オーケストラ・アンサンブル金沢第130回定期公演M
2002/11/27 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番〜アリア
2)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調,K.543
3)モーツァルト/モテット「踊れ,喜べ,汝幸いなる魂よ」K.165
4)カントルーブ/「オーヴェルニュの歌」〜野原の羊飼いのおとめ,3つのブーレ(泉の水・どこへ羊を放そうか・あちらのリムーザンに),羊飼いのおとめ,羊飼いのおとめと若旦那,背中の曲がった男,ミラベルの橋のほとりで,カッコウ,むこう岩山の上で)
5)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K.492〜アリア「とうとううれしい時がきた」
6)モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」K.588〜アリア「女が十五にもなれば」
7)(アンコール)ラモー/歌劇「プラテー」〜フォリーのアリア
●演奏
エルヴェ・ニケ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
ガエール・メシャリー(ソプラノ*2〜7)
リチャード・ディーキン(コンサート・マスター)
Review by管理人hs tatsuyatさんの感想七尾の住人さんの感想
今年の11月に石川県立音楽堂で行われた演奏会は,素晴らしい内容の連続でした。今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演も,この「当たり月」を締めるのにふさわしいものとなりました。今回の定期公演は,ソプラノのガエール・メシャリーさんの歌を中心としたプログラムでした。定期公演としては,かなり変則的なプログラミングでしたが,このメシャリーさんを金沢の聴衆が発見できたことがまずいちばんの収穫です。それに加え,エルヴェ・ニケさんという,古楽器奏法に通じた指揮者とOEKとの共演を聞くことが出来たことも大きな喜びでした。このお二人は,日本での知名度はまだ高くありませんが,これからどんどん注目を集めていく音楽家となっていくことでしょう。

この日は,先日亡くなられたOEKの名誉アドバイザー・高円宮憲仁親王を偲んで,G線上のアリアが演奏されました。この日は,OEKの方々も全員黒い服装でした。岩城さんの指揮する,アリアもさっぱりした感触がありますが,ニケさんのアリアはさらに速いテンポでした。ヴィブラートもさらに抑制されており,今日は一味違う響きになりそうだ,という期待が増しました。

団員の皆さんは,一度袖に引っ込んだ後,気分を転換し,再度ステージに登場し,演奏会が始まりました。プログラミングとしてはモーツァルトの交響曲が最後に来ても良いのかな,とも思いましたが,「歌入りの曲」の方が会場全体が華やかになりますので,今回のような構成を取ったのだと思います。

このモーツァルトなのですが,大げさにいうと「OEK史上最も過激なモーツァルト」だったと思います。OEKの演奏会でアーノンクールのようなモーツァルトが聞けるとは...と変な感慨にふけってしまいました(ただし,アーノンクールほど荒々しくエキセントリックな感じはありませんでした。)。

第1楽章の序奏は非常に速いテンポで始まりました。我が家には,コリン・デイヴィス指揮ドレスデン国立管弦楽団による非常に堂々とした39番のCDがあるのですが,同じ曲とは思えないほどテンポ感が違いました。テンポの感じとしては,ホグウッド盤と似た感じだと思います(こちらはCDは持っていませんが)。我が家にはガーディナー指揮のCDもあるのですが,こちらの方はそれほど速いテンポではないので,「古楽器風=快速」というわけでもないようです。いずれにしてもニケさんのテンポは物凄く速かったことには違いありません。それに加え,ティンパニの音がカラリと乾いており(強弱の差もかなり激しくつけていました),「祝祭的!」という雰囲気が冒頭から漂っていました。弦楽器のヴィブラートも抑え目で,非常に軽く明るい響きが気持ち良く響いていました。

