オーケストラ・アンサンブル金沢スペシャル・コンサート
2002/11/06 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ショパン/即興曲第4番嬰ハ短調,op.66「幻想即興曲」
2)ショパン/ポロネーズ第3番イ長調,op.40-1「軍隊」
3)モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ホ長調,K.595
4)(アンコール)ラフマニノフ/10の前奏曲〜ニ長調,op.23-4
5)(アンコール)プーランク/3つの小品〜第3曲「トッカータ」
6)モーツァルト/交響曲等41番ハ長調,K.551「ジュピター」
7)(アンコール)モーツァルト/交響曲等40番ト短調,K.550〜第3楽章
●演奏
ギュンター・ピヒラー/Oens金沢(3,6,7)
スタニスラフ・ブーニン(Pf*1-5))
アビゲール・ヤング(コンサート・ミストレス)

Review by管理人hs   Pf.さんの感想|かずさんの感想mayumiさんの感想
七尾の住人さんの感想かきもとさんの感想tatsuyatさんの感想
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,10月の下旬,中国に演奏旅行に出かけていましたので,石川県内で演奏会を行なうのは,約1ヶ月ぶりということになります。私のような熱烈な「OEKファン」にとっては,わずか1ヶ月のブランクでも結構長く感じてしまいます。

今回の演奏会は,石川県立音楽堂開館1周年記念イベントの一つの「スペシャル・コンサート」でした(料金の方もスペシャルでしたが)。目玉となるのは,1985年のショパンコンクールで優勝して以来,日本を中心に絶大な人気を持つピアニスト,スタニフラフ・ブーニンとピヒラー指揮OEKとの共演です。前半は,オーケストラの演奏会としては珍しく,ピアノ・ソロの曲が入っていたので,出かける前は「ブーニンのための演奏会?」という印象を持っていたのですが,終わってみれば,OEKもブーニンも堪能できる充実した演奏会となりました。

お客さんも超満員でした。この日は,パイプ・オルガンの前や,客席の通路にもかなりの補助席が出ていました。パイプ・オルガンの前付近は,サントリー・ホール型のホールでは通常でも使われている座席ですが,石川県立音楽堂で使われるのは初めてのことかもしれません。お客さんが,その場所までどうやって行ったのかが不思議ですが,一度行ってみたい場所ではあります。チケットの発売数が座席数より多いのも妙ですが,これもブーニン人気を反映しているのでしょう。

前半は,ブーニンさんを中心としたステージとなりました。まず,ピアノ・ソロでショパンの曲が2曲演奏されました。ブーニンさんが登場するとステージ上の照明が落とされ,ピアノ周辺を照らすスポット・ライトだけになりました。ピアニストの中には,暗くするのを好む人が結構多いようですね。1年前のアファナシエフのリサイタルを思い出しました。ブーニンさんの雰囲気は,相変わらず「何を考えているのかわからない」ような感じなのですが,以前よりいくぶん柔らい雰囲気になったような気がします。音色の方にも,意外に柔らか味を感じました。とはいえ,全体の雰囲気には甘さはなく,硬質でクールな音色が特徴だと思いました。

幻想即興曲では,最初と最後の速いパッセージが見事でした。軽いけれども唸りをあげるような迫力を感じました。有名な中間部は甘い雰囲気にならず,深く沈思するような感じでした。優しさよりも強さを感じました。曲の最後の深く沈みこんでいくような味も見事でした。

次の曲は,軍隊ポロネーズでした。当初は英雄ポロネーズが演奏されるはずでしたが,どういうわけかこの曲に変更になりました。英雄ポロネーズの方は,いろいろなピアニストのアンコール・ピースとして何度も聞いたことがあるので,個人的には軍隊ポロネーズに変更になってかえってよかったと思いました。

この曲は意表を突く遅いテンポの弱音で始まりました。「ポロネーズ=力強い」という印象を持っていたので「一本取られた」と感じました。こういう雰囲気だと,優雅な民族舞曲風の味が生きてきます。主題が繰り返しを重ねるうちに,次第に力強く盛り上がり,巨大なスケール感が漂ってきます。遅いテンポで一貫しているのですが,きりっと締まった音色で,しかも考え抜かれて演奏されているので,退屈することはありません。この2曲を聴いただけで,この人の表現の多彩さには,文字通り天才的なものがあるなと感じました。

