ソフィア国立歌劇場2002年日本公演:ラ・ボエーム
2002/12/10 金沢市観光会館

プッチーニ/歌劇「ラ・ボエーム」(イタリア語・全4幕)

●演奏
ゲオルギ・ノテフ指揮ソフィア国立歌劇場管弦楽団,合唱団
ロドルフォ:イヴァン・モミロフ(テノール),マルチェッロ:アレクサンダル・クルネフ(バリトン),ショナール:ストヤン・バラバノフ(バリトン),コッリーネ:ディミター・スタンチェフ(バス),ミミ:ツヴェテリーナ・ヴァシレヴァ(ソプラノ),ムゼッタ:スネジャータ・ドラムチェヴァ(ソプラノ),ベノワ,アルチンドロ(二役):ストイル・ゲオルギエフ(バス),パルピニヨール:エヴティム・ボヤノフ,軍曹:ゲオルギ・ドゥコフ,税関吏:デシスラフ・ポポフ
Review by管理人hs 七尾の住人さんの感想広太家さんの感想

この日の金沢は,この冬いちばんの積雪で,オペラに出かける前と後とで風景が一転していました。この雪の中を出かけた甲斐あって大変素晴らしい上演を楽しむことができました。私自身,「ボエーム」を生で見ることは初めてだったのですが,オーソドックスな舞台・演出だったので,最初に見るには最適の公演でした。

今回,上演を行なったソフィア国立歌劇場は,非常にきっちりとオペラを見せてくれる団体だと思いました。舞台装置の雰囲気も含めて派手さは感じませんでしたが,全体の水準はとても高いと思いました。

演奏会場は,久しぶりに金沢市観光会館でした。考えてみると2月の「水木ひろし」以来のことです。緞帳のあるホールで音楽を聞くのも久しぶりです。私は2階で聞いたのですが,ステージ全体が見渡せる上,声もダイレクトに飛んでくるので,このホールでオペラを見るのも良いなと思いました(クロークがない上に前の座席との間隔が狭いので,冬場はコートの置き場に困るのが難点ですが)。

このホールのオーケストラ・ピットは非常に狭いので,今回,ハープと打楽器は,舞台の袖の部分に乗っていました。このところ,「オペラは観光会館,コンサートは音楽堂」という感じになってきているので,ピットがもう少し広くなると観光会館の個性がもっと出せるようになるのではないか,と思ったりしました。

第1幕が始まると,ボヘミアンたちの住む屋根裏部屋が登場します。ここにボヘミアンの仲間たちが集まってきます。男の主役のロドルフォ役のイヴァン・モミロフさんというテノールは,ちょっと声に癖があると思いました。十分にパッションはあるのですが,何となく声が薄い感じでした。それでも,「冷たい手を」では「ハイC」をうまく決めていました(ハープの伴奏も雰囲気がありました)。サブの主役のマルチェルロの方は,キャラクターがあまりはっきりせず,個性が弱いような気がしました。

というわけで,男声の方は,ちょっと物足りない気がしたのですが,それにも増して素晴らしかったのが,ミミ役のツヴェテリーナ・ヴァシレヴァさんです。今回の上演の成功のかなりの部分は,彼女の歌と演技によるのではないかと思います。地味で控え目ながら,秘めた強さを持つミミのキャラクターを見事に出していました。客席を含め茶髪(?)が多い中で真っ黒な髪というのも非常に新鮮で魅力的でした。

歌いぶりも控え目で,非常に整っているのですが,秘めた一途さのようなものが漂っており,「薄幸の美女」というイメージがよく出ていました。まだ若い人で,初々しい魅力もありました。第1幕の後半の甘い場面の連続も,この人の魅力で聞き応え,見応えたっぷりでした。この部分には時間の流れを忘れさせてくれるような陶酔感があります。歌舞伎の掛け声のように「たっぷりと」と声を掛けたくなるくらいでした。ずっとずっと続いて欲しい場面でした。

