NHK交響楽団金沢公演
02/6/7 石川県立音楽堂コンサートホール

1)武満徹/テクスチュアズ
2)武満徹/ノヴェンバー・ステップス
3)チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調,op.64
4)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜メインテーマ
●演奏
岩城宏之/NHKSO,中村鶴城(琵琶*2),柿堺香(尺八*2)
堀正文(コンサートマスター)

Review by管理人hs 掲示板に寄せられた感想
毎年,金沢では6月の第2土曜日を中心に百万石まつりという市祭が行われるのですがそれに合わせるかのようにNHK交響楽団(N響)の金沢公演が行われました。今回のN響の金沢公演は奈良,四日市と続く地方都市公演の一環で,メインの曲はチャイコフスキーの第5交響曲で共通していたのですが,前半の曲は他の都市とは違い武満徹の作品でした(実は,後で書くとおりアンコール曲も違っていたのですが)。指揮の岩城さんの武満さんに対する思い入れを感じるとともに,金沢という都市に対する思い入れも感じました。

前半は,武満徹の作品2曲でした。最初のテクスチュアズは,1964年10月の東京オリンピックの時に岩城指揮N響によって初演された曲です。ちなみにその時のプログラムの後半もチャイコフスキーの5番となっており,岩城さんは初演時のことを意識していたのかもしれません。ワールドカップ開催記念に何か新曲があっても良いかなと思いつつステージを見てみるとかなりの変則的な配置でした。どうもコントラバスが両サイドに分かれて置かれるようです。開演時間になりN響の人たちが入って来ると,配列の全貌が分かりました。両サイドに分かれるのは,コントラバスだけではなく,弦楽器すべてが左右に分かれていました。その背後に管楽器群が,これもかなり変則的に並んでいました(クラリネットにはどういうわけかオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のクラリネット奏者の遠藤さんがいらっしゃいました)。ギターも入っていました。ステージの後の方を使っていなかったせいか,本来OEK用のホールである音楽堂では少々窮屈そうでした。

この曲ですが,1960年代の武満さんの曲ということで,非常に前衛的な雰囲気がありました。音がポツ,ポツといろいろな楽器の特殊奏法(コントラバスがバタバタと弾いたり...)で出て来た後,途中ピアノがかなり激しいタッチで入ってきます(ピアノは,本荘令子さんだったと思います)。その後,全管弦楽でグーッと盛り上がって来るのですが,この辺り岩城さんは拍を振っていなかったようで,音が伸ばしっぱなしという感じでした。最後に透明感のある弦楽器の音が出てきて終わります。私の家には武満さんが亡くなった時の追悼番組のビデオが残っており,その中にこの曲がたまたま入っていたので,あらかじめ見ておいたのですが,その演奏(1987年の岩城指揮N響の演奏です)と比べると,全体におとなしい感じを受けました。中間部の盛り上がりはもっと発狂するうような感じになるのかと思ったのですが,演奏会の第1曲目ということで,抑え気味だったのかもしれません。それにしても大きなスコアでした。住宅地図を見ているような感じでした。

続くノヴェンバー・ステップスは武満さんの代表作のみならず,20世紀後半を代表する作品といえる曲です。現代曲としては例外的に多くのCDが出ています。テクスチュアズの方は,正直なところ私にはとらえ所がない曲だったのですが,ノヴェンバー・ステップスの方は,その評価のとおり,非常に力を持った曲だと思いました。CDで聴く以上に楽しめました。何といっても独奏楽器としての2つの邦楽器の演奏が見事でした。西洋の楽器の持つ表現力とは全然次元の違った表現力の多彩さにすっかりはまってしまいました。中間部の独奏楽器によるカデンツァは非常に長いのですが,これほど緊張感を持った曲というのは,純粋な西洋音楽の中にはないような気がします。ただし,この曲を邦楽器だけで演奏していたのでは,やはり単調になると思います。そこにオーケストラをうまく絡めるというアイデアの良さ,発想の独創性がこの曲の素晴らしさといえます。最近,邦楽器とオーケストラの組み合せの曲ばかりを集めたOEKの定期公演が行われましたが,日本の現代音楽の方向性に非常に大きな影響を与えた曲と言えます。