続いて,OEKのメンバーが入ってきて,モーツァルトの協奏曲が演奏されました。こちらの方は曲の性格もあるのか,かなり淡白な感じでした。クールで冷静な雰囲気で一貫していましたが,やはりカデンツァあたりになると自在な雰囲気になります。ピヒラーさん指揮OEKの方にもキリっとした明確さがありました。冒頭の弦の柔らかい響きに続いて,管楽器の合いの手が入るのですが,そのメリハリの利いた目の覚めるような鮮明さは見事でした。モーツァルトの曲に漂う愉悦感はあまりなかったのですが,こういうクールな演奏には別の味わいがあります。第2楽章なども暗さが漂っていました。第3楽章もキレの良さがありましたが,無邪気な雰囲気というのとは少し違っていたと思います。私は,この楽章の終盤が大好きなのですが,この辺では,OEKの伴奏はとても柔らかなムードを出しており,とても良い対比を作っていたと思います。

盛大な拍手が続き,アンコールが2曲演奏されました。どちらも初めて聞く曲だったのですが,いずれも会場のお客さんが大喜びするような見事な選曲でした。最初に演奏されたラフマニノフの前奏曲は,中音域の強い音が主旋律を演奏し,次第に大きく盛り上がり,またもとの雰囲気に戻るよう曲で,ロマン派的な雰囲気の漂う曲でした。ブーニンさんの音自体に芯の強さがあるので,大変聞き映えがしました。

お2人がカーテンコールで出入りを繰り返しているうちに,ピヒラーさんの方は打楽器奏者の席に着席してしまい,「2曲目のアンコールをどうぞ」という体制となりました。次に出てきたプーランクの小品は,鮮やかなヴィルトージティの発揮される曲でした。打楽器的な打鍵がとても美しい見事な演奏でした。この日の演奏を聞く限りでは,ブーニンさんは,ソロで後期ロマン派〜現代の曲を演奏する方がピッタリくるかな,という印象を持ちました。

後半は,ピヒラー指揮のOEKのみで,モーツァルトのジュピターが演奏されました。当初は,ブーニンさんを立ててピアノ協奏曲27番が後半に来ることになっていたのですが,結果的にはジュピターがメインで大正解だったと思います。それほど素晴らしい演奏でした。ピヒラーさんの表現意欲にOEKが敏感に反応した,稀にみる名演になっていました。1楽章も4楽章も(多分2楽章も?)呈示部の繰り返しをしていたので,全体で40分近くかかっていましたが,それでいて,全然退屈することがなく,強く緊迫した響きが一貫していました。さすがピヒラーさんだと感じました。

第1楽章の冒頭からして個性的でした。速く締まったテンポでビシっと始まった後,ちょっと間があり,急に柔らかなムードに切り替わるのがとても新鮮でした。この日のティンパニは,非常に充実した音で素晴らしかったと思います。低弦と打楽器がビシっと揃って,重量感と迫力のあるフォルテを出していました。その後に来る,弦の響きも見事でした。ピヒラーさんが指揮をすると,弦はとてもスリムな響きになるのですが,室内楽を聴くような鮮やかな強弱の対比がとても良く出ていたと思います。トランペットなどもかなり強調して演奏しており,全体にメリハリがとてもよく利いていました。

第2楽章は,冒頭の弱音器付きの弦楽器の響きも美しかったのですが,随所に出てくる翳りのある響きもとても魅力的でした。繰り返しをしていたせいか,このままずっと浸っていたい気分になりました。第3楽章は,前の2つの楽章に比べると,ほっとできる雰囲気がありました。それでも,中間部の短調になる辺りのシリアスさには,ぐっと耳を引き付けられました。

第4楽章は,とても速いテンポでオーケストラも大変そうでしたが,それだけにクライマックスらしい迫力が出ていました。フーガの部分もとても鮮やかに演奏されており,大変立体感がありました。ピヒラーさんの作る音楽には,常に厳しい雰囲気が漂っているのですが,こういう曲だと,その厳しさが熱気となって客席まで伝わってきます。最後は,スローダウンして終わるのですが,本当に息を抜く間もないような充実した演奏だったと思います。ピヒラーさんは,常に強い表現意欲を持っているのですが,アビゲール・ヤングさんをリーダーとするOEKは,それに敏感に反応し,希に見る真剣味の漂うモーツァルトを作り出していました。

演奏後は,「ブラボー」の声が飛び交い,ブーニンさんの時に劣らないほどの盛大な拍手が続きました。この演奏会には,「ブーニンを聞きたい」というお客さんが大勢集まっていたと思うのですが,この素晴らしいジュピターは,OEKの格好の宣伝になったと思います。

