”ジョルジュ・エネスコ”ブカレスト・フィルハーモニー管弦楽団演奏会 2002/10/17 石川県立音楽堂コンサートホール 1)エネスコ/組曲第1番ハ長調,op.9〜前奏曲とメヌエット 2)チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番変ロ長調,op.23 3)(アンコール)ショパン/英雄ポロネーズ 4)チャイコフスキー/組曲第4番ト長調「モーツァルティアーナ],op.61 5)プロコフィエフ/古典交響曲ニ長調,op.25 6)(アンコール)ドヴォルザーク/交響曲第8番〜第3楽章 7)(アンコール)斎藤高順/今様 ●演奏 クリスチャン・マンデール/”ジョルジュ・エネスコ”ブカレストPO 近藤嘉宏(Pf*2)
まず,最初にこのオーケストラの冠称にもなっているエネスコの曲が演奏されました。この曲は,恐らく,このオーケストラの名刺代わりの曲なのだと思います。エネスコの組曲第1番の中の前奏曲とメヌエットの2曲だけが演奏されたのですが,とてもまとまりの良いものでした。前奏曲の方は,弦楽器のユニゾンだけでかなり長い時間,ドラマを内に秘めたような雰囲気のあるメロディが演奏されます。実に見事な弦楽合奏でした。十八番の曲なのでしょう。途中から,ティンパニが「ドロドロ」と入ってくるのですが,こういうタイプの曲はあまり聞いたことがありません。息の長いメロディが続くので,会場中が息をひそめて集中して聞いているような緊張感が高まってきました。 その頂点に達したところで,管楽器が入ってきてメヌエットに変わります(あまりメヌエット風でなかったので,前奏曲が続いているのかとも思ったのですが)。その気分転換が見事でした。その後は,田園風景を思わせる雰囲気になります。何となく,ディーリアスの曲と似た感じがあるなと思いました。この曲あたりは,編成的には,OEKでも演奏できそうなので,もう一度聞いてみたいと思いました。ルーマニア民謡を知っているわけではないのですが,何となくローカル色を感じさせてくれる良い曲だと思いました。 次のチャイコフスキーには,ソリストとして近藤嘉宏さんが登場しました。この共演は,雰囲気的には,あまり合わない気がしました。この曲の場合,オーケストラにもう少しゴージャスな響きを期待してしまいます。気のせいか,オーケストラの鳴り方もチャイコフスキーにしては悪いような気がしました。近藤さんの方は,余裕のある響きでしっかりと聞かせてくれたのですが,ちょっと淡白な印象でした。派手な曲なので,聞かせどころは見事に聞かせてくれるのですが,表情が平板な気がしました。オーケストラの響きが素朴な感じだったので,ソツなく演奏する格好良いピアノとの間にギャップを感じました。残念ながら,オーケストラとソリストの長所が,共演することで反対に短所になって聞こえてしまったような印象を持ちました。 第2楽章はスケールがあまり大きくないので,両者の良いところが出ていたと思いました。フルートやオーボエのソロの音は,かなり不安定に聞こえましたが,ピアノの方は,細かい音も綺麗に聞こえ見事でした。近藤さんの音はとても軽い感じなので,スケルツォ風の楽章にいちばん合っていたと思いました。3楽章も派手な盛り上がりはありませんでしたが,こういうまとまりの良い落ち着いたチャイコフスキーも良いかな,と思いました。 その後,近藤さんの独奏でショパンの英雄ポロネーズがアンコールで演奏されました。こちらの方は「終演後サイン会を行ないますので,よろしく」という感じでした。 後半は,チャイコフスキーのモーツァルティアーナとプロコフィエフの古典交響曲が演奏されました。考えてみると,どちらの曲も今年,OEKの定期公演で聞いた曲です。古典交響曲をメインに持ってくるのは,OEKぐらいかな,と思っていたので,ちょっと嬉しくなりました。来日公演にしては,かなり渋いプログラムだったと思います。 この2曲は,どちらも素晴らしい演奏でした。