第2幕は,同じクリスマス・イブの日のパリの繁華街になります。このオペラは曲の長さ自体は比較的短いのですが,各幕の舞台が違うため,1幕ごとに大きな舞台転換が必要になります。私の場合,演劇を見る時は約1時間〜1時間半単位で幕間が入るのに慣れているので,今回のように各幕ごとに休憩が入るのは少々せわしない印象を持ちました。回り舞台を使って,2幕構成ぐらいにした方がまとまりはさらに良くなるのではないかと思いました(無いものねだりですが)。

とはいえ,30分ぐらい上演されて15分休憩が入るというのものどかな感じで良いものです。題材的に言っても西洋風世話物歌舞伎を見るような趣きもありました。幕間にカーテンの裏から「トントン」と大道具さんが作業している音が聞こえてくるとますますそういう気分になりました。

第2幕の方は,合唱団も加わり,一転して華やかなムードになります。個人的にはもっと沸き立つ感じがあっても良いかなとも思ったのですが,舞台全体から漂う暖かい雰囲気もとても良いと思いました。さすが歌劇場の合唱団はそういう雰囲気を出すのがうまいな,と思いました。この幕はムゼッタが中心となります。かなりヒステリックでコミカルな演技をしており,ミミと対照的な雰囲気を強調していたようでした。この幕では,本当は児童合唱が入るはずなのですが,金沢公演では女声合唱が歌っていました(東京公演では杉並児童合唱団が登場していたようです。OEKがボエームを取り上げることがあれば,エンジェル・コーラスが登場することになるのでしょうか?)。

ムゼッタのパトロンのアルチンドロ役は第1幕の家主役の人が兼ねていました。どちらの役もからかわれる役ですが,なかなか良い味を出していたと思います。歌舞伎でもそうですが,こういう脇役の渋さが全体を盛り上げる味になっていることが多いですね。ただ,最後のシーンで幕が降りてくるのが早く,2階席からだと勘定書きをアルチンドロに渡してオチがつくような感じがちょっと分りにくかったと思います。カーテンコールでは,合唱団員が風船をパン,パンと割ったりして,最後まで楽しい雰囲気でした。

第3幕は,対照的に静かで寒々とした雰囲気になります。ここでもミミが最高でした。後半の「春になったら分かれましょう」という辺りで早くも泣けてきそうでした。この幕は,オペラというよりは,ドラマそのものを堪能させてくれます。そういう点でかなり演劇的な幕だと思いました。最後のアンサンブルで2組のペアを対比させながらも,それぞれに分かれることになってしまうという曲自体の持つ構成も見事だと思いました。

第4幕は今までの幕を総括するようなクライマックスとなります。この幕は,第1幕にダ・カーポしたような雰囲気で始まります。最初の男声2人の重唱には,明るくも哀しい雰囲気があるのですが,どうも私には,ロドルフォ役の人の声が肌に合いませんでした。聞いていると疲れてくるようなところがありました。

ムゼッタが登場してからは,急に展開が変わります(ムゼッタはこの幕になって突如「いい人」になった印象があります)。ここでは,コッリーネの歌う「古い外套よさようなら」が見事でした。ディミター・スタンチェフさんの声は非常に深く,最後の場の雰囲気にうまく繋いでいました。

重病のミミがベッドに寝かせられてからの展開は,「わかっているのに」感情が高ぶってしまいます。本当にプッチーニの音楽は巧すぎるぐらい巧いと思います。ロドルフォとミミの2人だけになった後に,第1幕を回想するような静かな音楽が流れるのですが,この場面などは,とてもよく計算されています。その後に「幸せな日々」を振り返る歌などを歌われると,念を押されるかのように「グッ」と来ます。最後に非常に大げさな音楽がオーケストラで鳴り,さらに追い討ちをかけて,「ミミー」と叫ばれると,「泣くなと言われても無理」という感じになります。舞台に浸ってしまいました。この歌劇場のオーケストラは,第4幕をはじめとして,ここぞという決め所で,音楽にとてもよく共感した響きを出していました。

ただし,ここでも幕が降りるタイミングが少々早いと思いました(上から見下ろしていたせいもあると思います)。この曲の場合,通常のオーケストラのコンサートの場合同様,音が消えた後の余韻を楽しみたいな,と思いました。今回は,どの幕切も音楽が終わる前に幕が降りており,拍手の出てくるタイミングがかなり早くなっていました。その点がちょっと残念でした。