あっという間に,序奏が終わり,アレグロの部分に入るのですが,こちらの方は,普通のテンポに近い感じでした。弦楽器の奏法も通常に近い感じでした。カラっとした感じから甘い雰囲気に切り替わるというのもかえって意表を突いた展開に思えました。ニケさんは,非常に長身の指揮者で,しかも手がとても長いので,大きく手を振り上げると,「何が起こるのか?」という迫力のある雰囲気になります。曲全体を通じても独特の明るさと伸びやかさが感じられました。速いテンポで,結構過激な雰囲気もあったのですが,それでいてしっかり地に足が着いたように感じられたのは,表現に自信があるからだと思いました。指揮棒無しの空手チョップ(?)のような指揮も見ていて楽しめました。

第2楽章も非常に速いテンポでした。この辺になると,「ちょっと待ってくれ」という気がしないでもありませんでしたが(もう少しメランコリックな味のある演奏に慣れているので),別の曲を聞くような面白さが出ていたのも事実でした。

第3楽章も最初は高速で始まるのですが,中間部ではぐっとテンポを落とします。急にファンタジーの世界に入ったかのようなテンポの変化は見事でした。この楽章で活躍する管楽器については古楽器風かどうかよくわからなかったのですが,いつもより音が真っ直ぐ出ているような印象があり,素朴な味が出ていたと思います。

第4楽章は元々軽やかな楽章ですが,さらに磨きが掛かっていました。所々,金管楽器や打楽器を強打させていましたが,全体にとても気持ち良くまとまっていました。この楽章では繰り返しをきちんと行っていたのも印象に残りました。第4楽章の前半も後半も繰り返しをするのは結構珍しいと思います。この曲は大好きな曲なのでスコアを持っているのですが,それを見てみると,曲のいちばん最後は休符の後フェルマータがあり,さらにリピート記号が付いています。この繰り返しをすることで,ハッとさせるような長い休符が入ることになり,緊張感が一瞬走ります(思わずフライングの拍手をしたくなるのですが)。

その他の楽章もきちんと繰り返しをしていたので,本来は(何が本来かはわかりませんが)30分以上かかりそうなものですが,基本的に速いテンポを取っていたので全然だれることがありませんでした。11月はピヒラーさん,岩城さん,ニケさん指揮による3種類のモーツァルトを聞けたのですが,それぞれ全くタイプの違う演奏でした。この多様性が,OEKを聞くもっとも大きな楽しみの1つだと思います。

続いて,ソプラノのガエール・メシャリーさんが登場しました。長身のニケさんと比べるととても小柄で,オペラに良く出てくる小間使い役がぴったりです。声質もスーブレットに当たると思います。モーツァルトのモテットは,一応,宗教曲ということなのですが,メシャリーさんは,歌う時の表情がとても豊かなのでオペラのアリアのように聞こえます。ヴィブラートも少なめでとても軽い声なので,ニケさんの作る音楽ともぴったりでした。コロラトゥーラの部分もとてもよくコントロールされており,華やかさも十分ありました。スーブレットという声質自体,「ブリッコ風(死語?)」なのですが,メシャリーさんの声からは,常に歌う喜びが感じられ,その「かわい子ぶり」にすっかり好感を持ちました。「近い将来のスターを発見した!」とすっかりファンになってしまったのですが,会場のお客さんも同様に感じたようで,後半もう一度見られることが分っていながら盛大が拍手が続きました。この時点で,お客さんを皆,味方に付けていた感じでした。

後半は,オーヴェルニュの歌の中から8曲歌われました。この歌曲集を生で聞くのは始めてですが,オーケストレーションも含め,独特の味わいのある曲集だと思いました。民謡を元に作られた曲なのですが,素朴さよりも洗練された味を感じました。これはメシャリーさんの声自体に常に周到な表現が備わっているからだと思います。ただボーッと歌うようなところは無く,常にドラマを表現していました。その表現が自然なのが素晴らしいところです。意識的に表現をしていながら作りすぎた感じになっていないと思いました。表情豊かに楽しげに歌うメシャリーさんの舞台姿も非常に魅力的でした。「背中の曲がった男」「かっこう」などコミカルな曲では,歌詞の内容に合わせて,あちこち見まわしたり,表情を変えたり,と芸達者ぶりを発揮していました。ミュージカルの曲など歌っても巧いのではないかな,と思ったりしました。

