オーケストラ・アンサンブル金沢第120回定期公演M
02/5/10 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ロッシーニ/歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲
2)パガニーニ/ヴァイオリン協奏曲第2番ロ短調,op.7「ラ・カンパネラ」
3)(アンコール)ミルシテイン/パガニーニアーナ
4)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番ハ長調,op.15
5)(アンコール)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第25番ト長調,op.79「かっこう」〜第3楽章
●演奏
サルヴァトーレ・アッカルド(1,2,4)/Oens金沢(1,2,4)
サルヴァトーレ・アッカルド(Vn*2,3),ブルーノ・カニーノ(Pf*4,5)
松井直(コンサートマスター)
響敏也(プレトーク)

Review by管理人hs

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期は,「ソリスト2人」がメインとなる少々変則的な演奏会でした。とはいっても,そのうちの一人のサルヴァトーレ・アッカルドさんは,指揮者も兼ねていましたので,結局は,いつもと同じということになるのかもしれません。アッカルドさんは,全曲ヴァイオリンの弾き振りをされるのかと予想していたのですが,自身がソロを取ったパガニーニ以外はヴァイオリンを持たず,指揮に専念されていました。プログラムのプロフィールなどを読んでも,アッカルドさん自身かなり熱心に指揮者としての活動をされているようです。

とはいえ,今回の演奏会での聞き所は何といってもアッカルドさんのヴァイオリン・ソロでした。アッカルドさんは,すでに還暦ぐらいのはずですが,技巧は全く衰えておらず,それに何ともいえない風格のようなものも加わっており,「人間国宝」「世界遺産」と呼びたくなるような魅力を持っていました。完璧に演奏する,という次元を超えた素晴らしさがありました。

OEKの定期でパガニーニが演奏されるのは初めてのことだと思いますが,この難曲がこれほど余裕たっぷりに演奏されたことにまず驚きました。アッカルドさんは,ほとんど不動の姿勢で全然慌てることなく演奏していました。「熱演していますよ」というポーズが全然ないのが凄いところです。「イタリア人→ラテン系→情熱」という連想をしがちですが,むしろクールな印象でした。情熱は内に秘めて,知的にコントロールされているような雰囲気がありました。

今回演奏されたパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番は,第1番に次いで有名ですが,生で演奏される機会は非常に少ないようです。この日のプログラムは,当初,この「ラ・カンパネラ」がトリだったのですが,前半最後に変更されました。曲を聞いた印象では,やはり,演奏会全体を締めるにはやや軽い感じがありましたので,今回の変更は妥当だと思いました。

曲は,オペラのアリアの序奏のような雰囲気で始まります。この序奏は,主役が出てくるまでの気分をひたすら盛り上げるような感じです。一区切りつくと,アッカルドさんが客席の方にグルッと向きを変え,ヴァイオリンを弾き始めます。指揮とソロを兼ねていたため,こういう形になるのですが,このことによって,まさに役者が登場するような効果が出ていました。アッカルドさんは,力んで弾いているようなところは全然ありませんでした。音は非常に自然で,良く通っていました。まず,この音に引き付けられました。その後は,カデンツァをはじめとして,ヴァイオリンの技巧が次々と出てくるのですが,アッカルドさんの左手の動きは本当に見事でした(実は,遠くなのでよく見えなかったのですが)。神経質なところがなく,さり気なく演奏しているのに,すべてがクリアに鳴っていました。なお,この第1楽章の流れるような第2主題は,第1曲目に演奏されたロッシーニの「セヴィリアの理髪師」序曲の主題とそっくりです。この2曲を続けて演奏することで,まさに序曲が序曲としての役割を果たしていました。その意味でも,プログラム変更の効果はあったと思います。

第2楽章は,オペラ的なカンタービレの世界なのですが,非常に引き締まったバランスの良い音が見事でした。弱音でも非常に音が良く通り,普通の曲(?)でも凄いと感じました。第3楽章は「ラ・カンパネラ」の呼び名の元になっている,有名な楽章ですが,その名のとおり,「鐘の音=グロッケンシュピール」が大活躍しており,ヴァイオリンと掛け合いをするような所が沢山ありました。リストのピアノ協奏曲第1番は「トライアングル協奏曲」と皮肉混じりに呼ばれることがありますが,この楽章にもそれと近い雰囲気があるかもしれません。その他,オーケストラの伴奏では,ティンパニと大太鼓がいつも重なって出てきているのが印象に残りました。そのせいか,結構重々しい感じがありました。アッカルドさんは,恐らく,この曲を世界でいちばんよく演奏しているヴァイオリニストの一人だと思うのですが,そのせいか,名人の風格のようなものが漂っていました。技巧を際立たせるだけではなく,曲全体が大変バランス良く響いていたので,まさに「正統派パガニーニ」といった感じの演奏になっていました。