アンコールには,モーツァルトの交響曲第40番の第3楽章が演奏されました。通常,アンコールには,リラックスした雰囲気のある曲が演奏されるのが普通ですが,そこに短調のメヌエットを持ってくる辺りはピヒラーさんらしいところです。演奏の方も非常に厳しく,ビシっとしまっており,「全曲を聴いてみたい」と思わせるものでした(ちなみにこの日のOEKの編成にはクラリネットは入っていませんでしたので,「クラリネット無し版」の40番ということになりました(通常の版との違いはわからなかったのですが)。)。

OEKにとってのモーツァルトは,もっとも基本的なレパートリーなので「良くて当然」といったところもあるのですが,この日は満席だったこともあり,演奏後すっかり気分が高揚しました。帰り際,駐車場のどこに,車を留めたかを忘れてしまうくらいでした。何とか思い出すことはできましたが,これからピヒラーさんの演奏会の時は駐車場所をメモしておく方が安心できそうです。

PS.この日と同じプログラムの演奏会が新潟市でも行なわれました。実は11月7〜8日にかけて仕事で新潟に行く用事があったのですが,余った時間を使って会場のりゅーとぴあを見てきました。以下,その時撮影してきた写真をお見せしましょう。

(参考)りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)の写真
りゅーとぴあの外観です。このホールは,信濃川沿いにある白山公園という公園のすぐそばにあります(ちなみに近くに白山神社という神社もありましたが,これは石川県にある白山ヒメ神社の親戚(支社というのだろうか?)だと思います)。ホール以外にも体育館,陸上競技場,県民会館など,いろいろな施設が集中している地区でした。この建物の形を見てもわかるとおり,卵型を基調としたデザインがされています。付近の道路もみんな,卵型なので目がまわりそう(?)でした。
中に入ってみました。中もやはり,流線型が目立ちました。この辺りには,これから行なわれる公演のポスターがずらりと並んでいました。先週ならば,アンサンブル金沢のポスターも貼ってあったのかもしれません。木を使った内装が良い雰囲気を出しています。
レストランと喫茶のコーナーを撮影したのですが,この写真ではよくわかりません。大変広々とした雰囲気がありました。ガラスの外には信濃川が見えます。外観及びロビーの雰囲気は石川県立音楽堂よりは豪華かもしれません。そのうち機会があれば,ホールの中にも入ってみたいものです。
(2002/11/08)

Review by Pf.さん
昨晩は本当に楽しい充実したコンサートでした。

>ブーニンさんのピアノも素晴らしかったのですが,今日の演奏会は後半のジュピターがすごかったです。

同感です。日曜日の邦楽との演奏会も楽しみです。

>1楽章も4楽章も(2楽章も?)呈示部の繰り返しをしていたので

そうなんですか、ピアノのパートに同じ旋律が出てくると思ったのですが、そうだったら、ピヒラーさんはすごい人ですね。ずっと、集中して聴けましたから。

ブーニンさんは期待どおりの演奏で満足でした。個人的に昨年度のショパンコンクールの優勝者の中国のリーさんの演奏が好きなのですが、誰もが知っている曲なので、色々と弾き方が違うものだなと思いました。リーさんは若者らしく、情熱的なショパンだと思います。ブーニンさんの印象は歩く姿勢の良い人だなと思いました。音楽性とは関係ありませんが。

OEKのアンコールの曲もよかったです。(2002/11/07)

Review by かずさんの感想
>今日の演奏会は後半のジュピターがすごかったです。

全く同感です。聴きなれた曲なので余計にそう思いました。私の左隣の席の男性は演奏の途中、本当にうっとりとした表情で聴いておられました。(私はどこを見ているのか?)みんな満足してるんだなと思っていたのですが、演奏が終わったあと「ブラヴォー!」と叫んでおられました。

> ブーニンさんの方も素晴らしい演奏でした。どちらかというと協奏曲よりもソロの曲の方が強く印象に残りました。アンコールで弾かれたラフマニノフとプーランクの小品2曲も見事で,前半,後半ともに大満足の演奏会でした。

ソロをもっと聴きたい!と思いました。リサイタルに行かないとだめですね。私は3階でしたが、そこからでもブーニンさんの背の高さ、指の動きの速さがとてもよくわかりました。

昨日は、高岡や富山からも行かれた方が多かったようです。帰りのJRで、公演のパンフレットを持った方をいつもより多く見かけました。これもうれしいことです。 (2002/11/07)

Review by mayumiさん
後半のジュピターが最高。好きでも嫌いでもなかったモーツァルトの曲を突然好き!と思わせてくれたすばらしい演奏でした。仕事帰りの演奏会でモーツァルトを聞くととても気持ちよくって)うつらうつらしてしまう私がこんなにのめり込んで聞くなんて。(聞いてる間中、脳裏には「モーツァルトってやっぱり天才だったんだ」という言葉が駆けめぐっておりました。(今更?)

