オーケストラ・アンサンブル金沢スペシャル・コンサート
石川県立音楽堂開館1周年記念<音楽堂ウィーク>
2002/09/12 石川県立音楽堂コンサートホール

1)アウアバッハ/ゆううつな海のためのセレナード:武満徹へのオマージュ(2002年度委嘱作品・世界初演)
2)チャイコフスキー/ゆううつなセレナード,op.26
3)ベートーヴェン/ヴァイオリン,チェロ,ピアノのための三重協奏曲ハ長調,op.56
4)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調,op.67「運命」
5)(アンコール)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番〜アリア
●演奏
岩城宏之/Oens金沢
マイケル・ダウス(Vn*1,2,3),マルタ・スドラバ(Vc*1,3),アンドリウス・ズラビス(Pf*1,3)
コンサートマスター:松井直(1-3),マイケル・ダウス(4,5)
Review by管理人hs 七尾の住人さんの感想
9月12日は石川県立音楽堂開館1周年の日にあたります。ちょうど一年前に,音楽堂の開館記念式典と記念公演が行なわれています。同時多発テロとほぼ同日というのは残念ですが,石川県の音楽界にとっては記念すべき日だということは確かです。開館1周年を素直に喜びたいと思います。

会場内にあった演奏者変更のお知らせ。会場内の至るところに掲示してありました。今回のスペシャル・コンサートは,その記念演奏会でした。「音楽堂ウィーク」と称し,この演奏会を皮切りに開館1周年企画が続々と行なわれることになります。そのメイン・イベントということで,現在,世界でいちばん有名なヴァイオリニストの一人であるギドン・クレーメル氏が登場!...するはずだったのですが,来日直前に病気のために来日不可能になってしまいました(右の写真が会場に貼ってあったお知らせです)。このニュースには驚きました。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)にとっては,大きな痛手だったのですが,演奏会自体がキャンセルにならなかったことは評価すべき点です。これは,OEKにマイケル・ダウスさんというコンサートマスターがいたからこそ実現したことです。クレーメルさんのキャンセルは残念でしたが,結果として,ダウスさんとOEKの潜在能力の高さを示す演奏会になったと思います。

演奏会のコンセプトは,クレーメルさんのキャンセルにより,「クレーメルの演奏会」から「岩城指揮OEKの演奏会」に切り替わり,「運命」が最後に演奏されることになりました。曲の格から言っても,結果的にはこの形の方がまとまりが良かったと思いました(ちょっと前半が長すぎましたが)。

最初の曲は,アウアバッハさんの新作でした。サブタイトルにあるとおり,武満徹へのオマージュ的な作品です。先にも書いたとおり,この演奏会がキャンセルにならなかったこと自体素晴らしいのですが,この難解な新曲を非常に限られた時間内に練習し(キャンセルが決まって2日ほどしか経っていないと思います),初演を行なったことは驚くべきことです。

この曲は,とても新鮮な響きのする曲でした。全体に詩的な雰囲気が漂っているのがとても気に入りました。弦楽オーケストラとピアノ三重奏のための作品というのも変わっていますが,背後にいるオーケストラの配置の方も独特でした。下手から第1ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリンとシンメトリカルに並び,コントラバスが正面奥にいました。各奏者は,指揮者からはちょっと離れた位置に一列にアーチを描くように並んでいました。このオーケストラ奏者は,全員別のパートを演奏しているような感じで,全員がソリストとなっているような雰囲気がありました。このことによって,繊細で不思議な響きを作っていました。武満徹は「海」にちなんだ曲を何曲か書いていますが,この曲も海のイメージがうまく表現されていたと思います。

曲は静かに始まり,途中,かなり激しい感じになります。ダウスさんは,かなり激しく身体を動かして演奏していました。ダウスさんにしては珍しいことだと思います。この部分は,とても格好良い雰囲気がありました。最後は静かな感じに戻るのですが,各部分の変化があり全く退屈しませんでした。クレーメルさんは,ピアソラの曲もよく演奏していますが,その辺りの曲と組み合わせても違和感のないような曲で,前衛的というよりは気持ちのよさを感じました。今回のダウスさんの演奏も素晴らしかったのですが,クレーメルさんにも相応しい感じの曲のように思えました。クレーメルさんが金沢に来られる機会があれば,是非この曲を演奏してもらいたいものです。ちなみにこの日のステージには,アウアバッハさん自身も登場していました。「ソリストは3人のはずなのに..」と思ってみていたら,その中の一人の女性がアウアバッハさんでした。

