ヨーヨー・マ&オーケストラ・アンサンブル金沢スペシャルコンサート
2002/11/15石川県立音楽堂コンサートホール

1)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲
2)ハイドン/チェロ協奏曲第2番ニ長調,Hob.VIIb:2
3)モーツァルト/交響曲第35番ニ長調,K.385「ハフナー」
4)シューマン/チェロ協奏曲イ短調,op.129
5)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調,BWV.1012〜第4曲サラバンド
●演奏
ヨーヨー・マ(Vc*2,4,5)
岩城宏之/Oens金沢(1-4)
アビゲイル・ヤング(コンサートミストレス)
Review by管理人hs かきもとさんの感想
石川県立音楽堂開館1周年記念シリーズの締めくくりは,現代のクラシック音楽家の中でも屈指の人気を誇るヨーヨー・マさんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とが共演するスペシャルコンサートでした。この演奏会は,シリーズの中でも最も人気のあった公演で,会場には「完売御礼」の張り紙がしてありました。また,予想どおり,パイプオルガンの前の席も含め,補助席がたくさん出ていました。これもすべて,ヨーヨー・マさんの人気のおかげです。

演奏された曲目のせいか(それと,ロイヤル・コンセルトヘボウの後というせいもありますが),マさんの演奏は,かなり地味な響きに聞こえましたが,弱音に対するこだわりととても息の長い歌があふれ,大編成の曲を聞くのとは別の魅力がありました。

まず,金沢初登場のヨーヨー・マさんへの期待の中,マさんを歓迎するかのように「ドン・ジョヴァンニ」序曲が演奏されました。シンプルで飾り気のない演奏でしたが...残念ながら印象は飛んでしまいました。

続いて,主役のマさんが,おなじみの明るい笑顔で登場しました。そのストレスが全然たまっていないような突き抜けたような人懐っこさは,この人の作る音楽の天性の明るさを象徴しています。「クラシック=堅苦しい」というイメージをその存在全体で否定しているようです。

ハイドンの協奏曲が始まりました。マさんは,オーケストラ伴奏の最初の部分から演奏に参加していました。以前,OEKの定期公演に登場したマリオ・ブルネオさんのハイドンの時もそうでしたが,オーケストラとのアンサンブルを非常に楽しんでいる様子がとてもよくわかりました。チェロ奏者というのは基本的にアンサンブル好きなのかもしれません。

1楽章のテンポはとてもゆっくりと穏やかなものでした。まさに「アット・ホーム」でした。マさんは,OEKの奏者の一人一人とコミュニュケーションを取りながら演奏しているようでした。あれほど各奏者の方を見ながら演奏している独奏者を見たことはありません。特にコンサートマスターのヤングさんの方をよく見ていました。アイ・コンタクトというレベルではなく,「ジーッ」と,しかも,例の「ニコニコ」の顔で見ていました。この笑顔を受ける団員の方にも何となく微笑みが溢れていたようでした。

というわけで,独奏チェロが入ってくる前にすでに,マさんの世界になっていました。チェロは,意外なほどの弱音で入ってきました。非常に繊細な音で,遠慮がちに登場という感じでした。この曲は,高音部が非常に目立つ曲なので,マさんの高音のしなやかさと安定感が特に光っていました。荒々しいところは皆無で,苦しげな雰囲気が全然ないのも見事です。非常に息の長いメロディの歌わせ方にも特徴があります。これ見よがしの迫力で聞かせるわけではないのですが,いつの間にか,自分の世界にぐっとお客さんを引き付けるような魅力を持っていました。カデンツァも見事でしたが,メカニカルなところはなく自然な音楽になっていました。

第2楽章も遅いテンポでじっくり聞かせてくれました。そんなに厚い音ではないのですが,濃い味がありました。ここでは息の長い歌わせ方がさらに生きており,OEKと一体となって親密な世界を作っていました。中間部の暗い部分になるとマさんの表情も暗くなるのですが,その表情と音楽とが一体になり,静かで穏やかなドラマを作っていました。

第3楽章は一転して爽快な世界になります。この楽章も1楽章同様高音が続出して技巧的に難しいのですが,その辺の難しさを全く感じさせない演奏でした。フレーズの最後の方で急に音を大きくしたりして,ちょっとユーモアを感じさせる天衣無縫さもありました。

