オーケストラ・アンサンブル金沢第121回定期公演
02/5/23石川県立音楽堂コンサートホール

1)池辺晋一郎/悲しみの森:オーケストラのために(1998年委嘱作品)
2)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.61
3)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV.1004〜サラバンド
4)ベートーヴェン/交響曲 第7番イ長調,op.92
5)(アンコール)グルック/歌劇「アルミード」〜ミュゼッド
●演奏
岩城宏之/Oens金沢(1,2,4,5),サルヴァトーレ・アッカルド(Vn*2,3)
サイモン・ブレンディス(コンサート・マスター)
フロリアン・リイム(プレトーク)

Review by管理人hs かきもとさんの感想へ

2002年5月はアッカルドさんの月でした。邦楽ホールでのリサイタルも合わせ,音楽堂に登場するのは5月だけで3回になります。同じソリストがリサイタル+コンサートで同月に2回登場したことは過去にもあったと思いますが,3回というのは過去に例がないと思います(もちろん金沢での話です)。アッカルドさんという特別なヴァイオリニストだからこそ実現したことなのでしょう。

それに加えて,岩城さんとアッカルドさんの共演も大きな聴きものとなりました。数十年前,このお二人はあちこちで何回も共演をしており,旧知の仲のようですが,その「再会」コンサートいうことにもなります。この日のプログラムの解説にもうまく書いてあったとおり,池辺さんの曲も「再演」ということで,「再会」がポイントとなった演奏会でした(もう一つあります。今回のプレトークを元団員のフロリアン・リイムさんが担当されていましたが,この方とも「再会」ということになります。)。

最初の池辺さんの曲は1998年にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が委嘱し,この年の尾高賞を受賞したものです。新しいホールで聴くと,木管楽器の美しさが文字通り悲しく響き,弦楽器群の特殊な奏法も不思議な味わいを出していました。その響きを聴きながら,昨年金沢城公園で行っていた「ゆめみどり石川21」というイベントの中にあった「植物の出す音」とかいうコーナーなどを思い出してしまいました。作曲家の神津善行さんが中心になって取り組んでいる企画だったのですが,「環境破壊に苦しむ植物にマイクを取り付けたらこんな感じ?」というイメージの曲でした。ただ,この曲は全体に掴みどころがなく,インパクトの弱い曲のように思えました。その後,アッカルドさんのヴァイオリンを聞いてしまい,前の曲のイメージが飛んでしまったせいもあるのですが...。

続いてアッカルドさんが登場しました。5月13日のパガニーニ同様,自然に風格の漂う非常に安定感のある演奏でした。私は今月2回目なので「当然」と思って聞いていたのですが,初めて聞いた人は,あまりの高音の美しさに驚いたことと思います。ピーンとした張りと伸びやかさのある見事な音色でした。リイムさんのプレトークによるとアッカルドさんの使っているヴァイオリンは往年の名ヴァイオリニスト,ジノ・フランチェスカッティの使っていたストラディヴァリウス”ハート”という超名器だそうです。そのせいもあって,音色は非常に明るいのですが,安っぽく浮ついたところがなく,しっかりと地に足がついている堂々たる演奏になっていました。もともと技巧を見せびらかすような曲ではないのですが,バリバリと機械的に弾きまくるようなところは全くなく,とても誠実な演奏でした。岩城さん指揮のOEKもその雰囲気にぴったりで風格とさわやかさがうまくブレンドされた良い雰囲気を作っていました。それでいて,楽章の最後のカデンツァでは,パガニーニで聞かせてくれたような鮮やかな煌きも見せており,協奏曲らしい華やかさにも欠けていませんでした。序奏の後,独奏ヴァイオリンが最初に入って来るあたりなど,オーケストラと微妙に音程が合っていないような気がしたのですが,全体としては安定感のある演奏で,1楽章だけでとても大きな世界を作っていました。