マンデールさんの本領が発揮されていたと思いました。マンデールさんは,外見は地味な感じなのですが,指揮をしはじめると井上道義さんを彷彿とさせるような指揮ぶりになり,見ているだけで楽しめました。しかも,チャイコフスキー以外は全部暗譜だったようです(遠かったのではっきり確認できていないのですが)。どちらの曲にも指揮者の愛着のようなものを感じました。 #後で調べてわかったのですが,マンデールさんも井上道義さんもチェリビダッケの弟子です。しかもほとんど同世代です。本当に共通するものがあるのかもしれません。 モーツァツティアーナの方は,もともとメルヘン的な雰囲気の漂う曲です。そのイメージをさらに拡大してくれるような演奏でした。アヴェ・ヴェルム・コルプスのしみじみとした味わいも良かったのですが,最後の楽章の変奏の多彩な表情も楽しめました。コンサートミストレスの渋いヴァイオリン・ソロも良かったし,最後に突如,大きな音で現れたクラリネット・ソロも刺激的でした。 最後の古典交響曲は,OEKの演奏でおなじみの曲です。OEKの演奏は,古典的な端正さと正統的ユーモア(?)を感じさせてくれる演奏なのですが,この日の演奏には,もっとグロテスクでブラックユーモア的な雰囲気がありました。3楽章など,確信犯的に大げさな演奏でした。第4楽章では,フルートの音がかなり強調されていました。このフルートは,どうみてもOEKの方が上手だと思うのですが,それが「下手うま風」のユーモアに聞こえました。マンデールさんの指揮ぶりは,急に両手を広げたり,ブラブラさせたりと独特のものでしたが,多彩なイメージを喚起させてくれる音楽を作っていました。 アンコールとしてまずドヴォルザークの交響曲第8番の3楽章が演奏されました。かなり意表を突く選曲でしたが,ピタリとはまっていました。アンコールで,さらりとしたワルツを聞くのは,脱力感があってとても気持ちが良いものです。このオーケストラののどかな響きにもあっていました。 さらに拍手が続いたので,2曲目のアンコールが演奏されました。こちらは,さらに意表を突くものでした。マンデールさんが「イーマヨー」と言ったので(一瞬「ヨーヨーマ」と聞こえてしまいました)何かなと思って聞いてみると,「今様」でした。まさに,「日本・ルーマニア交流100周年」という選曲ということになります。とても誠実に演奏された良い演奏でした。曲の最後に出てくる,箏の響きを思わせるハープの音も効果的で,会場からは大きな拍手が起きていました。日本人としては嬉しくなりますね。 数年前のフェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団の金沢公演の時には外山雄三の「ラプソディ」が演奏されましたが,この選曲の差に,オーケストラの個性の違いも現れているような気がしました。 ルーマニアという国は”Romania"ということで「ローマ」に関係があります。お隣のハンガリーは,アジア系ですが,こちらはラテン系の民族です。エネスコ以外では,セルジュ・チェリビダッケ,ラドゥ・ルプー,クララ・ハスキル,ディヌ・リパッティといった音楽家が出ていますが,いずれもラテン的な明晰さと東欧的な落ち着きを持っていると思います。このオーケストラと指揮者のマンデールさんにもそういう伝統が生きていると感じました。 (追記)主催者側の動員(?)があったのか,会場は異様にたくさんお客さんが入っていました。無料で入っていた人もかなり多かったようでした。そのせいか,OEKの定期公演のときとはかなり会場の雰囲気が違っていました。古典交響曲の第1楽章の後に拍手が入ったりして(チャイコフスキーの1楽章の後はもちろんですが),オーケストラの方もとまどったかもしれません。ただし,隣に座っていた夫婦などが「やっぱり生はいいねぇ」と話し合っていたのを聞いていると,ファンの開拓にはなっていたのかなと感じました。(2002/10/18) |