マさんは,自分のやりたいことをやりながら,基本的にはアンサンブルを重視しており,全体として大変よくまとまった演奏になっていました。マさんは,室内楽のCDもたくさん出していますが,共演者との仲間意識を非常に強く持っているようです。そういう面で,初顔合わせの室内オーケストラとの共演は,マさんにとってもとても楽しいことだったのではないか,という気がしました。

演奏後は,岩城さんや弦楽器のトップ奏者と握手を交わし,「明るい笑顔の共演」ととなりました。

後半は,まずモーツァルトのハフナー交響曲が演奏されました。ピヒラーさんとブーニンさんの共演の時は,ジュピターがメインになったのですが,今回は,こちらが「前座」になりました。そのせいか,比較的控え目の演奏だったようでした。個人的には,交響曲が最後に来るプログラミングの方が好きなのですが,ハフナーが最後というのもちょっと軽い気がしますので,今回の並びで良かったと思います。非常にかっちりとまとまった演奏で,十分に聞かせながらも,次に登場するマさんへの期待をさらに広げてくれるような演奏でした。

最後のシューマンは,ハイドンとは一味違った世界でした。ありきたりの言葉ですが,「幽玄さ」を感じました。暗く沈みこんで行く感じではないのですが,夢うつつをさまようような幻想的な感じが出ていました。第2楽章は特に聴きものでした。この楽章では,オーケストラのチェロ奏者との重奏があるのですが,非常によいムードでした。OEKのカンタさんとの「夢の二重奏」ということになりました。弦楽器のピチカートの上に控え目な感じでチェロ二本がハモルのはとても神秘的でした。第3楽章はがっちりした感じの伴奏に乗って進むのですが,この辺はちょと力みがちかなと感じました。この曲は,演奏会の最後の曲としては,やや小ぶりなので,盛り上げようという意識が強かったのかもしれません。チェロの協奏曲自体少ないので,室内オーケストラでチェロ奏者をメインにする場合は,この辺が難しいと思います(今回の来日公演中,東京交響楽団との公演では,ドヴォルザークのチェロ協奏曲がメインになっていましたが,やはり,その方が演奏を締めるには相応しいでしょう)。

演奏後は,やはりカンタさんとがっちりと握手を交わしていました。拍手が盛大に続き,この前のピヒラーさんの時と同様に岩城さんが「ステージ上の聴衆」として椅子に座ると(空いた椅子がなかったので第1ヴァイオリンのトロイ・グーキンズの椅子に一緒に腰掛けていらっしゃいました),アンコールが演奏されました。

演奏されたのは,バッハの無伴奏チェロ組曲第6番のサラバンドでした。これが絶品でした。ホールの空気そのもののような透明感のある音色でした。ソロだとマさんの音の軽やかさがより鮮明と出ると思いました。音を出していながら,「間」「静けさ」を強く感じさせてくれました。先入観があるせいかもしれませんが,やはりこの辺には東洋的な美意識が根底にあるような気がしました。

演奏後はサインをもらおうと楽屋口に行ってみたのですが...やはり超大物ということか,岩城さんたちとタクシーに乗ってすぐに香林坊方面に向われたようです。岩城さんから,きっと「また金沢に来てほしい」と言ってもらえたのではないかと思います。チェロの場合,協奏曲のレパートリーに制限がありますので,今度は,是非金沢でリサイタル(orOEK奏者との室内楽)などを行なって欲しいものだと感じました。(2002/11/16)

Review byかきもとさ
●からだ全体で音楽を語るヨーヨー・マさん
ヨーヨ・マさんのスペシャルコンサート、やはり期待通り素晴らしいものでした。各階の通路やパイプオルガンの演奏席に設けられた補助席も含めて今回も満席となった県立音楽堂でヨーヨー・マさんの登場する特別演奏会が行われました。先のブーニンさんの時は、終わってみればピヒラーさんの個性的な解釈によるMozartのジュピター交響曲の印象の方が強くなってしまいましたが、今回ばかりはアンサンブル金沢も完全に脇役に回ったという印象でした。