演奏後は,当然盛大なカーテンコールがありました。やはり,ミミ役のヴァシレヴァさんへの拍手がもっとも熱烈でした。今回の日本公演では,ダブルキャスト(どころか4人の名前が書いてありました)でしたが,今回のヴァシレヴァさんは,当たり役だと思います。

このところ,1年間に「OEKの演奏会形式+観光会館でのセット付きの上演」というペースでオペラを観ているので,徐々に鑑賞したオペラの作品数も増えてきました。オペラについては,観客の方にとってもレパートリーを増やしていく楽しみがあります。それと強く感じたのは,「オペラは生がいちばん」ということです。演劇や通常の演奏会についてもそう感じますが,オペラの場合は,特にライブのインパクトが大きいと思います。

オペラは,一見難しそうですが(実際,最初にCDだけ聞いても楽しめないことが多いですね),一度生を見れば,むしろ通常の演奏会よりもわかりやすいのではないかという気もします。ライブを見た後だと,CDの中の「私の名はミミ」1曲を聞いただけでも,全体を思い出して感動してしまいそうです。改めて,そういうようなことを感じさせてくれる公演でした。(2002/12/11)

Review by七尾の住人さん
> 出かける前と後とで全然別のような景色になってしまいましたが,

本当に心配していたんですが、予想以上の雪で帰るのに一苦労しました。なにせまだノーマルタイヤ。全く真冬の道と同じような状態になった路面には、けっこう弱い物です。積もっても路面を覆い隠すぐらいだろうと思っていたんですが、がっぽりと積もってしまいましたね。有料を利用しても60キロ以上は出しませんでした。事故を起こしてはせっかくいいオペラが台無しになりますからね。

というわけで、9時半ぐらいに終了したという事もあるのですが、普段だったら11時には家に着くのが、今日は12時前でした。

それにしてもとてもいいオペラでしたよね。幕ごとの休憩が15分だったのですが、オペラを見ている時の方がずっと時間が経つのが早かったです。一幕ごとが短いのもありますが、あっという間に休憩になってしまいました。それだけ充実していたという事ですよね。

「クラシック入門としては、オペラから始めるのがいい」とどこかで聞いたような気がしますが、本当に普段クラシックを聴かないような人や、クラシック以外のジャンルの音楽が好きな人にも、見せたくなるような公演でした。今回の公演は、それだけ人を引きつけるような魅力満載でした。

オーケストラがピットに入っている(観光会館のピットが狭いのかハープとパーカッションはステージの横を利用してましたが)とは言え、オケがフルに音を出していても響く歌声。演技をして歌いづらい姿勢になろうとも、聞こえる歌声は素晴らしいまま。

本当にどれをとっても凄く楽しめたオペラとなりました。(2002/12/11)


Review by広太家さん

ロドルフォ役のイヴァン・モミロフさんはつやのある美しい声を響かせてくれました。しかし、なんといっても素晴らしかったのは、美しさと慎ましさを感じさせるミミ役のヴァシレヴァさんで、私好みの美人!双眼鏡持ってて良かった!メトロポリタン歌劇場でラ・トラビアータのヴィオレッタを演じたというのも納得できました。
これまでラ・ボエームには個人的な違和感を感じていたので、生で観れば自分のアレルギーも治るかもしれないと、恐る恐る出かけたというのが本当のところでした。
それは、ロドルフォの甘ったる過ぎる愛の歌詞がどうも苦手なことと、3幕では貧乏とミミの結核を理由に、愛する女と別れる男の態度が女々しく思えて、納得がゆかないのです。

音楽的には全く不満はないはずなのに・・以前に、音楽堂の交流ホールでDVDを観たときも、思考が受け付けず・・ずっと寝てました(爆笑)

しかし、今回その素晴らしいエンターテイメントに、手放しでのめりこむ事が出来て、やはり、アレルギーに効くのは上質のライブを観ることだと思いました。(2002/12/11)