ワイマール州立歌劇場管弦楽団来日公演
02/6/21 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ワーグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」
3)ワーグナー/歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
4)ワーグナー/歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲
5)ワーグナー/歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲
6)ワーグナー/楽劇「ワルキューレ」〜ワルキューレの騎行
7)ワーグナー/歌劇「タンホイザー」序曲
8)(アンコール)ワーグナー/楽劇「神々の黄昏」〜ジークフリートのラインの旅
9)(アンコール)フンパーディンク/歌劇「ヘンゼルとグレーテル」〜お菓子の家のワルツ
●演奏
ゲオルク・アレクサンダー・アルブレヒト/ワイマール州立歌劇場O
及川浩治(Pf)

Review by管理人hs

今回初来日のワイマール州立歌劇場管弦楽団は「シュターツカペレ・ワイマール」というのが原語表記ということで,シュターツカペレ・ドレスデンと同じような位置づけの団体ということになります。その金沢公演に出かけてきました。ビラによると,1482年にまで起源を遡ることができると書いてあります(ドレスデンより古い?)。リスト,R.シュトラウスが楽長を務めていた時代もあり,この日演奏されたワーグナーがレパートリーの中心となっているようです。

指揮者のゲオルク・アレクサンダー・アルブレヒトさんは(どういうわけかビラの日本語表記には”ゲオルク”が入っていません)1935年生まれで,読売日本交響楽団の常任指揮者のゲルト・アルブレヒトと全く同じ歳です。ゲルトさんの方が知名度は高いですが,経歴を見るとずっとドイツ国内の歌劇場で活躍してきた”叩き上げカペルマイスター”という感じの指揮者のようです。ちなみに,このゲオルク・アレクサンダーさんの息子のマルクさんも指揮者として活躍しています。

オーケストラがステージに入ってくると,全団員が起立したまま拍手に応えていました。ウィーン・フィルなど来日オーケストラが登場する時はこういうことが多いのですが,後半の入場のときも起立したままでしたので,「とても礼儀正しい楽団」という印象を受けました。

最初の曲は,挨拶代わりの「マイスタージンガー前奏曲」でした。このオペラはワーグナーの作品の中ではもっとも素朴なイメージのある曲ですが,この演奏もそういう感じでした。アルブレヒトさんが指揮を始めた後,最初の音が出るまでにちょっと時差があり(”雷鳴と電光”のような時差ではないと思いますが...),いかにもドイツのオーケストラという感じでした。こういうのを見ると嬉しくなります。木管楽器などはひなびた感じで,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)や先日聞いたNHK交響楽団の方が洗練された感じがあると思いましたが,華やか過ぎない響きは,この曲のドイツ・オペラ的な雰囲気にはよく合っていると思いました。

次の「皇帝」では,ソリストとして及川浩治さんが登場しました。実は,この日は演奏会と全く同じ時間帯にワールドカップ・サッカーの「ドイツ対アメリカ」をやっていたのですが(さぞかし団員は気になっていたことでしょう),この演奏を聞きながら,そのことを思い出しました。オーケストラの方は,一音ずつ踏みしめるような演奏だったのですが,ピアノの方は,滑らかで磨き上げられた響きを求めているようでした。どちらが良いというものでもないのですが,ややミスマッチだったような気がしました。先に書いたように,オーケストラの方は,音の出方自体が少し遅いのに対し,ピアノの方は先に先に進もうとしているような感じでした。及川さんのピアノは,冒頭のカデンツァから非常に流麗で,力強い音も格好良く決まっていましたが,このオーケストラと共演することで,かえってきらびやかさばかりが目立ち,ベートーヴェンにしては明るすぎるような印象を持ちました。特に高音の繊細な雰囲気などはショパンを思い出させるような感じでした。

後半は,ワーグナーの序曲・前奏曲集でした。CDではこういうプログラムは多いですが,演奏会のプログラムとしては,比較的珍しいかもしれません(特に金沢では)。アルブレヒトさんは,1曲ごとの間をあまり入れず,後半全体で一塊として捉えていたようでした。後半は,ソリストがいなかったせいか(?),自分たちのペースでより伸び伸びと演奏しているようでした。アルブレヒトさんは,すべて暗譜で指揮していましたが,これらの曲を(序曲だけではなく)何度も演奏されているのだと思います。

後半最初の「オランダ人」は,昨年秋に金沢で観た時の舞台が蘇って来るようでした。この序曲自体,全曲を圧縮したようなドラマに溢れた曲なのですが,演奏の方もオペラ的な雰囲気のある演奏でした。生で一度オペラを見た後だと,序曲の聞き方も変わるのかもしれませんが,不気味なオランダ人や嵐の海の雰囲気が巧く出た良い演奏だったたと思いました。

続くローエングリンの第1幕への前奏曲は,それほどデリケートで神経質な雰囲気ではなく,テンポも速目でした。それでいて落ち着きを感じました。ヴァイオリンの響きも透明感溢れる,という感じではありませんでしたが,非常に暖かい感じの響きの親しみやすい演奏になっていました。第3幕への前奏曲は拍手の中断なく,一気に始まりました。ただし,これも勢いのある爆発するような演奏ではなく,きちっとまとまった感じの演奏でした。前奏曲としてはこういう演奏の方がふさわしいのかもしれません。

ワルキューレの騎行も(それにしても名曲揃いのプログラムです)同じタイプの演奏でした。この曲は昨年,OEKと大阪フィルの合同演奏会でも聞いたのですが,そちらの方がかなり派手だったような気がします(井上道義氏の指揮ぶりの印象もあるかもしれません)。祝祭的な演奏というよりは,日常的な演奏という感じで余裕のある演奏ぶりだったと思います。

最後のタンホイザーも落ち着きのある演奏でした。ホルンの和音などとてもよくまとまっていました。アルブレヒトさんのテンポは,この曲に限らず全般に「遅い部分はやや速目」「速い部分はやや遅め」,ダイナミクスは「弱音部分はやや強め」「フォルテでも爆発しない」という感じで,ものすごく大きなスケール感は感じなかったのですが,不思議と平板な印象はしませんでした。後半を一気に聞いたせいか,聞いているうちに,じわじわとワーグナーの味が沁みてきたようでした。きっとドイツのオペラ劇場では,毎回こういう演奏をしているのだろうな,という手慣れた雰囲気がありました。

ワーグナーを何回も聞いている人には,刺激が少ない演奏だったのかもしれませんが,「こういう演奏なら,疲れずに全曲を聴けるかも」と期待(?)させてくれるようなペース配分の巧みな演奏だったと思います。

アンコールでは,「神々の黄昏」からジークフリートのラインの旅が演奏されました。演奏直前にホルン奏者が1人舞台裏に引っ込み,何をするのかなと思ったら,冒頭の旋律を舞台裏で演奏していました。

アンコールの2曲目は,最初何の曲かよく分からず,「ワーグナーでないことは確実」「この楽団にちなんだポピュラーな曲か?」などと思いながら聞いていたのですが,最後に一瞬聞いたことのあるメロディが出てきて(ずっと以前,NHK-FMのクラシック音楽番組のテーマ曲として使っていました),フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」の中の曲だとわかりました。フンパーディンクは,ワグネリアンだったそうで,最後の方の雰囲気はワーグナー的な感じもありました(この日の演奏会は,掲示板でおなじみの六兼屋さんと一緒に出かけてきたのですが,フンパーディンクのことは,六兼屋さんに教えてもらいました)。知らずに聞いてもわかりやすい曲だったのですが,ヒネリの効いた巧いアンコールだったといえそうです。(2002/06/22)