第2楽章は,非常に気持ち良く...実は,仕事の疲れもあり(さらに夕食を食べず赤ワインだけを飲んでいたせいもあるのですが)半分ウトウトして聞いていました。これも一種の贅沢でしょう。緊張感を強いるような演奏でなかったことは確かだったと思います。第3楽章も,浮かれ過ぎず,節度のあるベテランらしい演奏だったと思います。変わったことをしているわけでもないし,大きな起伏やメリハリを強調した演奏でもないのですが,見て聞いてその場に一緒にいるだけで,尊敬してしまいたくなるような演奏でした。

演奏後,盛大な拍手に応え(後半よりカーテン・コールは長かったかもしれません),アンコールが演奏されました。アンコールのバッハは非常にさり気なく抑制された感じで演奏されていました。そのことによって,会場全体が聞き入るような雰囲気になりました。滲み出るような美しさとちょっと枯れた雰囲気のある素晴らしいバッハでした。演奏後は,”ブラヴィッシモ”という声が掛かっていましたが,こういう語尾変化した掛け声を聞いたのは初めてかもしれません。

後半のベートーヴェンの第7番は,岩城指揮OEKの定番の曲です。リイムさんのプレトークによると,OEKはこれまで70回もこの曲を演奏しているそうです。単純計算すると年5回演奏していることになります。旅行カバンの中に常に入っている必需品のような曲といえます。しかもOEKのベートーヴェンの第7番は,常に岩城さんが指揮をしているそうです。ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのチャイコフスキーの5番とか朝比奈隆指揮大阪フィルのブルックナーといった域に近づいているようです。

OEKがベートーヴェンを演奏する時はコントラバスを3人にする,というのもいつもと同じでした。また,前回定期公演でこの曲を取上げた時同様,1楽章+2楽章,3楽章+4楽章という2楽章構成で演奏していました。それでいて,とても新鮮な演奏になっていたのは流石でした。2楽章構成で演奏することで(しかもかなり速いテンポで演奏していたこともあり),非常に引き締まった演奏に聞えました。

冒頭の和音は,いつものように大変よく鳴っていました。この部分でもそうだったのですが,この日は,トランペットの音の鋭さが特に素晴らしかったと思いました。序奏部は重苦しくなることはなく,速いテンポでグイグイ進む感じでした。主部に入ってからも音楽に勢いがありました。いきなりホルンが音をはずして,ちょっとガクっとしたのですが,大勢に影響はなく,一気に書かれた書道のような雰囲気がありました。音楽の流れが良いのは,演奏しなれているからだと思います。音楽の流れが良い上に,小編成のメリットで,常にキビキビとしたリズム感が感じられるのも素晴らしい点です。

1楽章の最後の和音が終わると,すぐに第2楽章の短調の和音になるのですが,この雰囲気の変化も鮮やかでした。あっけに取られるような感じでした。第2楽章の方もテンポは速く,まさに1楽章と続いているようでした。この楽章については,葬送行進曲的な雰囲気の演奏が多いのですが,そういったところはありませんでした。前楽章の基本リズムは「タンタ・タン,タンタ・タン」ですが,それが「ターン・タタ,タン・タン」に切り替わっただけで,流れが続いている感じでした。楽章の途中から徐々にクレッシェンドで盛り上がっていく辺りにも勢いと緊張感がありました。ちょっと待ってくれ,一息つけさせてくれ,と感じた人もいたと思うのですが,私は楽しめました。楽章の最後の方はさすがにかなり落ち着いた雰囲気になっていました。こういう静かな部分での,ピチカートなどを聞いていると,ホールの響きの美しさを堪能できます。

第3楽章は,岩城さんらしい,キビキビしたテンポでした。ここでも音楽の勢いが気持ち良く続いていました。続けて演奏された第4楽章も速いテンポなのですが,慌てた感じのない,がっちりとした雰囲気がありました。低弦の増強とオケーリーさんの迫力とキレのあるティンパニが支えていたからだと思います。全体に力の入れるところと抜くところを心得たベテランらしい味がありました。最後の方で,いろいろな弦楽器の音が飛びまわり,交錯するような音の動きも楽しめました。コーダは十分な迫力がありましたが,荒れ狂うのではなく,手のうちに入った安心感がありました。

