オーケストラ・アンサンブル金沢第124回定期公演M
02/7/07 石川県立音楽堂コンサートホール

1)シューベルト/劇音楽「ロザムンデ」序曲,D.644
2)ショパン/ピアノ協奏曲第2番ヘ短調,op.21
3)シューマン/交響曲第3番変ホ長調,op.97「ライン」
4)(アンコール)テレマン/組曲ヘ長調TWV.55-F11「アルスター」〜第5曲「白鳥の歌」
●演奏
ニコラス・クレーマー/OEK,ディーナ・ヨッフェ(Pf*2)
アビゲイル・ヤング(コンサートミストレス)
ニコラス・クレーマー(プレトーク)

Review by管理人hs
このところ金沢は非常に蒸し暑く,不快指数も相当高いのですが,その指数を半分ぐらいに減らしてくれる演奏会でした。この日の演奏会のメインプログラムは,シューマンの交響曲第3番「ライン」でしたが,その挑戦は成功だったと思います。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)がこの曲を(というよりもシューマンの交響曲を)定期公演で取り上げることが始めてなら,バロック音楽専門の指揮者のニコラス・クレーマーさんがロマン派の曲を取り上げることも始めてのことです(プレトークでそのようなことをおっしゃっていました)。この「2つの初」が重なって新鮮な演奏になりました。

この日のオーケストラの配置はクレーマーさんらしく変則的なものでした。弦楽器は下手側から第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリン。コントラバスは第1ヴァイオリンの後ろ,ホルンが第2ヴァイオリンの後ろ。その他の楽器は通常どおりという感じでした。クレーマーさんが前回登場した時も,このような配置でしたが,ロマン派以降の曲でこういう配置はかなり珍しいと思います。

最初のロザムンデは,シューベルトらしい美しいメロディが散りばめられており,私自身とても好きな曲です。冒頭の和音からして充実感と透明感が共存していました。クレーマーさんが客演するとOEKの音が古楽器風というかクレーマー風に一転してしまいます。斬新な感じはするけれども,攻撃的な響きにはならないのが魅力です。こういう独特の響きを持っているというだけでもとても力のある指揮者だと思います(このことは同時にOEKの適応力の高さも示していると思います)。冒頭からとても念入りに音が作られているのに,音楽の流れが自然です。軽い感じなのに,金管楽器の演奏など,所々独特の味付けがされており,非常に知的な味わいがあります。コーダの部分での意外なほどの遅いテンポを聞きながら,このコンビで交響曲「ザ・グレイト」辺りを聞いてみたいなと思ったりもしました。

続くショパンの独奏者はディーナ・ヨッフェさんでした。前回もこのお二人は共演しており,しかも演奏会の時期も丁度今頃だったので,7月7日にちなんでの「再会」ということになります。その時演奏されたモーツァルトのピアノ協奏曲第23番は,とても表情の豊かな演奏で,今でも印象に残っています。今回のショパンにもそういう演奏を期待していたのですが,その期待が大き過ぎたのか,今回は,真面目だけれどもちょっと味がない演奏だったように思いました。技巧はとても安定しており,速いパッセージもきらびやかなのですが,全体に表情がクールだと思いました。前回のモーツァルトのような天衣無縫の雰囲気のある演奏を聞いてみたかったと思いました。今回はステージ上でも椅子の高さなどあれこれ気にされていて,何となく落ち着きがないようにも見えました。気分の乗り方が足りなかったのかな,という気がしないでもありませんでした。

オーケストラの方は,ピアノが主役の曲だけあって,シューベルトの時ほど変わった印象は受けませんでした。第3楽章末のホルンの信号のところを注目していたのですが,軽くあっさりと演奏させていました。この辺はクレーマーさんらしさかもしれません。普通は,ここで一旦スピードがぐっと落ちるのですが,スピード感をずっと保ったままコーダに入っていくような感じで,個人的にはちょっと肩透かしをされたような印象を受けました。

後半のラインは,先にも書いたとおり,とても新鮮な演奏になっていました。これまでOEKはほとんどシューマンの曲を演奏してこなかったのですが,今回の演奏がきっかけで,シューマンの他の曲もレパートリーに加わってくるのではないか,と思いました。編成的にはトロンボーン3本,ホルン2本がエキストラで必要なのですが,他にもそういう曲はありますので可能性は高いと思います。

第1楽章は,冒頭からよく練られた響きで充実感がありました。それほど速いテンポではありませんでしたが,響きがとても洗練されており,すっきりとして聞こえました。この楽章の響きには,ライン川の堂々とした流れをイメージさせるようなところがあるのですが,そういった観点からすると,ちょっと線が細く,手取川ぐらい(?)かなという感じでした。だけど,「シューマンの響きは,ちょっと暑苦しいくて苦手」といった人には,丁度良かったのではないかと思います。私はどちらかというと後者です。

第2楽章は,かなり速目のテンポでした。この楽章については,もっとのんびりとした素朴さのある演奏の方が,雰囲気が出ると思うのですが,この日の演奏の全体的な構成からするとバランスは良かったと思います。第3楽章は,もともと間奏曲風でこじんまりとした曲なので,室内オーケストラにはぴったりの雰囲気でした。

第4楽章はとても気に入りました。シューマンがケルンの大聖堂での印象を元に作曲した楽章らしいのですが,どこか,バッハの曲をオーケストラに編曲したかのような面白さを感じました。ここで初めてトロンボーンが入るのですが,その響きがとても整っていてオルガンのように響いていました。沢山の声部から旋律が出てくるような,バロック音楽的な感じは,やはり,クレーマーさんの得意とするものだと思います。小編成で演奏すると,その線の絡みがはっきりと聞こえ面白さが増すと思いました。

第5楽章は,前楽章から休みなく続けて演奏されました。第4楽章は第5楽章への前奏曲という位置づけだったようです。第5楽章はリズムがとても軽やかでした。最後のコーダでも熱狂することはなく,余裕を持って明るくまとめられていました。つい先日,NHK教育テレビで最晩年のバーンスタイン指揮のシューマンの交響曲第2番の最後の部分をたまたま見たのですが,その汗まみれの熱演とはまさに対照的な雰囲気がありました(曲自身もかなり性格が違うのですが)。

曲全体として,コンパクトに見通しよくまとまっており,室内オーケストラによるシューマンとして相応しい演奏だったと思います。ホルンを初めとした金管楽器の力強い響きも大きな魅力でした。クレーマーさんは指揮台に乗らず,指揮棒も持たずに指揮するところからもわかるように,強引にオーケストラを引っ張っていくような指揮者ではないと思います。豪快な感じはしないのですが,知的で清潔な感じがあります。そういったことが自然な上品さの中にバランス良く包まれています。ガーディナーなどの古楽器演奏の指揮者の中にはレパートリーをかなり現代の方まで広げている人がいますが,クレーマーさんの指揮でも,いろいろな曲を聞いてみたいものです。

アンコールには,テレマンの組曲の中の1曲が演奏されました。(上では「新しい曲を...」と書きましたが)やっぱりこっちが本職かな,と思わせるとても静謐な雰囲気のある演奏でした。7月12日には「とことんバッハ」という演奏会がありますが,こちらにも出かけてみようかと思っています。クレーマーさんは,団員からの支持も大きいようですが,OEKの「バロック音楽担当指揮者」として,これからも客演してもらいたいと思います。(2002/07/07)