La Musicaファースト・コンサート
2002/06/29鶴来町総合文化会館クレイン

第1ステージ:A cappella ルネッサンスから現代まで
1)スカルラッティ,A./神をほめたたえよ
2)ヴィクトリア/おお,大いなる神秘よ
3)ラッスス/ああ瞳よ,涙を流せ
4)モンテヴェルディ/星空の下
5)モーリー/今こそ五月祭
6)ハスラー/踊れよ,跳ねよ
7)作者不詳/太鼓をたたけ
8)作者不詳/Tourdion
9)Farkas Ferenc/バラのマドリガル
10)Farkas Ferenc/夕日
11)コルボ/主をほめたたえよ
12)Orban/悪魔はたくみにしのびよる

第2ステージ:オーケストラ・アンサンブル金沢のメンバーとオルガン奏者による賛助演奏
13)モーツァルト/教会ソナタ第3番ニ長調,K.69
14)モーツァルト/教会ソナタ第10番へ長調,K.244
15)ヴィヴァルディ/ヴァイオリンとオルガンのための協奏曲ヘ長調,RV.542

第3ステージ
16)バッハ,J.S./カンタータ第4番,BWV.4「キリストは死の縄目につながれたり」
17)(アンコール)モーツァルト/アヴェ・ヴェルム・コルプス
●演奏
ラヂッチ・エヴァ(1-12);大谷研二(16,17)/La Musica(1-12,16,17)
ラヂッチ・エヴァ(S*16),栗山文(A*16),南俊朗(T*16)
坂本久仁雄,上島淳子(Vn*13-17),原三千代(Vn*15,Vla*16-17?),石黒靖典(Vla*15-17),大澤明(Vc*13-17),今野淳(Cb*13-17),平井み帆(Org*13-17)

Review by管理人hs
この日は,金沢市周辺ではあれこれ演奏会の重なった日で,夕方以降,金沢市観光会館では金沢交響楽団の演奏会,音楽堂コンサートホールではジャン=ピエール・ヴァレーズさんとルドヴィート・カンタさんを中心とした室内楽,音楽堂交流ホールでは金沢リング・ブラスの演奏会が行われました。私は,そのどれにも行かず鶴来町総合文化会館クレインで開かれたLa Musicaの演奏会に行ってきました。バッハのカンタータを聞いてみたかったことと,このホールに一度行ってみたかったというのが大きな理由です。

この団体は,2001年10月に発足したオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)合唱団を中心とする地元の精鋭約20名の合唱団です。東京混声合唱団の指揮者で前OEK合唱団指揮者の大谷研二さんと県内で声楽活動をされているラヂッチ・エヴァさんが中心に指導をされています。これまでにもいくつかのイベントには参加されていたようですが,この日はその第1回目の演奏会でした。今回は,バッハのカンタータを演奏することもあり,OEKのメンバー等の出演も加わっていました。県内でバッハのカンタータを聞く機会は少ないのですが,今後こういう機会が増えてくるのではないかと思わせるような良い演奏会でした。

私は,合唱だけの演奏会にはあまり行ったことはないのですが,声の響きがまず素晴らしいと思いました。人数が少ないので当然なのですが,とても軽い感じがしました。オーケストラなど楽器の響きには,もっと圧迫感があり,それが一つの魅力でもあるのですが,人間の声(特に美しい声)の場合は,観客と演奏者の間が空気の振動でつながっているという一体感があります。合唱の場合,その振動が会場中に広がりますので,その一体感がさらに強くなります。

この日のプログラムは3部構成になっていました。ア・カペラのステージ,OEK団員の器楽のステージ,カンタータのステージという構成はバランスが取れていました。対訳付きのパンフレットもとても充実していました。数曲ごとに合唱団員が説明を入れていたのも良かったと思いました。

最初のア・カペラ・ステージでは,古い曲から新しい曲へと時代の流れを追うような感じで曲が並べられていました。ア・カペラの良さは,時代や様式の違う曲が並んでいても,器楽の場合ほど違和感がないことです。オーケストラの曲の場合,いわゆる現代音楽が入るとかなり異質な感じがしますが,ア・カペラの場合は,17世紀の曲と20世紀の曲が並んでいても不思議と馴染みます。ラテン語による宗教曲→マドリガル→現代曲という順に演奏されましたが,音量のダイナミックスが徐々に広がっていくような感じでした。柔らかい空気のような雰囲気からステージ最後の「悪魔はたくみにしのびよる」というちょっと鋭くドラマティックな感じの曲まで,常に余裕のある歌を聞くことができました。個人的には,後半の方の20世紀の曲が面白いと思いました。特に「夕日」という曲が気に入りました。