当然,アンコールがありました。アンコールで弾かれたのは,パガニーニのカプリース...と思って聞いていたのですが,後で会場の掲示を見たところ,ミルシュタインのパガニーニアーナでした,この曲は,カプリース第25番という感じの凄い曲なのですが,その難曲をほんとうにさりげなく弾きこなしていました。まさに名人芸という感じで,会場全体が唖然となっていました。オーケストラの団員の方々(特に弦楽器奏者の方々)も,非常に興味深そうに眺めていました。クラシック音楽の宣伝文句として,「ヴィルトーゾ」という言葉がよく使われるのですが,アッカルドさんの演奏を聞いた後では,軽々しく使えないのではないかと感じました。それほど,格の違いのようなものを感じました。

後半のカニーノさんのピアノも見事でした。カニーノさんは,アッカルドさんをはじめとして,いろいろな奏者の伴奏を務めていることが多いので,ソリストというよりは,伴奏の得意なピアニストという印象を持っていたのですが,ソリストとしても大変な実力のある方だと思いました。ステージに登場してきた時の雰囲気は,かなり地味で,弱々しい印象があったのですが,演奏が始まると,音楽が好きでたまらないという雰囲気が非常によく伝わってきました。オーケストラの方をじっと見ながら弾いている場面が多かったのですが,オーケストラと一体となって音楽を作ってやろうという意図が強かったように思えました。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番は,古典的な雰囲気のある曲で,玉を転がすような速い音の動きがよく出てくるのですが,その音が非常にクリアなのが見事でした。この辺はアッカルドさんの資質とも重なると思いましたが,カニーノさんの方はよりライブ的というか興に任せて,といった雰囲気がありました。第1楽章最後のかなり長いカデンツァでは,どんどん音楽の中に入り込んでいき,鬼気迫るような雰囲気さえ感じました。

第2楽章は,緩いテンポの楽章なのですが,重さよりはさらりとした明るさを感じました。その中に,何とも言えない味わい深さが漂っていました。第3楽章は,冒頭の主題からして,一癖あるような雰囲気がありました。カニーノさんは,どう見ても「ただ者」ではありません。この楽章も速い音の動きが多く,クライマックスに向けてどんどん乗ってくるようなスリリングさがありました。

オーケストラの方は,カニーノさんの軽やかさに比べると,ちょっと鈍いかな,という気がしました。やはり,アッカルドさんは,指揮よりはヴァイオリンの方が良いようです。第1曲目の「セヴィリアの理髪師」序曲もなんとなくのんびりしたムードでした。ヴァイオリンの美しさは非常に素晴らしかったのですが,ちょっと全体のテンションが低かったような気がしました。

後半のベートーヴェンが終わった後,カニーノさんのソロによるアンコールがあったのですが,この選曲がまた絶妙でした。聞いた瞬間,「これはベートーヴェンの短めのピアノ・ソナタの第3楽章だ」と分かったのですが,番号までは思い出せませんでした。家に帰って調べたところ,通称「かっこう」と呼ばれている第25番の第3楽章だということが分かりました。速い音の動きが続き,晴れ晴れとした雰囲気のある演奏は,アンコールにぴったりでした。

というわけで,この日の演奏会は,OEKの演奏会というよりは,2人のソリスト中心の演奏会になりましたが,こういう名匠2人の組み合せというのも良いものです。5月13日には,この2人によるデュオ・リサイタルがあるのですが,こちらでも素晴らしい演奏を聞くことができるでしょう(私は,残念ながら行けないのですが)。次回の定期での岩城さんとの共演によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲も非常に楽しみになってきました。

(余談1)演奏会後,ロビーでお二人によるサイン会が行われました。私は,こういうこともあろうかと思い,あらかじめCDを用意しておきました。アッカルドさんには,ドイツ・グラモフォンから出ているデュトワ指揮ロンドン・フィルと共演したパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1,2番のCDの上に,カニーノさんには,カメラータから出ているロッシーニとドニゼッティのピアノ曲集のCDの上にしてもらいました。近くでお二人の姿を拝見した印象も演奏時の印象と同じでした。アッカルドさんは,大柄でクールな紳士,カニーノさんは小柄で人の良さそうなおじさんという感じでした。カニーノさんにCDジャケットを差し出したところ「オー,カメラータ」と何だか嬉しそうにサインをして下さいました。このCDはロッシーニの「老年のいたずら」というなかなか味のある曲が入っていて楽しめます。

(余談2)この日のステージにはレコーディングをするかのようにマイクが沢山並んでいました。断り書きは何もなかったのですが,録音をしていたことは確実です。そのうち,何らかの形でCD化される可能性もあるようです。

(余談3)この日のプレトークは響敏也さんという音楽評論家が担当されていました。とても若々しい感じの方で好感を持ちました。プログラム・ノートも執筆されていたようですが,この文章も親しみの持てるものでした。これまでのプログラム・ノートは,何となく読む気がしないものが多かったのですが(別の解説書を写してきたような感じ?),前回の定期公演あたりから,OEKオリジナルの内容になってきました。無料でもらっているものなので贅沢は言えないのですが,読みやすく,かつ読み応えのあるプログラムに近づいてきているようですね。歓迎したいと思います。(2002/5/11)