アンコールは,これも岩城さんお得意のグルックのミュゼットでした。ダイナミックレンジが弱音の方にどんどん伸びていくような面白い演奏でした。自由に音量をコントロールし,弦楽器がしなやかに動くのが,非常に楽めました。これはOEKの「カンタービレ」というCDにも入っている曲ですが,変幻自在の面白さは,生でないと実感できないものでしょう。

というわけで,再会と再演の味を堪能できた演奏会でした。なお,この日と同じプログラムは翌日名古屋のしらかわホールでも行われることになっています。

(余談)帰り道に音楽堂の横を歩いていると,何とフラフラと1人でホテルの方に向って歩いているアッカルドさんに会いました。思わず声を掛けてしまいました。

この日の演奏会場で,アッカルドさんの独奏の変わったCDをいくつか売っていたので,"I violinisti compositori"というヴァイオリニスト兼独奏者の曲ばかりを集めたFoneという聞いたことのないレーベル(イタリアのレーベル?)のCDを買ってみました。表紙にストラディヴァリウス”ハート”の写真が入っています。このCDはライブ録音なのですが,1曲ごとにチューニングの音まで入っています。かなり音がデッドで,演奏会場も狭そうな感じですが,「まさに生」といった感じの不思議なCDです。(2002/5/24)

Review byかきもとさん
2人の巨匠の名演に涙・・・
ずいぶん遅くなりましたが、今回も定期公演のコンサートレポートを投稿してみます。もう既にこの掲示板で、皆さんの報告によってアッカルドさんのヴァイオリンが如何に素晴らしかったかは、十分に語られているとは思いますが、私自身これほどのヴァイオリン演奏を耳にした記憶がないので、何とかこの感銘を記録しておかなければと思い、書き込みをさせていただきます。

今回の演奏会はまさしくアッカルドさんの至芸に触れるためのコンサートでした。プログラムもアッカルドさんのソロによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と交響曲第7番という、OEKのコンサートとしては王道をゆくものでしたし、演奏そのものもまさに完璧で、ステージ上ではただベートーヴェンの音楽が鳴り響いているだけであり、岩城さんとアッカルドさんという二人の巨匠が芸術のしもべとして、ひたすらベートーヴェンの音楽を忠実に再現しておられたように思えました。

アッカルドさんのヴァイオリンの音色はどこまでも瑞々しく、したたり落ちるような美音が満載されたものでした。演奏する姿も過度に曲に没入するようでもなく、威風堂々としていて、一見淡々と弾いておられるように見えながら、テクニックは完璧であり、しかも曲の隅々までよく歌い込まれたもので余裕さえ感じられました。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、オーケストラだけで演奏される部分にも実に魅力的なところが多く、オーケストラと独奏ヴァイオリンがまさに渾然一体となって音楽が形成されてゆくところが、協奏曲の王者という風格を感じさせる所以です。第1楽章では管弦楽だけで演奏される長いイントロに部分に3つの主要なメロディが現れます。

まず冒頭のティンパニの連打に続いてオーボエによって導入される(1)『ソーラーソファファミレドシドレ・・・(階名唱です!以下同様)』、次に単純な音階の上下に近い(2)『ミーファーソーラシドーソーファーミーレーミドレーソー』でこれも最初は管楽器によって登場します。そして、(2)のメロディが短調で現れるにしたがって曲のテンションが上がっていき、管弦楽によって最高潮に達した後、その緊張感を一気に解放するように堂々と歌われる、(3)高弦が『ドーミーソーラーシードーレドシー』とやると低弦が『ソーシーレファファ#ソーファレド』と呼応する、いかにもベートーヴェンらしい男性的な旋律です。この管弦楽だけのイントロの部分を聴いただけで、これから始まる一遍の充実した協奏曲の演奏が予見されるようで、もうすっかりワクワクしてしまいました。

アッカルドさんのヴァイオリンソロが千両役者よろしく入ってくると、もうすっかりアッカルドさんの美音とよく歌う弾きぶりに夢中になってしまいました。プレトークで名誉コンサートマスターのマイケル・ダウスさんの楽器も素晴らしいけれど、アッカルドさんのストラディバリはさらにその上をゆく名器であるという解説があったのですが、それもなるほどとうなずけるところです。岩城さんの指揮するOEKとの呼吸もぴったりで、次々と現れる名旋律をやりとりしていく様子に引き込まれて行くうちに、協奏曲を聴く楽しみもここに極まったという感さえありました。

