オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽公演II:とことんバッハ
2002/07/12 石川県立音楽堂邦楽ホール

1)バッハ,J.S./音楽の捧げもの,BWV.1079〜フルート,ヴァイオリンと通奏低音のための,王の主題に基づくソナタ(トリオ・ソナタ)
2)バッハ,J.S./管弦楽組曲第2番ロ短調,BWV.1067
3)バッハ,J.S./カンタータ第182番,BWV.182「天の王よ,よくぞ来ませり」
●演奏
ニコラス・クレーマー(Cem*1,2;Org*3)/バッハ特別編成合奏団(松井直,ゲルゲイ・ポパ(Vn),ギューズー・マテー,マリアン・ネメシュ(Vla),十代田光子(Vc),フランツ・ボガニー(Cb),松井晃子(Org))(2,3)
岡本えり子(Fl),松井直(Vn),十代田光子(Vc)
中巻寛子(A*3),辻裕久(T),野本立人(Br*3)
バッハ・カンタータCho(協力:合唱団グリーンウッドハーモニー)(3)
Review by管理人hs
先日,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演で指揮をされたニコラス・クレーマーさんが登場する室内楽の演奏会が音楽堂邦楽ホール行なわれました。演奏会には「とことんバッハ」というサブタイトルが付いており,バッハの違ったジャンル・編成の作品が3曲演奏されました。先に室内楽公演と書いたのですが,20人ぐらいの合唱の入るカンタータも演奏されましたので,厳密な意味では室内楽とはいえないかもしれません。

今回の演奏者には「バッハ特別編成合奏団」という名前が付いていましたが,実質はOEKの団員がほとんどでした。ただし,第1ヴァイオリンの松井さんとフルートの岡本さん以外は,OEKの団員の中でも客員奏者的な感じの方ばかりだったので,いつものOEKとは見た目の印象はかなり違いました。

最初は,音楽の捧げ物の中からトリオソナタが演奏されました。この曲はトリオ・ソナタといいつつヴァイオリン,フルート,チェンバロ,チェロの4人で演奏していました(通奏低音は頭数に入らないのかもしれません)。チェンバロはクレーマーさんが担当し,通奏低音のチェロはOEKの元団員だった十代田さんが担当していました。冒頭を聞いてまず,ヴァイオリンのノンヴィブラートの響きに強く惹かれました(この響きはこの演奏会中一貫していました)。松井さんはとても端正に演奏しており,歌うというよりは,会話をしているような雰囲気がありました。この曲は「緩−急−緩−急」という4楽章構成ですが,”急”の楽章でも非常に落ち着きがあると思いました。これは岡本さんのフルートの音に落ち着きがあったからだと思います。そんなに華やかな演奏ではなかったと思うのですが,こういう小ホールで聞くとその落ち着きを堪能できます。”緩”の楽章の方は反対にもたれた感じはしませんでした。クレーマーさんは,かなり高い椅子に座りながらチェンバロを弾いていましたが(ほとんど立って弾いているような感じ),この辺はいつも楽しげに見えるクレーマーさんの意図だと思います。このトリオソナタですが,「音楽の捧げもの」の有名な主題があまり出てきません。楽章の最後などにちょっと出てくると,「出てきたな」という感じで嬉しくなります。

2曲目は管弦楽組曲第2番でした。管弦楽組曲といいつつ弦楽五重奏+チェンバロ+フルートという編成でしたので,”室内楽組曲”といったところでした。序曲は,非常に速いテンポで始まりました。以前,クレーマーさんがOEKとこの曲を演奏した時もこのテンポでしたが,室内楽編成で演奏した分,威厳のある序曲という感じは全然なく,さらに軽やかになっていました。7人編成の”オーケストラ”ですので,奏者が息を合わせているという感じがとてもよく伝わってきました。序曲の中間部は個々の奏者の音の絡み合いが見事でした。

2曲目から後は,フルート協奏曲のようになります。ポロネーズと最後のバディネリが特に華やかなのですが,岡本さんの演奏は,キレ良く決めながらも,派手過ぎるところがなく,とてもバランスの良いものでした。この日の演奏会では,フルートだけが”光り物”だったのですが,音の溶け合い方がとても良く,違和感を感じることがありませんでした(それにしてもこの日は,フルートが大活躍でした。フルートを中心にプログラミングしたのかな,という気もしました)。バディネリなどは結構,そっけなく終わるのですが,こういうさらっと軽く終わるのも,クレーマーさんらしい粋なところかもしれません。室内楽編成なので特に指揮者は必要ないくらいなのですが,やはり核となる人がいることで,演奏全体の方向性がはっきりと出ていたと思います。