続く,チャイコフスキーは,前の曲のイメージにあわせての選曲です(クレーメルさん自身がプログラムを考えたと岩城さんがトークの中で言っていました)。タイトルの方も「ゆううつ」つながりとなっています。今度はダウスさんだけがソリストでしたが,岩城さんとダウスさんが並んで登場すると,自分の家のお茶の間に戻ったような感覚を持ち,何となくホッとしました。ダウスさんは,いつもどおりの美しい音で,きっちりと弾いていました。オーケストラの伴奏も当然暖かいもので,とてもよいムードがありました。きっと,クレーメルさんが登場していたら,オーケストラの方はもっと緊張した響きになったのではないかなという気がしました(この曲には,独奏ヴァイオリンの対旋律としてホルンが登場するのですが,「利家とまつ」の紀行テーマ「永久の愛」(樫本大進さんが弾いている曲)と発想が似ていると思いました。今年はこの曲を毎週のように聞いているのでついつい頭の中に浮かんでしまいました)。

ここまでで既にかなり聴き応えがあったのですが,その後,当初,後半に演奏される予定だったベートーヴェンの三重協奏曲が演奏されました。この曲は,ベートーヴェンらしい雰囲気はあるのですが,「世評どおり(?)」ちょっと曲の密度が薄いような気がしました。非常に長く感じました。第1楽章の後に盛大な拍手が入ってしまいましたが,時間的には,それくらいで丁度かな,という気もしました。岩城さんのテンポは,第1,2楽章など,すっきりと速目だったと思うのですが,ソロのパートは通常一人で弾くところを3倍に延ばしていたような感じで(つまり,1人あたりでいうと1/3に薄められていた感じ),同時期に作曲されているピアノ協奏曲と比べるとちょっと物足りない気がしました。3楽章なども,ポロネーズということでのんびりとしたムードがありました。

とはいえ,ソリストの方は,いずれも見事な演奏でした。チェロのマルタ・スドラバさんは,クレメラータ・バルティカというクレーメルの作った室内オーケストラの首席奏者を務めている人です。非常にしなやかで若々しい音が魅力的でした。ピアノのアンドリウス・ズラビスさんもクレーメルさんとよく共演している人のようです。タッチが美しく,余裕のある響きを作っていました。2人ともこれからどんどん頭角を現して来るのではないかと思います。1人ずつのソロでも聴いてみたいものです。ダウスさんのヴァイオリンは,この2人ととてもよく息があっていました。クレーメルさんについては,かなり個性的でどちらかというとエキセントリックな印象を持っているのですが,この日の演奏は,オーソドックスな感じでした。ダウスさんの代わりにクレーメルさんが加わっていたら,他の2人の演奏もきっとまた違った雰囲気になっていたのかな,という気がしました。

後半は,ベートーヴェンの「運命」でした。全体に速目のテンポですっきりとまとまっていましたが,それでいて落ち着きが感じられるベテラン指揮者らしい演奏でした。要所で力強く決まっていたホルンを初めとして,オーケストラの方にも積極性があったと思いました。第1楽章など,力んだところがなく,あっさりとしているのですが,それでいて不満を感じさせることはありません。迷いがなく吹っ切れているような爽やかさを感じました。第2楽章,第3楽章もかなり速目のテンポなのですが,慌てた感じはしませんでした。第2楽章の低弦の美しさも良かったし,第3楽章のコントラバスから始まるフーガ風の部分でテンポを落とすことなく,グイグイと(しかし力んでいない)押してくるところも見事でした。4楽章は,まったく思い煩うことがないような澄み切った演奏でした。オーケストラものびのびと演奏しており,見事なクライマックスを作っていました。岩城さんは70歳になったばかりですが,とても瑞々しい音楽を作っていた思います。岩城さんは,「運命」を何回指揮したかわからないぐらい指揮していると思いますが,変わったことをしなくても,演奏に自然と人生が染み出て来るような境地に達しつつあるのかもしれません。

最後にアンコール(とはちょっと位置づけが違いましたが)として,同時多発テロの犠牲者のためにバッハのアリアが演奏されました。これは,丁度1年前の開館記念式典でも演奏された曲です。もう1年たったのか,と1年前のことを思い出させてくれました。演奏後は1分の黙祷となり,そのまま演奏会は拍手なしで終了しました。

個人的には,やはり演奏会の最後には,拍手をさせて欲しかったなという気がしました。このアリアは,人の心の動きを静めてくれるような曲なのですが,拍手なしだと,「運命」の高揚感が完全に冷めてしまいます。それだけ大変な事件だったことは事実なのですが...。

