オーケストラ・アンサンブル金沢第135回定期公演F
2003/02/16 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
2)モーツァルト/交響曲第40番ト短調,K.550〜第1楽章
3)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調,op.67〜第1楽章
4)エイ・ビ・ウィリアムズ/ザッツ・ア・プレンティ(それで満足)
5)アルスタイン・エンバード・ヴァン/林檎の木の下で
6)俗曲/梅ケ枝之手水鉢
7)バーンスタイン/「ウェストサイド物語」メドレー
8)ストレイホーン/A列車で行こう
9)前田憲男編曲/スクリーン・ミュージック・メドレー(エデンの東,魅惑のワルツ,ひまわり,ピンク・パンサー)
10)前田憲男編曲/ディズニー・メドレー(星に願いを,ビビディバビデブー,スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス,美女と野獣)
11)ガーシュイン(前田憲男編曲)/パリのアメリカ人
12)(アンコール)スピナ,ヒルマン&アレン/クマーナ
●演奏
マイケル・G・モーガン(1-3,12),前田憲男(9-11)指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1-3,9-12),原信夫とシャープス&フラッツ(4-12),前田憲男(ピアノ*12)
アビゲール・ヤング(コンサート・ミストレス),秋本和美(司会)
Review by管理人hs  七尾の住人さんの感想
今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,前回に続いての合同演奏会になりました。前回は,大阪センチュリー交響楽団との共演でしたが,今回は日本を代表するビッグ・ジャズ・バンド,原信夫とシャープス&フラッツとの共演でした。このファンタジー・シリーズには,毎回,お客さんが沢山入るのですが,今回は特に多くのお客さんが入っていました。パイプオルガン席や通路にも補助席が出ており,見たところ,空席は全然ないようでした。ヨーヨー・マさんの時を上回るほどの,ちょっと意外なほどの人気だったのですが,第2次大戦後の日本のポピュラー音楽界の歴史そのもののようなシャープス&フラッツの根強い人気を示しているのかもしれません。

「異業種」楽団の共演というのはかなり珍しいことなので,プログラムの構成も変則的なものになっていました。前半の前半は,マイケル・G・モーガンさん指揮OEKで通常のクラシックの曲が3曲演奏されました。前半の後半は原信夫とシャープス&フラッツの単独の演奏となりました。後半は合同演奏会となりました。こちらの方は編曲も担当した前田憲男さんが全体の指揮も担当しました。3種類の演奏会を楽しんだようなボリュームのある内容となりました。

まず,いつもどおりOEK単独でクラシックの曲が演奏されました。ファンタジー公演には,通常クラシック音楽を聞かないようなお客さんも沢山来ますので,その人たちに対するデモンストレーションのような意味も込めてプログラミングされていたようです。指揮のモーガンさんは,以前にも一度定期公演に登場したこともありますが,とても親しみやすい雰囲気のある指揮者です。とても大柄な方で,遠くから見ていると熊の着ぐるみか何かを来ているように見えました(変なたとえで失礼しました)。

最初に演奏されたロッシーニは,演奏会の幕開けに相応しい,爽やかな曲です。ロッシーニの序曲では,木管楽器がソロで美しいメロディを弾くことが多いのですが,この曲でもオーボエの加納さんの真っ直ぐ延びる美しい音を堪能できました。曲全体的にはもう少し躍動感があると良いかなと思いました。続く2曲はクラシック音楽を代表する2曲です。交響曲の場合,本来は「全曲聞かないと...」という感じなのですが,先ほども書いたように,今回「さわり」を聞いてもらい,クラシック音楽に親しんでもらうきっかけにしてもらおうという狙いなのだと思います。事実,私の隣に座っていた年輩の女性などは,体を動かしながら,とても嬉しそうにこの2曲を聞いていました。

この2曲も,とても落ち着いた演奏でした。特にモーツァルトの方はカール・ベームの晩年の演奏のような(?)非常に遅いテンポでした。OEKは,さっぱりとしたモーツァルトを演奏することが多いので新鮮でしたが,どこか体のキレが悪いモーツァルトという印象を持ってしまいました。「運命」の方も畳み掛けるような感じではありませんでした。というわけで,モーガンさんの体格を彷彿とさせるような,おおらかなムードのある演奏でした。