今回歌われた曲は,抒情的な曲と仕掛けとウィットがあるような曲がうまく組み合わされていました(いちばん有名な「バイレロ」は絶対歌われると思っていたのですが,入っていまでんでした)。ウィットの入る曲では,オーケストラも大活躍していました。「3つのブーレ」でのオーボエ・ソロ,クラリネット・ソロも十分聞かせてくれました。その他,チェレスタが入ったり,打楽器が入ったりと効果音ような音も沢山使われていました。今回の定期公演はメシャリーさんが大活躍だったのですが,この辺のオーケストラの活躍を聞くとやはり「OEKの定期」だったのだ,と思い出させてくれました。

ここまでの演技力の豊かなステージ姿を見ながら,「メシャリーさんの登場するオペラを見てみたいものだ」と思っていたのですが,それを察するかのように,最後にアンコールのようにオペラのアリアが2曲演奏されました。両方ともモーツァルトの歌劇の中のスーブレットの曲です。この日の選曲は,メシャリーさんのキャラクターを味わうにはぴったりの曲の連続だったと思いました。

最初に歌われた「フィガロ」の中のスザンナのアリアは,とても速いテンポでした。数年前,岩城さん指揮OEKで「フィガロ」全曲が演奏されたことがあるのですが(OEKが最初に演奏したオペラだと思います),その時のテンポと比べると倍ほど違う感じでした。このアリアは,オペラの幕切れ近くの夜の場面で歌われるのですが,このアリアを聞いた時,本当にぐっと迫るものがありました。そういう濃い情感はなかったのですがとても瑞々しいスザンナでした。曲が始まった瞬間,オペラの空気に変わったのも見事でした。ニケさんの指揮の力もあると思います。

最後に歌われた,「コシ」の中のアリアは,とてもコケティッシュでした。演技と歌とが自然に一体化したような魅力があり,さっぱりとしたユーモアで締めてくれました。

アンコールにはラモーのオペラの中のアリアが歌われました。前奏を聞いた瞬間,今度は「バロック!」という空気に変わりました。このお二人はCDなどでも共演しているようですが,とても相性が良いと思いました。

その後も拍手が鳴り止まないので,最後にニケさんは,上手方面に走って逃げるというパフォーマンスでお開きとなりました。ニケさんは,ずっと真面目そうにしていたので,このジョークはピタリと決まっていました。

今回の定期では,ブレイク直前の音楽家を「自分で発見した」ような喜びがありました。お二人ともいちばん良い時にあるのかもしれません。OEKはモーツァルトのオペラをすでに2曲上演していますが,このコンビ+OEKで「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」などを見てみたいものだと思いました。(2002/11/28)

Review by tatuyatさん
私はフィルハーモニー・シリーズの会員なのですが、今回はマイスター・シリーズの公演に脚を運びました。

エルヴェ・ニケは、手兵のコンセール・スピリチュエルと複数のレーベルでバロック音楽のCDを出しているので期待していたのですが、予想通りピリオド奏法によるモーツァルトを楽しむことができました。

交響曲第39番は第一楽章の序奏部など余りにテンポが速くてそっけないくらいですが、古楽演奏で聴き慣れた響きが目の前のOEKによってまさしく現前されていることが、非常に興味深かったです。主部に入ると比較的モダンオーケストラの標準的な演奏に近い感じできこえてきたのですが、何せティンパニの撥が異っているので、アーティキュレーションの細かい語り掛けるような弦のフレージングと相まって、ピリオド奏法らしい快活な演奏が次々と展開されていきました。

ただモダンオーケストラが古楽奏法を採用するときに偶に行う木管や金管の古楽楽器の導入は行われていませんでしたので、古楽オーケストラの演奏と比較すると、音が割れるような迫力ある金管の強奏が少なかった(=金管では今ひとつピリオド奏法が完全に徹底されていなかった?)のが少し物足りない感じもしました。全体の響きのバランスとしては、それでちょうどよかったのかもしれませんが。