ホールの帰りの人ごみの中を歩いているうちに,「そういえば今日はクレーメルさんが来るはずだったのだ」と,すっかりクレーメルさんのことを忘れていたことを思い出しました。大物ソリストのキャンセルは非常に残念でしたが,OEK fanにとっては十分に満足のいく演奏会だったと思います。

(余談)この日の音楽堂は,開館1周年記念演奏会ということで,何となく華やかな雰囲気がありました。その雰囲気と「2000円払い戻し」の慌しさとがあわさって,不思議な熱気がありました。「安静が必要です」と英語で書かれた診断書のコピーが沢山貼ってある光景というのも珍しいものでした。

演奏前には,谷本石川県知事と岩城さんがステージ上で少し対談をしました。その中で「クレーメルさんはこの穴埋めをしてくれるはず」という話が出ていました。スケジュール調整は難しいかもしれませんが,是非,再度OEKと共演する機会を作ってほしいものです。

(余談2)会場で料金2000円を払い戻してもらいました(クレーメルを聞きに来た人が圧倒的に多いでしょうから,当然のことだと思います)。封筒を開けてみると...久しぶりに見る2000円札が入っていました。世の中に出回っていたんだ,とちょっと嬉しくなりました。(2002/09/13)

Review by七尾の住人さん
一夜明けての書き込みです。

昨日の石川県立音楽堂開館1周年記念コンサートへ行って来ました。

クレーメルが急病ということでどんな病気か気にしてたんですが、送られてきた診断書を見る限りでは、十分休養を取れば回復するみたいですよね。岩城さんの話にもあったように、乗る予定の飛行機がストライキのため乗れなかったりで今回は色々と悪いことが重なったのかもしれません。谷本知事の話によると、いつか埋め合わせに来てくれるみたいですからその時が楽しみです。

さて、そう言うことで急遽代理に立ったマイケル・ダウスさん、見事でした。突然の出来事であんな演奏ができるって凄いことですよね。最初のアウフバッハさんの「ゆううつな海のセレナード」は弦楽が扇型のように横一列で並び、その曲の響きがとても印象に残りました。次のチャイコフスキーの「ゆううつなセレナード」は最初と次の3曲目と違いバイオリンのダウスさんだけがソロとして入ったのですが、ダウスさんのバイオリンの印象が強く残りました。

3曲目は1曲目と同じでクレーメルさんゆかりのチェロのマルタ・スドラバさん、ピアノのアンドリウス・ズラビスさんが加わり、ベートーヴェンの三重協奏曲となりました。この曲はヴァイオリン、チェロ、ピアノとの掛け合いがとてもおもしろかったです。

そして、休憩を挟んでベートーヴェンの運命が演奏されました。それに先立つわけではないのですが、前の日に最近手に入れたカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルの運命を気になって一部聴いてみました。で、これが実は西ドイツ製(!)のLP(レコード)盤なんです。しかも中古ではなくちゃんとした新品で手にすることができたんです。金沢で購入したのですが、CDの音があまり好きにはなれない自分には嬉しい品物でした。あんまり真剣に聴いてしまうとひょっとしたら次の日が色褪せてしまうかもしれないと思い、さらりと聞き流す程度にしたのですが、結構テンポを動かした演奏だったような気がします。

で、本題の岩城さんのOEKの演奏ですが、そのクライバーの演奏をちょっとでも聞いてたせいか割とオーソドックスな演奏のような気がしました。もちろんこれは悪かったという意味じゃ決してありません。初めて生で聴く運命全曲、とても素晴らしかったです。その前の三重協奏曲の時もそうなんですが、ベートーヴェンの曲をすると曲の関係や編成のせいもあるでしょうが、オーケストラの響きがガラリと変わりますよね。よく知らないのに使ってしまう言葉ですが、ドイツ的な響きになるような気がします。その中でも時折現れるフレーズの歌い方の見事なこと!OEKの実力が十二分に発揮された演奏でした。

最後にアンコール曲として一部の新聞に発表されてましたが、「G線上のアリア」が演奏されました。演奏の前に岩城さんが、テロ事件の犠牲者に追悼の意を込めて、と述べられて演奏後静かに黙祷を捧げ、そのまま静かに解散となりました。その演奏中、最初は悲しくなってたんですが、繰り返し流された飛行機がビルにつっこむ映像が何度も脳裏をよぎり、人間が同じ人間を憎しみ殺し合うことの愚かさに何とも言えないやりきれないものが込み上げてきました。全世界の人間が、憎しみ合うことのないような世界になることを望んでやみません。(2002/09/13)