らしかったです。チャイコフスキーの場合,もう少し弦楽器の人数が多い方がスケールが大きくなるのかもしれませんが,前の方で聞いたこともあり,不満な点はありませんでした。独奏ヴァイオリンの入る「パ・ド・ドゥ」の曲も聞き映えのする曲です。コンサート・ミストレスのアビゲール・ヤングさんのソロは,ロマンティックな雰囲気と引き締まった雰囲気が同居していて見事でした。後半に出てくる,大澤さんのチェロのソロもこれに負けない積極性がありました。今回は指揮者なしでリハーサルをしていたとのことでしたが,この辺の積極性はその成果の表われかもしれません。バレエでは,背景のコール・ド・バレエが踊る時に出てくる「パパッパ・パ・パ」という管楽器による合いの手も生で聞くと実に味があります。「4羽の白鳥の踊り」もファゴットがとぼけた感じで出てきた後,オーボエが軽やかに入って来ると嬉しくなってきます。CDでは,スッと聞き流してしまいがちですが,間近で聞くと実に楽しめます。この日の演奏は,非常に快適なテンポでしたが,快適な管楽器の響きがとてもクリアに聞え,素晴らしいと思いました。OEKは今年の秋に「くるみ割り人形」全曲を演奏する予定ですが,このバレエも期待できそうです。

「中央アジアの草原にて」も音楽の教科書に出てくる曲ですが,意外に生で聞く機会はありません。一度聞けばすぐに覚えられるような曲ですが,侮ってはいけません。これも次々と管楽器のソロが登場し,遠近感のある風景画のような感じがよく出ていました。OEKの演奏だと水彩画のような感じでした。加納さんのイングリッシュ・ホルンによる,「いかにもオリエンタル」という感じの旋律も美しかったです。

最後は,このところOEKの演奏会の定番となっている「利家とまつ」のメインテーマでした。実は,4月14日に西本さんと作曲者の渡辺さんの指揮(こちらはアンコール)で聞いたばかりだったので,1週間の間に3回聞いたことになります。この曲は,毎週日曜日の夜8時にも聞いていますので,今年になっていちばんよく耳にしている曲ということになります。この日のプログラムは,ソロが目立つ曲が多かったせいか,意外に静か目の曲が多かったのですが,最後にこの曲でぐっと盛り上げてくれました。増井さんの指揮はダイナミックに音が揺れ動くような感じをとてもよく出しており,まさに颯流(そうりゅう)という感じでした。最後の最後の盛り上がりも渾身の力のこもった迫力がありました。

アンコールには,同じく「利家とまつ」から「友愛」が演奏されました。この曲はメインテーマと違い,トロンボーンなどが入りませんので,OEKのアンコールピースには相応しい曲です。これからも演奏旅行などで時々使われるのではないかと思います。

というわけで,無事,演奏会は終わったのですが,やはりいちばんほっとしたのは,事務局の方だったと思います。増井さんは,団員からも盛大な拍手を浴びていましたが,足を向けては寝られないかもしれません。今回の演奏会は,当初からオーケストラの奏者が主役という感じの演奏会だったのですが,指揮者のキャンセルによって,一層そういう雰囲気になっていました。OEKも指揮者も困難な状況でベストを尽くしたと思います。西本さんを応援しようと思って演奏会に来たファンの期待を裏切ったという点では残念でしたが,OEKファンにとっては,満足できる演奏会になったのではないかと思います。(2002/4/20)