アンドレ・イゾワール オルガン・リサイタル
2003/02/11 石川県立音楽堂コンサートホール

1)オルティス/リチェルカーダ第1番
2)オルティス/リチェルカーダ第2番「懐かしい思い出」
3)作曲者不詳/ロマネスクに基づく
4)デュ・コロワ/幻想曲第29番「若い娘」による
5)バード/戦い
6)パッヘルベル/シャコンヌヘ短調
7)ブクステフーデ/トッカータニ短調
8)エルガー/愛のあいさつ
9)モーツァルト/ディヴェルティメントニ長調,K.136
10)渡辺俊幸/大河ドラマ「利家とまつ」〜「永遠の愛」
11)ジュスタン/「教会の宝物庫」〜フルートハーモニックの独奏,op.36
12)ポンサン/退場につづくための祝福のアンダンテ,op.30
13)ルフェビュウェリー/言葉(歌詞)のないロマンスヘ長調
14)コダーイ(イゾワール編曲)/第3のエピグラム(短詞,諷刺詩)
15)バルトーク/組曲「4つのルーマニア舞曲」
16)(アンコール)クラリン/2003年日本公演の思い出(即興演奏)
17)(アンコール)グラン・ジュによる即興
18)(アンコール)フォーレ/夢のあとに
●演奏
アンドレ・イゾワール(オルガン*1-7,11-18)
オーケストラ・アンサンブル金沢のメンバーによる弦楽四重奏*8-10(原田智子,江原千絵(ヴァイオリン),マリアン・ネメシュ(ヴィオラ),早川寛(チェロ))

Review by管理人hs
今回はフランスのオルガン奏者アンドレ・イゾワールさんのオルガン・リサイタルに出かけて来ました。実は,オルガンだけの演奏会に行くのは今回が初めてです(厳密に言うと今回もオルガンのみではなかったのですが)。イゾワールさんという有名な奏者の演奏会だったのも出かけた理由の一つだったのですが,最近,草野厚著「癒しの楽器パイプオルガンと政治」(文春新書)という本を読んだばかりだったのがこの演奏会に出かけた大きな理由です。日本の公共ホールにあるパイプオルガンをめぐる,かなりきわどい問題をテーマとした本なのですが,話題にすることでパイプオルガンに関する関心を高めてくれるような本でもあります。

オルガンの演奏会は,入場料が安いのが良い点です。私は当日券だったのですが,500円で入ることができました(もちろん最低料金です)。かなり空席はありましたが,その分ゆったりとした気分で楽しむことができました。オルガンの演奏会の場合,集客力の点が課題となるようですが,会場の雰囲気からは,金沢にもオルガンの固定ファンというのが徐々にできつつあるのではないか,という感触を得ました。

この日の選曲には宗教的な曲は入っていない感じでした。オルガン曲の定番のバッハの曲もなく,全然聴いたことのない曲ばかりだったのですが,ほぼ時代順に並べられたプログラムは親しみやすい雰囲気の曲ばかりでした。オルガンのレパートリーは知られざる名曲揃いなのかもしれません。イゾワールさんの演奏は,メカニカルで冷たい感じはなく,自由な雰囲気に溢れていました。プログラムも素朴な曲や民族的な感じの曲が多く,オルガンの多彩な音色を楽しむことができました。

前半はバッハ以前の16〜17世紀の作品集でした。実は,前半は曲の区切りが分らず,どこで拍手を入れて良いのかわかりませんでした。長いフェルマータが出てくるたびに1曲が終わっていた感じだったのですが,そのまま拍手をしないでいるうちに前半が全部終わってしまいました。他のお客さんも同じだったようで,前半約40分間中断なしということになりました。結果的には,この形の方が音楽に集中できて良かったと思いました。

最初のオルティスの作品は,素朴な感じの曲でした。イゾワールさんの演奏は,言葉は悪いのですが,巧いのか下手なのかわからないようなヘタウマ風の雰囲気がありました。音色の選び方にもとても素朴な味がありました。バードの「戦い」という曲は,どこかで聞いたことがあるような曲でした。不協和音の面白さやリズムの面白さの感じられる,村祭のような楽しさがありました。

