柳浦慎史ファゴットリサイタル
2003/1/25 金沢市アートホール
1)ダヴィッド/小協奏曲変ロ長調,op.12
2)シュポア/アダージオ
3)グリンカ/クラリネット,ファゴット,ピアノのための悲愴三重奏曲
4)ジャンジャン/プレリュードとスケルツォ
5)ヴィラ=ロボス/七つの音の輪舞曲
6)プーランク/ピアノ,オーボエとファゴットのための三重奏曲
7)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第1番〜クーラント
●演奏
柳浦慎史(ファゴット),倉戸テル(ピアノ),遠藤文江(クラリネット*3),水谷元(オーボエ*6)
Review by管理人hs
オーケストラの楽器の中で,もしかしたらいちばん地味な存在がファゴットかもしれません。その楽器のソロ・リサイタルが行われたので出かけて来ました。演奏は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファゴット奏者の柳浦慎史さんでした。柳浦さんは,OEK創設時からのメンバーで,管楽器のみならずオーケストラ全体の中心的な存在です。この日の演奏を聞きながら,ますます,その存在感の大きさを感じました。

プログラムは前半が「前期ロマン派の作品+クラリネットを加えた三重奏」,後半が「20世紀の作品+オーボエを加えた三重奏」ということで,とてもバランスの良いものでした。前半,後半とも他の楽器とのアンサンブルで締めているあたりが,ファゴットという楽器らしいところだと思いました。

この日演奏された曲は,一般的にはそれほど知られていない曲が多かったのですが,どの曲にも節度があり,大人の音楽を聞いたな,という印象を持ちました。この日のプログラムには,元NHK交響楽団のファゴット奏者霧生吉秀さんの「柳浦君は大器晩成だ。良い音楽家になった」といったメッセージが書いてあったのですが,私もファゴットは若い人が演奏するよりも,オーケストラの中でいろいろな経験を積んだ方が演奏する方が味が出てくるのではないか,と思ったりしました(「ピーターとおおかみ」のおじいさん役のイメージが抜けないせいもあるのかもしれません)。

最初のダヴィッドの曲は,ウェーバーの協奏曲あたりと似た雰囲気の曲で,前半ゆっくり後半活発という感じの親しみやすい曲でした。ファゴットの音は音域的にはテノールぐらいの音から低音部までをカバーしているので,そんなに地味な感じはしませんでした。柳浦さんの音は,とても堂々としていて,安心感があります。

続くシュポアの曲は,何かの曲の緩徐楽章なのですが,より切なく甘い感じでした。もちろん持ち味の低音の魅力もありましたが,低音楽器の高音というのも魅力的だと思いました。

前半最後は,グリンカの悲愴三重奏曲という曲でした。ロシアの作曲家の「悲愴」といえば,チャイコフスキーの「暗い悲愴」を思い出すのですが,グリンカの「悲愴」は時代的に見ても,ベートーヴェンの「悲愴」(その2楽章あたり)に近い雰囲気がありました。それほど暗くはないけれどもちょっとウェットな気分の漂う曲でした。

この曲は三重奏ということでしたが,ソリストが2人いるソナタのように聞こえました。この日はOEKのクラリネット奏者の遠藤さんがゲストで登場していましたので,男女二人の会話をピアノが支えているような感じでした。その男女というのは「夫婦」なのか「恋人」なのかわかりませんが,しっとりとした大人のムードがありました。遠藤さんのクラリネットはとても引き締まった音で大変聞き応えがありました。特に第3楽章(多分)での超高音はぐさりと耳に刺さるようでした。ファゴットのちょっとひいて支えるような感じの渋さも良い感じでした。

後半は20世紀の作品ということで,前半よりはクールな印象になりましたが,それでもファゴットという楽器の持つ,ユーモアラスな味とかペーソスのようなものは生きていました。

ジャンジャンの曲はパリ音楽院の卒業試験のための書かれた曲とのことです。そういう「フランス」のイメージで聞いたせいか,結構サックスの音とも似ているなと思ったりしました。

ヴィラ=ローボスの曲は変わったタイトルの曲でした。プログラムの解説(柳浦さん自身が執筆されていました)によると,この「7つ」というのは「ドレミファ...」の音数の意味とのことです。曲の最後では,その通り「ドレミファ...」と音階を昇って行くのですが,「シ」まで上った後,少し余韻があるのが何とも言えない切なさがありました。結局高い「ド」にならず,下の「ド」になるあたり,中間管理職的哀感(?)を感じてしまいました。

最後のプーランクは,形式的にもきっちりと整った感じの曲でした。オーボエの水谷さんとの息もぴったりでした。オーボエの音はクラリネットの音よりもさらに鋭く甲高い音なので,曲全体が鮮烈な感じに響いていました。この日のピアノの倉戸さんのピアノの音は,硬質で明るい感じでしたので,プーランクにはとても合っていました。管楽器だけの響きをぐっと引き締める隠し味になっていたようでした。

アンコールには,バッハの無伴奏チェロ組曲の中の1楽章が演奏されました。チェロ以外でこの曲が演奏される機会は少ないと思うのですが,音域的に違和感なく楽しむことができました。弦楽器の曲を管楽器で弾く場合,息つぎをどうするかが結構大変そうだなと思いました。また,細かい音の動きが多いので,キーを叩く「パタパタ」という音がよく聞こえてきました。大変そうだな,と思うと同時に,管楽器で聞く楽しさのようなものを感じました。

この日の演奏会は,会場全体にアットホームな雰囲気がありました。OEKが設立してから15年ぐらいになりますが,その年輪の作った,ネットワークの広がりと強さのようなものも感じました。

PS.この日は,別に感想を書いたパーカッション・アンサンブルRANの演奏会が6時から6時45分まで行われ,その後,急いでアートホールまで出掛けました(提携コンサートということで,RANの演奏会から来た人は「お安く」なっていたようです)。ちょっと一息つきたかったのですが,打楽器→管楽器という転換も面白いものがありました。打楽器の音からは,人間を超えたような根源的な力のようなものを感じるのですが,管楽器の音は人間の作る音という感じがします。こういう多様な性格が合わさったのがオーケストラだということですね。(2003/01/26)