ブーニンさんの演奏もよかったです。私は特にラフマニノフが。

ブーニンさんのアンコール演奏を聞いて(それも舞台に残って)拍手するビヒラーさんのとてもうれしそうな様子。それがジュピターの演奏に反映したんでしょうか。今までなら都会での演奏会でしか聞けない演奏が地元の、それも素晴らしいホールで聞けるようになったことに感謝してしまいます。

惜しむらくは、アンコール直前の携帯の音。私がいた席の近くだったと思います。
時間の確認に電源を入れる人がよくいますが、演奏会が終わるまでは電源を入れて頂きたくないですね。緊張感がそげて空気が変わってしまったように思いました。 (2002/11/07)

Review by七尾の住人さん
最近忙しく、遅れての書き込みです。

プログラムが変更になり、前半にブーニンさんのピアノ、後半にモーツァルトのジュピターが組まれましたが、結果論で言うと見事にはまったプログラムとなりました。

ブーニンさんのピアノはさすがと思わせるものでした。個人的には英雄ポロネーズが外れたのは非常に残念でしたが、どの曲も音の表情がとても豊かでした。モーツァルトの協奏曲の後、アンコールに2回応えてくれたわけですが、指揮者のピヒラーが空いていたトランペットの席に座り、アンコールと要求していた姿はとてもほのぼのしかったです。

さて、今回の目玉の前半が終わり、後半のジュピターへ入ったわけですが、私はある程度は期待していました。というのも、去年の七尾の公演で同じくピヒラーさんの指揮でモーツァルトの第40番がとても素晴らしかったからです。

しかし、今回のジュピターは想像以上のものになりました。とにかく凄かった。手に汗握るという表現がぴったりくるかわかりませんが、とても力強い演奏でした。聴きながら、この演奏はまさしくロックに通じるものがあったような、いや、もしかしたらロックだったのかもしれません。演奏が終わった後、思わず声が出たのですが「ブラボー」ではなく「ワァー!!!」と言葉になっていませんでした。

この様な素晴らしい演奏の時は立ち上がりたいものですが、自分の大切な荷物があって立ち上がれませんでした。

教訓・・・演奏会の時は、なるべく荷物を少なく手ぶらに近い状態にしておいたほうがいい様です。(2002/11/09)


Review by かきもとさん
アンサンブル金沢のステージにピアノのブーニンさんやチェロのヨーヨー・マさんというという超大物クラスのソリストが登場するスペシャルコンサートということで、大枚をはたいてチケットを入手していたのですが、その第一弾となった11月6日のコンサートは、結果から言うとピヒラーさんが指揮するアンサンブル金沢による『ジュピター』交響曲の希有の名演ぶりが強烈に記憶に焼き付けられることになりました。ピヒラーさんの紬ぎ出すMozartは、基本的にはビブラートを抑えた疑似古楽奏法なのですが、アクセントの強さばかりが気になるよくあるタイプの古楽奏法ではなく、随所にハッとするようなユニークなフレージングを盛り込みながらも、曲の流れの良さを決して失わず、またアインザッツの見事さも特筆すべきほどで、おそらくアンサンブル金沢の演奏史上長く語り継がれることになると思います。

アンサンブル金沢には、既に名シェフである岩城さんの指揮による、オーソドックスな現代奏法によるMozartの交響曲選集のライブ録音によるCDがあるのですが、ピヒラーさんの徹底した新解釈によるMozartも是非録音してほしくなりました。もし実現すれば充分に存在価値があるのは言うまでもないことで、今までにも増してアンサンブル金沢の力量の高さを全国にアピールすることができると思います。