後半はカンタータ第182番でした。バッハのカンタータといえば,先日,La Musicaという地元の合唱団とOEKのメンバーで別のカンタータを聞いたばかりです。合唱団の人数やオーケストラの編成もその時とほぼ同じでした。今回の合唱は,金沢にあるグリーンウッドハーモニーという合唱団のメンバーが中心となった「バッハ・カンタータ合唱団」という団体です(メンバー表によると,La Musicaとダブっている人もいらっしゃるようです)。グリーンウッドハーモニーの演奏会には,十年以上前に数回行ったことがあるのですが,その時からバッハのカンタータを演奏会で取り上げていましたので,金沢の合唱団の中では,いちばんバッハの合唱曲に通じてる方たちなのではないかと思います。

今回のカンタータは,先日のカンタータよりかなり明るい雰囲気の曲でした。最初のオーケストラだけの部分からしてとても軽い感じでした。演奏の方は,松井さんのヴァイオリンと岡本さんのフルートの息がよくあっていました。弾むような伴奏の上のノンヴィブラートの音がとても気持ちよく,これから新鮮なバッハが始まる,という期待を持たせてくれました。この曲は,第1曲のソナタの後,「合唱」−「バリトン・ソロ」−「アルト・ソロ」−「テノール・ソロ」−「コラール」−「合唱」という順に続きます。CDで聞く分には,その雰囲気の違いが分かりにくいのですが,生で聞くと変化がとてもよく感じられます。

合唱は,とても躍動感があり,指揮にとてもよく反応していました。特にソプラノが見た目の雰囲気(?)からして華やかでした。その他の声部はちょっと地味目に聞こえましたが,言葉がよく聞こえるような歌い方で(残響が少なめだったこともあると思います。意味はわからないのですが),誠実な感じが伝わってきました。今回の邦楽ホールは,La Musicaを聞いたクレインよりも音が響かないホールですが,その分,各声部の音の動きがよりはっきり聞こえました。フーガ風の部分はどこで音が出てくるかがよくわかり,クレインの時とは別の面白さがありました。

各ソリストもとても素晴らしかったと思いました。バリトンの野本さんの声は非常にプレーンで癖がなく,まっすぐに心に響いてくる感じでした。アルトの中巻さんは,クレーマーさんのバッハのイメージにしては,ちょっと貫禄がありすぎるような気もしましが,とても温かみのある声で,聞いていて癒されました。アルト・ソロの曲は,フルートと絡み合い,結構延々と続くのですが,その「延々感」がとても良かったです。テノールの辻さんの声はとても軽く,非常に清潔な感じがしました。各曲が単調に聞こえなかったのは,この3人の力によるところも多いのではないかと思います。なお,指揮のクレーマーさんですが,合唱曲の時は指揮をしていたのですが,ソロの曲の時は,オルガンの場所まで移動し,自らオルガンを弾いていました(合唱の時のオルガンは,松井晃子さんが担当されていました)。

最後に再度,合唱の曲が出てきて,締めくくられます。この曲は2曲目の合唱と似た曲ですが,終曲ということもあり,さらに華やかさが加わっていました。クレーマーさんの指揮は,華やかといっても,これ見よがしの激しい雰囲気にならない節度があるのが良い点です。

クレーマーさんのバッハは,3曲ともとても軽い雰囲気で,「バッハ=厳格」という一般的なイメージとは少し違っていたと思います。その分,とても親しみの沸く演奏になっていました。そういう演奏を聞いていると,今回のような「室内楽かオーケストラか区別が付き難いプログラム」というのはOEKの特徴をうまく生かせる領域なのではないか,と思いました(”オーケストラ・アンサンブル”という名称からして中間的な感じです)。「とことんバッハ」という,親しみやすいけれどもかなり大風呂敷的なタイトルを付けたからには,これからも「とことんバッハ」を追求していって欲しいものだと思いました。(2002/07/13)