ヨーヨー・マさんがソリストとして登場する協奏曲が2曲という贅沢なプログラムでしたが、爽やかでなめらかな音色でさっそうと弾ききったハイドンと、内省的でチェロと管弦楽のための幻想曲といった雰囲気を漂わせたシューマンは、ある意味では非常に対照的であり、そんな2曲が前半と後半に配置されていて、なかなか贅沢なプログラムだったように思いました。

ハイドンの第2番の協奏曲では、オーケストラによるイントロが始まるや、ヨーヨー・マさんはさっそくオーケストラのチェロのパートを弾き始めました。協奏曲のソリストがオーケストラの自分の楽器のパートを一緒に弾くというのは、私の記憶ではかなり珍しいことだと思います。最初は軽い腕ならしかなと思ったのですが、ご自分のソロのパートがお休みの間は終始楽しそうに弾いておられました。

素敵だったのはヨーヨー・マさんの表情と弾きぶりです。絶えず自分に向かって右側の第1ヴァイオリンのグループと、向かって左側のビオラ、あるいは少し斜め後ろに位置するチェロのグループにまで広範囲に体を向け、豊かな音楽性を感じさせるボウイングと音楽を体現するのが楽しくてたまらないという表情で、オーケストラのメンバーをリードしているようでした。

ハイドンの場合、オーケストラのチェロパートはほとんどバス(低音)の進行の役割を担っているだけなので、このような二役も楽々とこなせるのでしょうか。でもそのおかげで、ソロが登場する前からすっかり、ヨーヨー・マさんの作り出す『みんなで音楽をやろう!』というような楽しげな雰囲気ができあがっていました。

ヨーヨー・マさんのチェロは何というなめらかで上品な音色でしょう!ひとつひとつのフレーズの隅々にまで行きわたった歌い込み、それにもかかわらず曲想が停滞するような印象は皆無の流れの自然さ、弱音のあくまでピュアな美音、そして大型楽器にありがちないくらか鈍重な感じなど微塵も感じさせない細かいパッセージの動き、何をとってもこの楽器の名実ともに第一人者の名にふさわしいステージ姿でした。

よくチェロの音色は最も肉声に近いなどと例えられるのですが、ゆっくりとした息の長いメロディを歌い込んだ第2楽章などはまさにその例えにふさわしく、高音域から低音域まで全ての音符がヨーヨー・マさんの弓の動きからよどみなく、きめのこまかいクリームを思わせるような音色で、実に自然に鳴りきっていました。

シューマンの協奏曲は、華やかなソロとオーケストラの掛け合いという普通の協奏曲には備わっていて当たり前の重要な要素が半ば欠落したような曲想なので、晦渋で盛り上がりに欠けるところがあり、プログラムの最後に持って来るのは実は大変勇気のある選択だったと思います。祝典的な色彩の強い『ハフナー』交響曲を最後に持っていく手もあったと思います。しかし、この日の主役はあくまでもヨーヨー・マさんということで、プログラムの曲順になったのでしょう。

シューマンではハイドンと違って、ヨーヨー・マさんもオーケストラのチェロパートを楽員と一緒になって弾くことはされませんでした。それだけソリストとしての役割に全力を投入されていたのでしょう。曲自体の散漫さを補ってあまりある歌を聴かせてくれました。

曲が終わると指揮者の岩城さんと仲良く肩を組んで何回もカーテンコールに応えたり、楽員の労をねぎらって主だったメンバーと親しげに握手を交換したりする姿が好ましく、ヨーヨー・マさんの快活なお人柄をうかがい知ることができました。

本当に演奏が見事だったのは言うまでもないことですが、さらにそれに加えて、目で、顔で、からだ全体で音楽を体現しようとする姿勢の素晴らしさを、視覚的にも存分に楽しむことができました。

例えが悪いかも知れませんが、先日のブーニンさんも世界的なピアニストであり、その実力は誰もが認めるところでしょうが、ピアノの世界にはまだまだ彼の上を行く巨匠クラスの人たちがひしめいているように思います。ところがチェリストの場合、ヨーヨー・マさんを世界最高峰とすることに異論を唱える人はほとどいないでしょう。まさに世界に2人といないこの巨人が作り出した音楽世界に浸りきることができたという幸福と興奮を当分忘れることはできないでしょう。 (2002/11/18)