シャコンヌという曲は,聞けばすぐシャコンヌだとわかるような曲でした。穏やかで静謐な雰囲気があり,とても楽しめました。ブクステフーデのトッカータは,バッハに影響を与えた作曲家だけあって,バッハのオルガン曲に近い雰囲気がありました。ここまでは,ヴィブラートのかかった笛のような音とかいろいろな音を使っていたのですが,ブクステフーデの曲では,「オルガンの基本」という感じの音色で,前半を締めていました。

後半は,まず,オーケストラ・アンサンブル金沢の弦楽器奏者による弦楽四重奏で始まりました。今回は,オルガンのみの演奏会と思って来たので,少々唐突な感じを受けたのですが,演奏の方は,どの曲もとてもさっぱりとした気持ちの良い演奏でした。特にモーツァルトは,ヴァイオリンのヴィブラートが控え目で新鮮な響きでした。最後の「利家とまつ」の弦楽四重奏版は,タイトルだけ見ると違和感を感じるのですが,演奏を聞いてみると,他の曲との相性はとても良いと思いました。

このステージは,全体のプログラムの中で一息付けるような位置付けだったと思うのですが,今回は,イゾワールさんという有名な方の演奏だったので,オルガンの音だけのプログラムの方が良かったのではないかとも思いました。

続いて,イゾワールさんが再登場しました。最初は,素朴な主題による変奏曲でした。フルートのような音色をあれこれ変化させていくような曲でした。変奏のたびに音が変化するのを聞いていると,オルガンという楽器は変奏曲向きだなと改めて感じました。続くポンサンという作曲家のアンダンテは,何となくチャイコフスキーのバレエか何かの一部のような親しみやすい雰囲気がありました(後半の方も曲間に拍手が入らず,どの曲なのかはっきりしなかったので,曲名については怪しいのですが)。この曲でも崩した草書のような味がありました。

続く「言葉のないロマンス」(多分)という曲は,タイトルどおり,「オルガン版無言歌」という感じの曲でした。ヴィブラートの入ったとても不思議な音色で歌うようなメロディを演奏していました。細い笛のような弱音がとても神秘的でした。こういう音を聞いていると,パイプオルガンというのは,結構,冨田勲さんなどのシンセサイザーの音色の選び方にも通じるものがあるのではないかと思いました。

最後の2曲はハンガリーの作曲家の曲でした。どちらもオルガンのために編曲をした曲でした。バルトークの曲は,オリジナルは6曲からなる「ルーマニア民族舞曲」というピアノ曲だと思うのですが,その中から4曲がオルガン用にアレンジされていました。ヴァイオリンによるアレンジでよく聞く曲ですが,民族楽器の笛の音のように響くオルガンの音色も魅力的でした。ここでもロレツの回らないようなアバウトな感じがありましたが,この曲の雰囲気によく合っていたと思いました。最後は,ストップをあれこれ引っ張って,華やかに結んでくれました。

アンコールは3曲もありました。最初の2曲は何の曲かわからなかったのですが,後で音楽堂入口の掲示を見てみると,両方とも即興演奏ということでした。イゾワールさんの演奏は,即興的な感じがするな,と思っていたので納得しました。特に1曲目は,中々面白い曲でした。最初,調子っぱずれのような感じで始まり,何の曲かわからなかったのですが,途中,どうみても「さくら,さくら」と思われるメロディが出てきました。会場のお客さんも喜んでいたようでした。最後の「夢のあとに」は,淡い感じの音色が絶品でした。オルガンの音のデクレッシェンドというのも非常に味があります。

オルガンの演奏会というのは,その会場固有のオルガンを弾くわけなので,原理的には同じ音色を選び,同じキーを押せば誰が弾いても同じ音が出ることになります(こういう理解で良いのかよくわかりませんが)。演奏者の個性は,音の選択とかアーティキュレーションに特によく表れるのではないかと思います。イゾワールさんは,曲想に応じていろいろ変化のある音色を使っており,大変楽しめました。オルガン曲といえば,バッハとか宗教曲のイメージを持ちますが,知られざる名曲がまだまだ沢山埋もれているのがこの分野だと思います。今回演奏された「無名の曲」を聞いて,ますますそのような感想を持ちました。音楽堂でのオルガン・リサイタルのシリーズでは,これからもそういった曲を聞いてみたいものです。 (2003/02/12)