続いて,原信夫とシャープス&フラッツのステージになりました。この楽団は結成50年というベテラン楽団なのですが,ブラスセクションを主体としたキレの良い演奏はとても新鮮でした。私自身,プロのビッグ・ジャズバンドの生演奏を聞くのは初めてだったのですが,エンターテインメント精神が染み付いたような方々の演奏を聞くのは,本当に良いものだな,と感じました。非常に気持ち良く音を鳴らしていましたので,石川県立音楽堂の中で,OEKやパイプオルガンの演奏だけでは鳴っていなかった部分まで鳴らしてくれたのではないかと思いました。

彼らの演奏は,音だけではなくステージ上の動作すべてがお客さんを楽しませるための要素になっていました。ソロを取る楽器の奏者はステージ前方まで歩いて出てきて,そこで華やかにソロを演奏し,拍手をもらって自分の席に戻って行きます。動作に無駄がないのが素晴らしいところです。白いジャケットに赤いネクタイという衣装,赤地に白抜きで「#b」と書かれた譜面台は,見るだけで嬉しくなります。

最初の「ザッツ・ア・プレンティ」は,デキシーランド・ジャズの曲で最初の曲に相応しいノリの良さがありました。団員自身,手拍子を取り,お客さんを乗せていました。手慣れているのに新鮮というのは,年季の入った楽団ならではの魅力です。その手慣れた感じがとても格好良く,一気に彼らのペースに引き込まれました。次の「林檎の木の下で」という曲は,社交ダンスで踊れそうなムードでした(丁度この日は地下の交流ホールで,ダンスの大会をやっていたので,連想したのかもしれません)。自由劇場という劇団の「上海バンスキング」というミュージカルで吉田日出子さんがこの曲を歌っていましたが,懐かしさを感じさせるような曲です。続く,「梅ケ枝之手水鉢」という曲はさらに古い曲で,江戸時代(!)の俗謡をアレンジしたものです。ラテン系の雰囲気があり,日本の曲だと分からない感じでした。こういうアレンジもシャープス&フラッツならではかもしれません。

「ウェストサイド物語」からのメドレーは,ビッグバンドにぴったりの曲です。途中,ドラムの長大なソロが入りましたが,その間,他の奏者たちはじっとその奏者の方を見て嬉しそうに聞き入っていました。こういう姿勢は,客席から見ていても好感が持てます。

前半最後は,デューク・エリントンの演奏で有名な「A列車で行こう」でした。冒頭の出発の合図のようなピアノの音から,エリントンのスタイルと同じでした。続いて出てくる,サックスの合奏を聞くと血が騒ぎます。途中,だんだんと盛り上がり,次々とソリストがステージ前面に出てくるのですが,ついには管楽器奏者全員がステージ前面に出てきて,1列になって客席に向って演奏します。文字通り「壮観」でした。派手な見せ方なのですが,それがスマートに決まるのはやはり楽団の年季でしょうか?特にトランペット奏者の森川周三さんという白髪の奏者は見るからに「バンドマン」という風貌です。マイク・プライスさんというトランペット奏者にもそういう雰囲気があります。シャープス&フラッツには若い奏者も入ますが,こういうベテランの存在がいろいろな面で大きな柱になっているのではないかと感じました。

前半の最後は,こういう具合に非常に盛り上がりました。原さんは,1曲終わるたびに,ソリストの名前を呼び上げて,立たせていました。クラシックの演奏会でも,時々やってみると面白いかなと思いました。最後にステージを締めくくる音楽が鳴っていましたが,こういう雰囲気にも良い味があります。

後半の合同演奏は,編曲者の前田憲男さんの指揮になりました。ステージ上は,上手側にシャープス&フラッツの管楽器セクションが集まり,OEKは全体に下手側にいました。OEKの配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが向き合っていた他,コントラバス奏者,チェロも下手側にいる変則的な形となっていました。合同演奏する際のことを考えての配置なのかもしれません。