そういった意味で、踊り出したくなようなテンポのメヌエットも面白かったですが、強弱のはっきりとして颯爽としたフィナーレが、オケの反応もよく、最もニケのやりたいことがはっきりと分かるような演奏になっていたと思います。

さて、ガエール・メシャリーというソプラノは今回初めて聴いたのですが、本当に素晴らしかったですね。いっぺんでファンになりました(笑)。

彼女より粒立ちのはっきりとしたコロラトゥーラを余裕を持って歌える名歌手は他にもいるでしょうし、オーヴェルニュの歌をもっとローカルな土俗感たっぷりに歌える歌手も他にいるでしょう。けれども、メシャリーの新鮮な清水が溢れ出るような若々しい透明な美声で天衣無縫のモーツァルトの音楽が聴けるのは、それだけでも至福のひとときですし、彼女は清らかな美声だけでなく、実に生き生きとした表情や巧みで感情のこもった演技力を持っているので、誰もが心から喜びを感じられる歌唱になっていたと思います。

彼女は常に歌詞の内容を感じながら舞台で演じように歌うので、そのステージ姿を観ているだけでも充分楽しめるぐらいですし、さらに伴奏の音楽も身体全体で感じながら、聴衆には勿論のこと、時にはオケに向かって歌い掛けたりして、アンサンブルを一緒に楽しんでいる様子が本当に好感が持てました(このあたりは、この間のヨーヨー・マの演奏と同じことが言えるでしょうね)。

どの曲もよかったのですが、オーヴェルニュの歌の「背中の曲がった男」を歌っているときなどの表情や演技はとても印象的でしたし、その明るく清澄な声はモーツァルトのアレルヤにもぴったりで、スザンナやデスピーナも舞台姿が髣髴とされるような魅力的な歌唱でした。バックのニケ/OEKも申し分なかったです。

おそらくメシャリーはまだ日本では余り知られていない歌手だと思われますが、来日を重ねれば必ず人気が出るソプラノでしょう。これからが楽しみですね。メシャリーとニケは、プログラムによるとヴェルサイユ歌劇場で共演を重ねているらしいので、今度は演奏会形式でもよいから、ぜひモーツァルトやラモーのオペラ全曲をやってほしいですね。(2002/11/27)

Review by 七尾の住人さん
> 11月は素晴らしい公演が続きましたが,今日の演奏会も素晴らしいものでした。

本当にそうでしたね。今回もモーツァルトの第39番、いい演奏でした。「古楽器風演奏」とか「ピリオド奏法」どうのこうのなど、詳しい事は分からないのですが、聴いていてとてもよかったです。なにせ今のところ定期演奏会で聴く曲は、特に有名な曲でなければ殆どが初耳となる曲ばかりですので、比較のしようがないのがいいのか純粋に出てくる音を楽しんでいます。

と言っても、最初に追悼のために演奏されたアリア、岩城さんとの違いが色々あって、それを楽しんでいたりしましたから、知っていようが知らないでいようが出てくる音を純粋に楽しんでいるのかもしれません。

さて、今回の目玉は、ソプラノのガエール・メシャリーさんでしたね。聴き応えのある歌に加えて、何か人を魅了する力を持った人だと思いました。純粋にオーケストラとの掛け合いを楽しんでいるような印象を持ちました。ヨーヨー・マさんの時もそうでしたが、歌う人や演奏する人達が楽しんでいると、聴いているこちらも嬉しくなってきますよね。

11月は、コンセルトヘボウを含めて非常に満足のいくコンサートが続きましたよね。そう言えば、12月のファンタジーシリーズで、ポール・マッカートニーの特集をやりますが、実はそのポールのコンサートにも夜行を利用しての日帰り(実際は次の日になってますが)で、大阪まで行って来ました。これもまた、全盛期のポールが戻ってきていて非常に満足のいくコンサートでした。

本当にいいコンサートずくめの11月でした。(2002/11/29)