この曲の独奏者は,1967年の初演以来,琵琶の鶴田錦史さん,尺八の横山勝也さんというコンビだったのですが,琵琶の鶴田さんが亡くなられてからは,今回のお二人に引き継がれたようです(プログラムのプロフィールによるとお二人ともそれぞれのお弟子さんです)。この曲はCDで聴いたことはあるのですが,その印象とかなり近いものを持ちました。お二人とも暗譜で弾いていましたが,それぞれの師匠の演奏が体の中に染み込んでいるのではないかと思いました。邦楽器の奏法については,全くの素人なので,この日の演奏についても,初演のお二人が編み出したものなのか,武満さんが考えたのかよくわからないのですが,いずれにしても,琵琶の「ギリギリギリ・バチン」という音(目が覚めます)とか尺八の息の漏れるような音とかは非常に迫力がありました。それと,邦楽器は静寂というか間を重視するというのがよくわかりました。音が鳴っていない時も鳴っている時と同様の緊張感がありました。その静寂の時に,プログラムをめくる音などの会場のノイズが入ったりするのですが,邦楽器の音は,そういうノイズの方に似ているのではないか,などと思ったりしました(似ているからこそ,ちょっと気になったのですが...)。

オーケストラの方では,指揮者のすぐ前にあった2本のハープがかなり重要な役割を果たしていました。金属的な音は,邦楽器と洋楽器のちょうど中間的な雰囲気を出していたような気がしました。その他,それこそ金属の棒のようなものを叩いていた打楽器も曲に強いアクセントをつけていました。オーケストラの編成としては,テクスチュアズより標準的な編成だったので,OEK+エキストラでやれないことはないかな,と思いました。岩城さんは,邦楽器とオーケストラのための協奏曲を集めているようなので,そのうち,金沢で再演という可能性もあるかもしれません。

前半は,武満さんの作品2曲という,冒険的なプログラムでしたが,このノヴェンバー・ステップスの後には非常に盛大な拍手が起こりました。「ノヴェンバー・ステップスを金沢の人に是非聞いてもらいたい」という岩城さんの熱意はうまく伝わったといえそうです。今回の公演では,この「岩城の武満」を目当てに聴きに来られた人もかなりいらっしゃったようですが,やはり,後半のチャイコフスキーの後は,それ以上に盛り上がっていました。この曲自体,大変盛り上がる曲で,ストコフスキー風にどこまでも派手に演奏できるような曲ですが,この日の演奏は,それとは逆に大げさなところはないけれども,曲全体としてのまとまりを良さを感じさせてくれるような充実した演奏になっていたと思います。

演奏自体には大げさなところはなかったのですが,岩城さんの指揮の動作の方は,アンサンブル金沢を振る時よりも身振りがかなり大きかったようです。大きな集団をドライブする時と小さな集団をドライブする時の違いがわかり面白く感じられました。岩城さんがOEKを指揮する時は,フルオーケストラと変わらないぐらいの音の鳴り方を意識されているようですが,今回のN響については,ボリュームで勝負するというよりは,十分に音を鳴らしつつも,各楽器間のバランスの良さを重視しているように思えました。岩城さんは,室内オーケストラとフルオーケストラの両方を指揮されていますが,結局は同じところを目指しているのかもしれません。

第1楽章は,まずクラリネットで始まります。この日は横川さんが首席奏者でしたが,透明感と重みのある音色が非常に魅力的でした。その他の管楽器の音からも皆,透明感が感じられました。テンポは普通ぐらいだったと思いますが,音色がしっとりと落ち着いていたので,じっくりとしたテンポに感じました。上述のように楽器間のバランスが良いので,金管楽器なども荒れ狂ったような感じにならず,オーケストラ全体で一つの楽器になっているようなまとまりの良さがありました。チャイコフスキーの曲は,甘いメロディが随所に出てくるので,そこを強調すると交響曲ではないような雰囲気になりますが,その辺を意識したような,情感をたたえながらも,抑えを効かせていた感じもとても気に入りました。全体として,やや暗めなのですが,粘っこくならず,率直な感じがするのも岩城さんらしいところです。

第2楽章は,管楽器奏者が次々とセリフを受け渡していくようなところがありますが,その安定感が見事でした。最初の松崎さんのホルンのソロも見事でした。ちょっとだけミスされていましたが(有名な曲はバレやすいので怖いです),素晴らしい風格と落ち着きがありました。続く北島さん(この方は石川県小松市出身のようです)のオーボエも見事でした。別世界から降って来たような浮遊感を感じ,すっと気分が変わりました。ソロを包むオーケストラの方にはしみじみとした暖かさが漂っていました。楽章の後半にはかなり激しいクライマックスが来ます。岩城さんは,ここぞばかり激しい指揮をされていましたが,この辺のメリハリも見事でした。

第3楽章は,チャイコフスキーお得意のワルツということで,バレエ音楽のようにもなりそうな曲ですが,ここでもよくコントロールが効いており,この楽章だけ浮くようなことはありませんでした。華麗な感じはしなかったのですが,ここでも素朴な味わいがあると思いました。