この日の演奏会は、もちろんピアノのブーニンさんを主役にもり立てたものでしたから、ショパンの華やかな有名曲が2曲演奏されたブーニンさんのソロのステージも聴き応えがありましたし、ショパンとはうって変わって硬質でクリアな音色でMozart最後のピアノ協奏曲を披露したステージも素晴らしいものでした。今回は3階の左翼側のシートだったので、ブーニンさんの打鍵をよく見ることができた上に音響効果の点でも全く遜色はなく、安価な席の割りには非常にラッキーでした。県立音楽堂はピアノの入る演奏会では、左翼側の天井桟敷がおすすめかも知れません。

ブーニンさんの演奏では、プログラムの曲もさることながら、アンコールで演奏されたラフマニノフの前奏曲とプーランクの見事さの印象が強かったくらいでした。

ちなみに、この日のプログラムは当初、ポスター等によるとMozartのピアノ協奏曲第26番『戴冠式』とアナウンスされていたように記憶しているのですが、いつの間にか変更になったようですね。私個人的には、曲としての魅力は27番の方が数段勝っているように思うので、この変更は大歓迎でした。

今日は、ロイヤルコンセルトヘボウのコンサートですね。私は行けないのですが、この名オーケストラが県立音楽堂でどう響くのか興味があります。皆様のレポートが楽しみです。そして15日は待ちに待ったヨーヨー・マさんの登場ですね。(2002/11/12)


Review by tatsuyatさん
書き込みが遅くなりましたが、ブーニン+ピヒラー・スペシャル公演に私も行きました。

ブーニンと言えばもう大分昔になりましたが、ショパン・コンクール優勝のときの、昨年のユンディ・リーとは比べものにならないくらいの日本での大フィーバーが思い起こされますが、今の大学生くらいの年齢ではヨーヨーマは知っていてもブーニンは知らないらしいです。CDは何枚か持っていますが、恥ずかしながら生で聴くのは初めて。随分変わっているのかと思いきや、しかしあのショパン・コンクールの時のきらめくような鋭い演奏、ユニークな表現は昔のままでした。
ゆっくりとしたテンポから始まる軍隊ポロネーズが、特にユニークな解釈でおもしろく聴けました。アンコールのプーランク「トッカータ」の鋭いタッチ・超絶技巧などは、ブーニンの面目躍如といったところでしょうか。
しかしその反面、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番ではその硬質な鋭さをもった個性が余り曲調に合っていないような感じで、モーツァルト最後のピアノ協奏曲ということでこちらが普段諦念に満ちたゆっくりとしたテンポの演奏を好んで聴いているせいかもしれませんが、少し居心地の悪さを覚えました。

正直言って、せっかくブーニンが金沢に来てくれたのだから、いくら前半に独奏があるとはいえ、どうぜなら協奏曲を2曲やってくれればよいのに・・・、とはじめは虫のよいことを思っていたのですが、最後の「ジュピター」は本当に吃驚するぐらいの、素晴らしい名演でしたね。ピヒラーの指揮ではハイドンもよい演奏でしたが、モーツァルトでこれほどまでに名演奏を繰り広げるとは予想外の喜びでした。

全体的にフレージングの踏み込みが大胆なほど強烈で、表現意欲が漲っており、第1楽章などもテンポは遅くないのにリズムがしっかりしているせいか、堂々としたジュピターになっていました。僕の印象・考えでは、古楽奏法あるいは疑似古楽奏法とはちょっと違って、喩えて言えば、ピヒラーのアルバン・ベルクQの、あの切り込みの鋭い表現がそのままOEKに導入されたような感じに受け取られました。ピヒラー指揮の時は、心なしか弦楽部が普段よりも意欲的に演奏しているように感じられるのですが、今回もフレージングの頭の入り方が特に鋭く、厳しささえも感じさせる演奏を引っ張っていました。
また8型の小編成のオーケストラですから、OEKの演奏では往々にして埋もれがちな内声部等がはっきりと聞こえハッとさせられることが多いのですが、今回の演奏では木管や金管も含め、各パートが素晴らしい演奏を聴かせてくれたと思います。フィナーレもあれだけ早いテンポだと木管なんかは大変だと思うのですが。
欲を言えば、オーケストラが両翼配置であれば、フィナーレのポリフォニックな箇所が更におもしろく聴けたのではないかと思われます。

私が聴いたまだ数少ないOEKの公演の中でも、特筆すべき名演だったと思います。アンコールの第40番の第3楽章も良かったので、本当にかきもとさんのおっしゃるように、ピヒラー指揮のモーツァルト・シリーズを期待したくなるところです。(2002/11/13)