アッカルドさんのテクニックは私などが申し上げるまでもなく極めて安定しており、どこをとっても申し分ないのですが、その頂点は長大な第1楽章の終結部に近いカデンツでした。この楽章に現れるいくつかの名旋律が次々と技巧を凝らして紡がれていくのですが、前述のAとBの旋律が重奏法によって同時に現れるところは、最高度の緊張感をもってそれでいて華やかに演奏され、実に聴きどころのツボをよく心得た演奏だと改めて感心いたしました。

ベートーヴェンの協奏曲を聴く楽しみとしては、もうひとつ、第2楽章の精神世界の深みをいかに表現されるのか、と言う点が上げられると思います。おそらく協奏曲の緩叙楽章にこれほど精神性の深まりを盛り込んだのはベートーヴェンが音楽史上最初の人でしょう。しかも、ヴァイオリン協奏曲はベートーヴェンがその手法を遺憾なく展開した最初の画期的な作品ではないでしょうか。OEKの伴奏に乗ったアッカルドさんのヴァイオリンは、この課題も彼らしい手法で実に見事にこなしておられました。あくまでも美しい音色はそのままながら抑制の効いた弾きぶりで、曲自体に全てを語らせるような演奏でした。完璧に弾きこなしていながら技巧が勝ちすぎるという印象はなく、それでいてこの曲の静謐な崇高さを見事に表現しきっておられたと思います。

第3楽章は再び管弦楽との融合と調和が見事で、管弦楽に主旋律が移り曲想が高潮してくると、アッカルドさんは弓を持った右手をかすかにふるわせて、あたかもご自身が指揮をとっているような動きも見せておられました。フィナーレに至るまで間然とする部分など一瞬とてなく、指揮者、楽団員そして聴衆の全てが、アッカルドさんの歌うヴァイオリンと一体になる幸福を味わうことができました。

これほどの名演ですから、当然のことながら拍手もなかなかなりやまず、アッカルドさんも心得たもので、バッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番の1曲がアンコールとして演奏されました。管弦楽と一体となって最高に盛り上がったあとの一転した静けさの中、ただ一台のヴァイオリンの甘美な音色が音楽堂の広々とした空間に漂っていく瞬間は、協奏曲の時とは別の意味で音楽に浸る幸福を感じました。演奏が終了しても、熱烈な拍手とかけ声がかかるまでの、あの何とも言えない静寂の時間のなんと長く感じられたことか。

休憩後はOEKの実力が遺憾なく発揮された、ベートーヴェンの交響曲第7番でした。OEK発足以来もう何十回と演奏されたであろう、楽団員にとっても、聴衆にとっても、いわば耳タコ的名曲のはずなのですが、この曲にまだこれだけの表現の可能性が残っていたのかと感心するに足る希代の名演奏になりました。全体は終始早めのテンポで統一され、いつもながら管楽器と弦楽セクションのバランスのよさとアンサンブルの見事さが光っていました。第1楽章と第2楽章、そして第3楽章と第4楽章がほとんど続けて演奏されたので、全体が大きく2部構成になっているような印象を受けました。

ヴァイオリン協奏曲では、独奏楽器と管弦楽の絶妙のバランスや精神的な深みの表現を十分に堪能したあと、この交響曲ではリズムの狂喜乱舞と、沸き立つようなメロディーラインの高揚に身をゆだねることができて、それは協奏曲とは別の意味で、OEKの奏でる音楽を生で聴く究極の楽しみを実感できる幸福な時間でした。

演奏が終わった後の岩城さんは、いつもにも増してくしゃくしゃの表情を見せており、この日の演奏がご自身でも会心の出来映えだったことを物語っているようでした。私も感激音痴なので、岩城さんのこの表情につられて、ついホロッと来てしまいました。音楽を聴いて、その素晴らしさに涙が出るなんてことは久しく経験したことがありませんでしたが、自分の感性にもまだこんなセンシティブな部分が残っていたのかと驚きました。

長々と失礼いたしました。(2002/05/30)