第4楽章には,ほとんど休みなく入っていました。最初の弦楽合奏による主題の演奏は,本当にピシっと決まっていました。一流オーケストラの実力は,こういったシンプルなところに出てくると思いました。とても高級感のある響きでした。最終楽章ということで,岩城さんの指揮は,ますます乗って来ていました。指揮ぶりは,何となくカラヤンを思わせるところがあると思いました(カラヤンの指揮真似について何かの本に書いてあったのですが「風呂のお湯をかきまぜるような感じ」)。それと,要所要所に出てくるティンパニの硬質の響きが見事でした。力感がありました。この楽章は,聴き所満載で,どんどん先に進むのが惜しいぐらいなのですが,そういう楽章でもよくコントロールされていました。クライマックスでは,金管楽器が甲子園の応援のように高らかに演奏されることもありますが(そういう演奏も良いですが),この日の演奏は,音の溶け合いが見事で金管楽器だけ突出するところがありませんでした。この部分は,ヒロイックな行進曲のような感じになることが多いのですが,何かしみじみとした情感のようなものを感じました。この交響曲全体を人生と考えると,人生の最後に無理に英雄的に持ち上げて終わるというよりは,いろいろあったけど良かったなぁとしみじみとした情感に浸るのも良いかなと感じました。この部分は,岩城さん自身もあまり指揮をせず音に浸っているような気がしました。一転して,最後の最後の部分のテンポの動かし方は,非常に堂に入っていて活気と自信に溢れていました。

というわけで,曲の部分の美しさ,華やかさが突出しているというよりは,曲全体としての素晴らしさを感じさせてくれるような演奏でした。その根底には,やはり岩城さんの情熱があり,曲が進むにつれ,じわじわと感情が高ぶってくるような素晴らしい演奏になっていたと思います。

演奏後,ブラボーの声も飛び交い(私の近隣から2,3掛かっていました),アンコールが演奏されました。アンコールの曲は,これはやや勇み足だったと思うのですが,地元の北國新聞(この日の演奏会の主催者です)に既に発表されていました。ステージ後方に打楽器がいっぱい並んでいるし,今日から百万石まつりだし,NHKだし...ともう「あの曲」が演奏されるのが目に見えていました。そういう時に,岩城さんがマイクを取って「アルゼンチン対イングランド戦は0対0です」と,意表を突いたことを言われたので,会場は大いに沸きました。こういう一言が出てくるあたり,岩城さんは,とっても上機嫌だったようです。

その後「今日から百万石まつりです」と曲名まで言わずに指揮を始めると,やはり「利家とまつ」のテーマが出てきました。その瞬間会場からは,拍手が沸き起こり,お客さんは大喜びでした。この曲は,今年になってOEKの演奏で数回聴いているのですが,N響の演奏はまた格別でした。今回のテーマ曲は大編成でやるとさらに映える曲です。武満さんの曲の時に沢山出てきていた打楽器奏者が再度登場していたのですが,OEK版よりもリズムを細かく刻んでいたようでした。ピッコロが加わっていたのも耳を引きました。N響が大河ドラマのテーマを生で演奏することは意外に珍しいことだと思います。この日の演奏会はその意味でも貴重な機会だったと思います。

(余談)今回は,私は3階席で聞いたのですが,もっと近くの座席で聞いた人はまた違った印象を持ったのではないかと思います。やはり席が遠いと(音は十分聞えましたが)やや冷静に聴いてしまうかもしれません。(2002/6/8)

Review by六兼屋さん
ホールに入り、先ず舞台上の反響板の位置を見ました。ちょっと低いのでは?、と思いましたが、3階の1列目で、チャイコフスキに限らず、武満の微妙なサウンドもよく響いてきて、まあ、満足でした。ただ、音の質はちょっと硬めかな、と感じました。オケの音というよりはホールの音ではないかと思います。

プログラム前半は、武満徹の1960年代前半と後半の2曲が演奏されました。岩城氏が繰り返し演奏してきた曲ですが、このころのこの作曲家の厳しい曲想よりは晩年の優しい透明な曲想がこれらの作品から聞こえてきて、新鮮でした。2曲目のノヴェンバーステップスでは、オーケストラアンサンブル金沢の遠藤文江さんが第3クラリネットのエキストラを務めておられました(よね?)。

後半のチャイコフスキ第5交響曲は、楽章が進むほどにノッてきたという印象を抱きました。それにしても、弱音でもホールの隅々まで響き渡っていましたね。ホールが小さく感じました。

