内藤淳子ヴァイオリン・リサイタル
2002/10/26 石川県立音楽堂コンサートホール
シューベルト/ヴァイオリン・ソナタ第4番イ長調,D.574
藤家渓子/流影(2001年委嘱作品)
ヤナーチェク/ヴァイオリン・ソナタ
プロコフィエフ/ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調,op.94a
(アンコール)エルガー/愛の挨拶
(アンコール)ドビュッシー/レントより遅く
●演奏
内藤淳子(Vn),アレクサンダー・テイラー(Pf)

Review by管理人hs
金沢出身のヴァイオリニスト内藤淳子さんのリサイタルに出かけてきました。内藤さんは1997年の石川県新人登竜門コンサートに出演したのをきっかけに,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とも数回共演しています。定期公演では,シベリウスのヴァイオリン協奏曲なども演奏していますが,金沢でソロ・リサイタルを行なうのは初めてのことかもしれません。現在は,主としてオランダで活躍されているようです。

今回,この演奏会に行こうと思ったのには,いくつか理由があります。(1)藤家渓子さんに依頼した曲を含め,プログラムに聞き応えのある曲が並んでいた点,(2)音楽堂コンサートホールでリサイタルを行おうという心意気,(3)地元出身の音楽家を応援したい,という3点です。さすがに音楽堂の座席は完全に埋まっていませんでしたが(3階は使っていなかったようです),どの曲もとても完成度の高い演奏で,地元金沢の聴衆に大きくアピールをすることができたと思います。

最初に演奏されたシューベルトのヴァイオリン・ソナタ第4番は二重奏曲とも呼ばれている曲です。緩−急−緩−急の4楽章から成る曲ですが,特に最初の楽章の美しいメロディは,大変シューベルトらしく印象的です。内藤さんの音は,スリムできっちりとした安定感があります。華やかさはないのですが,音自体から内容が感じられ,じっくりと聞かせてくれます。音は軽いけれども浅い感じがしません。全体にクールな感じで,シューベルトの室内楽の持つ,家庭的な雰囲気はあまりなかったのですが,古典的な均整のある演奏でした。繊細な歌いまわしの味わえる緩やかな楽章で特に良さが出ていたと思います。

内藤さんは,非常に真面目な雰囲気があり,華やかなヴィルトーゾ風の曲はあまり演奏しない感じですが,今回の選曲にも相当なこだわりが感じられました。20世紀の曲や同時代の作品を取り上げている点で,クレーメルなどに通じるプログラミングだったと思います。それが顕著に表われていたのが次の藤家さんの曲です。

この曲は,内藤さん自身が藤家さんに依頼して作られた曲です。若いヴァイオリニストが自分のための作品の作曲を依頼するというのは,大変素晴らしいことだと思います。曲の方は,「現代音楽」には違いないのですが,前衛的な感じはせず,どこかドビュッシー,ラヴェルなどのフランスの室内楽の流れを感じさせてくれる曲でした。単一楽章の曲なのですが,いくつかの部分に分けることができそうでした。高音のフラジオレットがあったり,不思議なグリッサンドがあったり,「おっ」という感じで技巧的に聞かせてくれる箇所もありました。演奏の方もシューベルトの時より,のびやかさがあり,変化に富んでいました。他の曲との取り合せも良かったので,今後,内藤さんの大切なレパートリーとして繰り返し演奏されていく曲になることでしょう。

演奏後,客席から和服を着た藤家さんが登場しました。藤家さんは,以前,OEKのために「恋すてふ」というギター協奏曲を書かれたことがありますが,その辺りから和風に凝られているのかもしれません。

演奏会の後半は,20世紀の曲が2曲演奏されました。ヤナーチェクのソナタは近年,非常によく演奏される曲です。私自身,この曲を生で聞くのは矢部達也さん,諏訪内さんに続き3回目です。冒頭は,まさに日本的なのですが,内藤さんは,非常にすっきりとした速いテンポで演奏しており,キレの良さがありました。情緒たっぷりにも演奏できそうな曲ですが,甘さのなさが内藤さんの持ち味だと思いました。それでいて,ところどころ優しい歌が出て来るのも魅力です。最後の楽章では弱音器が面白い効果を出していました。弱音器による音色の変化は実演で聞く方が楽しむことができます。この楽章は,ショスタコーヴィチの曲などを思い出させてくれるような無気味な雰囲気があります。もっと恐怖感があっても良いかなとも思ったのですが,冷たさよりは,懐かしさを感じさせてくれるのも魅力的かなと思いました。

最後のプロコフィエフのソナタは,元々がフルート・ソナタだけあって,メロディラインの美しさが魅力的です。内藤さんのスリムな音は,叙情的で鋭敏な感じのある20世紀の作品には特にふさわしいと思いました。反面,第2楽章,第4楽章などはもっとダイナミックなあっても良いかなと思いました。この日は,会場にかなり空席があった上,ステージ上の反響板が上がったままだったので,音がホール内に拡散してしまうようなところがありました。その辺も影響していたかもしれません。金沢市アートホール辺りで聴いていたらまた別の印象を持ったかもしれません。この日のピアノ伴奏は,アレクサンダー・テイラーさんという方でした。それほど目立つところはなく,内藤さんのヴァイオリンをバランス良く支えていました。柔らかい音色も魅力的でした。

演奏後,小さい子供さんから花束の贈呈があった後,アンコールは2曲演奏されました(恐らく,内藤さんが子供の頃通っていたヴァイオリン教室の生徒さんだったのではないかと思います。)。エルガーの曲は,全体にすっきりとした軽さと透明感に溢れていました。ちょっとしたポルタメントも良い味になっていました。音を聞くだけで,高いところを目指しているヴァイオリニストだなと感じさせてくれる演奏でした。2曲目のドビュッシーは,「レント」ほど遅くはなかったですが,揺れとキレが共存した魅力的なワルツになっていました。

内藤さんの演奏からは,「いちずさ」を感じました。お客さんに媚びず,乱れたところのない演奏は,大変立派だと思いました。ベテラン演奏家から感じられるようなリラックスした雰囲気はなかったのですが,私にとっては,今後応援していきたい演奏家の一人になりました。(2002/10/26)