マドリガルの中では,2曲ほど聴いたことのある曲がありました。「今こそ5月祭」と「パタパン」という曲です。「今こそ5月祭」は,キングズシンガーズという男性だけのヴォーカル・グループで聞いたことがありますが,その演奏は非常にキビキビしていてインパクトがあったのですが,この日の演奏は常に微笑みを忘れないような感じの演奏で,別の良さがありました。「パタパン」という曲は,ジュリー・アンドリュースのクリスマス・アルバムの中で聴いたことががあります。「トゥレルレルー」という歌詞を聴いて思い出しました。"Tourdion"という曲では,鈴の音が入っていましたが,非常に優雅な感じでした。この辺の曲はクリスマス・コンサートなどにもぴったりですね。

次のステージでは,合唱団員は引っ込み,OEK団員+オルガンの平井さんによって室内楽が演奏されました。モーツァルトの教会ソナタというのはソナタといいつつ,5人編成の曲でした。ヴィヴァルディの曲の方は,さらに2名加わり,響きが少し厚くなっていました。どちらも教会的な雰囲気になじむ曲で,「良いつなぎ」になっていました。

最後のこのステージでは,合唱団は真っ黒の衣装・青の譜面になり(前半は,赤の衣装・赤の譜面を基調としていました),宗教曲的な雰囲気に切り替わりました。このステージでは,元OEK合唱団の指揮者の大谷研二さんが指揮をされました。大谷さんは,OEKのプレトークでもおなじみの方ですが,この日も演奏前にカンタータについて簡潔にして内容のある説明がありました。バッハのカンタータは,教会用の音楽で,説教を補助するような内容だという説明があったあと,今回演奏される第4番の聞き所を実演入りで教えてもらいました。要約すると,(1)ルター作曲の賛美歌がテーマでそれを変奏している,(2)半音下がる音の動きが多い。これは,悲しみを表現している,(3)バスに超低音が出てくる。これは「死」を意味する。といった感じになります。こういったポイントを知っていると知らないとでは,この曲に対する興味の湧き方が全然違ってきますから,こういう解説はとても良かったと思います。大谷さんの解説は,いつも合唱や楽器による実演も入るのでとてもわかりやすいのが特徴です。大谷さんは,プレゼンテーションがとても上手な方なので,カンタータを題材に最近亡くなられた山本直純さんのような啓蒙活動をされたら喜ばれるのではないかと思ったりしました。

この曲は,イースターのための曲で全編短調なのですが,それほど重苦しい感じがしなかったのが良かったと思いました。第2曲のハレルヤの辺りでテンポ・アップする辺りは,我が家にあったヘルムート・リリング指揮の演奏よりも軽やかでとても爽やかな印象を受けました。3曲目と6曲目はソロが出てくるのですが,どちらも団員が担当していました。これも素晴らしいと思いました。特にラヂッチ・エヴァさんの歌が素晴らしかったです。ただ,きれいなだけでなく,ぐっと迫ってくる迫力があると思いました。第6曲のバスの曲では,大谷さんが言っていた低音に注意していたのですが,ちゃんと"Tode(死)"という言葉で低くなっているのがよくわかりました。最後のコラールは控えめながら,ジーンとくるような味わい深いクライマックスを作っていました(この曲は変奏曲ということですが,主題が最後に出てくる形になるんですね)。

バッハのカンタータというのは,クラシック音楽の中でも特に敷居が高く,親しみにくい部類の曲に入ると思うのですが,それだからこそ,楽しみも大きいような気がします。私には解説がないとなかなか聞き所がわからないのですが,大谷さんのような方がいらっしゃるなら,トーク入りでカンタータを聞くというのは,シリーズ化できるような気もしました(何といっても数え切れないほどありますから)。公演パンフレットによると「通奏低音の入る弦楽合奏とバロック音楽をうたう合唱団を作りたい」という趣旨で作られた団体とのことですので,大いに期待したいと思います。

アンコールには,おなじみのアヴェ・ヴェルム・コルプスが演奏されました。こういう少人数の編成+小さなオルガンで聞くのは初めてだったのですが,とても清廉で質実な感じがして素晴らしかったです。

鶴来町総合文化会館クレインには,以前,会合で出かけたことはあるのですが,音楽を聴くのは初めてでした。多目的ホールなのですが,野々市文化会館よりも一回り小さい感じで,とてもすっきりとした良い響きがすると思いました。いつも出かけている音楽堂よりステージの照明が明るく,少々落ち着かない気はしたのですが,良いホールだと思いました。駐車場も広いので車で行く分には,場所的なハンディは少ないと思います。

というわけで,La Musicaの第1回公演は,演奏以外の面も含めて,大成功だったと思います。

(余談)実は,我が家には,ヘルムート・リリング指揮のバッハのカンタータのCD全曲があります。偶然,雑誌の抽選で当たったのですが,物凄い量です。ほとんど宝の持ち腐れ状態なのですが,こういう演奏会があると,少しずつでも聞こうという気になります。その点でもカンタータ・シリーズを期待したいと思います。(2002/06/30)