Review by七尾の住人さん
音質が硬めと感じられた方が他にもおいでたんですね。ホールの音かオケの音かの判断はできませんが、金属的な響きのような気がしました。座席がステージに向かって右の2階席だったからかもしれません。オーケストラに割と近い位置にいましたので、2,3階席の中央だったらまた印象が変わったかもしれません。

前半のノヴェンバーステップスは、初めて聴いたのですが邦楽器がやはり素晴らしかったですよね。西洋の楽器と日本の楽器の融合ではなく、それぞれの楽器の主張があったような気がした曲でした。それにしても、尺八の演奏を聴いて、体の奥底までその音楽が染みこむようで、つくづく自分は日本人なんだなぁって感じました。

実は、今日のN響はこの曲が聴きたくて出かけたようなもので、最初は行く気がなかったんです。

それは何故かというと、普段OEKで素晴らしい演奏を聴いているので、他の日本のオーケストラの演奏を聴いてみようという気にはならなかったのです。行ったからには、N響とOEKがどう違うのかも聴いてみようと思いました。

結論を言いますが、自分はやはりOEKの方が好きです。OEKの弦の美しさがとても気に入っています。弦ばかりがいいのではなく、小編成から来ることかもしれませんが、音色のまとまりの良さや心地よさはOEKならのものだと思います。もちろん反論を持つ人がいると思いますし、地元のオーケストラということも少なからず影響しているかもしれませんが、好き嫌いは必ず個人差があるものですから、お許しください。

もちろんN響もいいところがたくさんありました。特に気に入ったのは管楽器の響きです。確か日本で一番古いオーケストラですよね。その伝統を十分感じることができたコンサートでした。

Review by六兼屋さん
七尾の住人さん、こんばんは
> 音質が硬めと感じられた方が他にもおいでたんですね。

これは岩城さんの音づくりかも知れませんね。僕の主観で言うと、岩城監督が振るときは、アンかな(oekのことですよ)も音が堅くなる、という印象です。堅い、と表現すると、否定的な印象を与えてしまいますが、まあ、そうです。ただ、岩城氏のご指導には、別の面でよいところがあると思います。もう少し、好みを言うと、岩城氏よりも尾高、小泉、キタエンコといった面々が振ったときの音の方が、僕は好きです。

ただ、この演奏会での武満は、透明感のある美しい音を奏でたと思います。硬めの音だからこそ、ではないかと思います。

> 結論を言いますが、自分はやはりOEKの方が好きです。

岩城監督は、七尾の住人さんのおっしゃることを、他の誰よりもお喜びになるのではないかと思います。猫も杓子も読売ジャイアンツ、というのを、一番お嫌いになる方でいらっしゃるようにお見受けします(もし巨人ファンでいらっしゃるなら、別の比喩に言い換えてくださいますようお願いいたします)。


Review bygontanさん
やはり、さすがN響、貫禄を感じましたし、岩城さんに対する集中力も並々ならぬものを感じました。2月に福井でもおなじチャイコフスキーの5番の交響曲がヴァイグレさんの指揮で演奏されましたが、六兼屋さんのおっしゃるとおり、今日のほうがノッていたような気がしました。

ノヴェンバーステップスはやはりその場の雰囲気とか息づかいなども関係して、生演奏がいちばんですね。聴いているこちらもとても緊張してしまいました(笑)。

私はというと、19時5分頃に到着したのですが、スタッフの方の親切な誘導で、はじめから聞くことができ大変助かりました。今日はそんなスタッフの方たちにも感激したコンサートでした。

元気をありがとう。マエストロ 広太家さん

長い間待ち望んだノベンバーステップスの生演奏にはしびれました。中学時代に読んだ「尺八の息吹は竹林を抜ける風」の解説が忘れられず、生演奏に期待を膨らませていたものです。岩城氏がこのN響公演を、「通い詰めたお気に入りの娘のところへ正妻を連れてゆくような気持ちだ」と語られたことは、迎える方にも過去のN響の公演とはまた違う新鮮な緊張を与えたようです。チャイコでの岩城氏の大きな指揮振りも、見ているほうは、もう嬉しくって!お元気なマエストロの姿は私に元気を与えてくれました。終楽章もはじけ過ぎず、すっきり清清しくまとめられていました。

パーカッションのセットを見るにつけアンコールはあの曲を予感しましたが、やはり!N響だと、こんなに違うんですね。なたでスパッと切るような迫力。でも、かっこいい!OEKでは3人の指揮者で聴いたが、どれも同じようで。OEKサウンドに馴染んでるんですよね。もちろん好きです。(2002/06/07〜8)