まず,お馴染みの映画音楽メドレーでした。魅惑のワルツでは,アビゲール・ヤングさんのヴァイオリン・ソロが入りましたが,マイクを通じての音はやはり不自然に感じました。ビッグバンドの迫力に対抗するためには仕方がないのですが,やはりクラシック音楽の演奏はマイクを通さない自然の音の方が良いと思います。メドレーの中では「ピンク・パンサー」にいちばんジャズのテイストがあり,楽しめました。途中フルートのソロが出てくるのですが,今回OEKのフルート奏者は2人ともエキストラでした。今回来られていた斉藤和志さんという方は,いろいろな音楽コンクールで入賞されている方だと思います。ソリストとしてもそのうち活躍される方なのではないかと思います。

ディズニーメドレーもお馴染みの曲ばかりでした。ビビディバビデブーでは,上述のベテラン・トランペット奏者2人が「ビビディバビデブー!」と掛け声を掛けていました。本当にサービス精神に溢れています。

最後の曲は,本日のメイン・イベントとも言うべき,「パリのアメリカ人」でした。今回の編成はかなり変則的ですので,前田憲男さんがこの編成用に編曲を行った版で演奏されました。最初の部分は,クラクションの音をサクソフォンで演奏していたようでした。ヴァイオリン・ソロの部分などがカットされていたので,ちょっと短く感じました。続く第2部は,シャープス&フラッツのトランペットが掛け合いのような感じで演奏していました。1人は普通に演奏し,もう一人の方がミュートを付けて「ちょっとだけよ」という感じで濃い味を出していました。この部分の後半では弦楽器主体のOEKと管楽器主体のシャープス&フラッツが対決するような感じで面白い味が出ていました。第3部は,通常はチャールストンのような感じなのですが,今回の編曲では,スウィングするような感じはなく,ドラムスは一般的なロックのリズムを刻んでいました。個人的には,この部分のスウィング感が好きなので,ちょっと期待外れでした。戦前というよりは戦後のパリという感じでした。それでもシャープス&フラッツの管楽器セクションの威力は抜群で,非常に厚みのある,盛り上がりを作っていました。合同演奏ということで,楽団全体としてのまとまりよりは,違ったものがぶつかり合っているような面白さがありました。

最後にアンコールとして,編曲者の前田さん自身のピアノを加えて「クマーナ」というラテン系の曲が演奏されました。前田さんは,「鍵盤をクマなく使う「クマーナ」という曲を演奏します」というダジャレを言っていました。その他のトークも楽しめるものでした。クラシックの奏者とジャズの奏者を比べて,「クラシックのオーケストラ奏者は朝6時頃起き,犬の散歩をさせた後,優雅に朝食を食べるが,ジャズ・バンド奏者は目が覚めて午前中だったらまた寝る」というようなことをおっしゃっていましたが,OEKの奏者の方々の「違う,違う」といった反応を見た感じでは,本当は大差ないようです。前田さん自身,「2つの異種の楽団を合わせたら...人数が増えた」とだけ言っていましたので,本心では,同じ音楽を作る人間に違いはない,と思っているのではないかと感じました。

というわけで,今回の合同演奏は,聞いている方から見ても刺激的なコラボレーションだと思いました。両楽団とも異業種の奏者から強い刺激を得たことと思います。特にOEKの奏者の方にとっては,音楽の楽しさをどう表現するか,という点で参考になることが沢山あったのではないか,と思いました。 (2003/02/17)

Review by七尾の住人さん
どの曲でのことか忘れてしまいましたが、後半でシャープ&フラッツのトランペットが二人吹いてたときで、一人は普通に、もう一人はカップを使って音色を変えて吹いていた場面がありました。(管理人さんの文を見ると「パリのアメリカ人」みたいなんですが)その二人の演奏が終わってからOEKの(名前はわかりますが)トランペットの人が曲の途中にもかかわらず喜んで思わず拍手をしてました。

私もそのトランペットの人と同じ気持ちでした。でも、ステージに上がってるプロの人でも我を忘れるって事があるんですねぇ。その光景を見て、こちらもとても嬉しかったですし、安心しました。 (2003/02/17)