ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル公演
2003/02/23石川県立音楽堂コンサートホール

バッハ,J.S./ヨハネ受難曲,BWV.245
●演奏
ヴェルナー・ギュラ(福音史家,テノール),マルコス・フィンク(イエス,バス),アンティエ・ペルショルカ(ソプラノ),エリザベト・グラフ(アルト),クリストフ・アインホーン(テノール),ピーター・ハーヴェイ(バス)
ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
Review by管理人hs
宗教音楽の大家,ミシェル・コルボがローザンヌ声楽・器楽アンサンブルとともに来日し,日本各地で公演を行っています。北陸地方では2日前に富山のオーバード・ホールでモーツァルトとフォーレのレクイエムが演奏されたのですが,金沢ではバッハのヨハネ受難曲が演奏されました。こういう大曲を大家の指揮で聞く機会は,金沢では滅多にないことですので,少々風邪気味でボーッとしていたのですが,頑張って出かけてきました。

今回は,コルボさんの希望で1部,2部を休憩なしに,つまり約2時間連続して演奏されました。今日は聞く前からちょっと眠かったのですが,思っていたよりは長く感じませんでした。むしろこの形の方が聖書の世界にじっくりと浸れてよいのではないかと思いました。聖書をきちんと読んだことはない私でも,クライマックスに近づくにつれて宗教的感動が高まっていくのがわかりました。

この日は,合唱団が各パート7,8名×4=30名程度,オーケストラが22名程度という編成でした。通常のオーケストラよりはさらに小さい編成ですが,バロック時代の宗教音楽の編成としては丁度良いサイズだと思います。私の席は3階でしたが,とても良いバランスで聞くことができました。遠くでよく見えませんでしたが,ヴィオラ・ダ・ガンバとかオーボエ・ダ・カッチャといったバロック音楽独特の楽器も使われていたようです。音色が独特なので,それぞれの場で効果的に響いていました。

ソリストは6人居ました。進行役の福音史家(テノール)とイエス役(バス)は専任でしたが,その他のソプラノ,アルト,テノール,バスは出ずっぱりではなく,自分の持ち歌のアリア(とレチタティーヴォ)の時に前に出てきて歌うような感じでした(イエスの出番もそれほど多くはなく,アリアもないのですが)。指揮者のすぐ左にピラト,ユダ役のハーヴェイさん,すぐ右にイエス役のフィンクさんが座り,福音史家のギュラさんはオルガンや通奏低音の近くの上手にいました。その他のアルト,テノール,ソプラノは,オーケストラの後の方に座っていました。この配置も考え抜かれてのものかもしれません。

この曲は,長く歯ごたえのある曲ですので,解説書を見ながら一通り聞き,ストーリーを大体頭に入れておきました。我が家にあったカール・リヒター指揮の演奏と比べるとかなり軽く柔らかな印象を持ちました。第1曲の合唱の出だしからして,とても親密な雰囲気がありました。リリングの演奏よりはテンポは遅かったのですが,重苦しい感じはなく,落ち着きと明るさとが共存しているように感じました。合唱は冷たい感じはせず,常にゆとりのある響きを出していました。オーケストラの方はオーボエとフルートの音が何となく古楽器的な感じでしたが,弦楽器は通常の奏法だったと思います(遠い座席でオペラグラスも持っていかなかったので分からないのですが)。見ていると,オーケストラがフルで演奏する場面はそれほど多くないようでした。

続いて,福音史家のレチタティーヴォでキリストの受難のドラマが始まります。今回,舞台の左右には字幕が出ていたのですが,読むのが面倒だったので,私はほとんど読みませんでした。福音史家のギュラさんは清潔感と節度のある美声で全曲の枠組みとなるような雰囲気を作っていました。その他の歌手もすべて,宗教曲に相応しい清潔な感じがあり,合唱,オーケストラとのバランスも見事でした。恐らく,コルボさんがこの演奏のすべてについて責任を持っているのだと思います。突出する部分がなく,すべての部分が曲のクライマックスのために奉仕しているような印象を持ちました。コルボさんの指揮からは,ドラマティックな印象は受けなかったのですが,心の深いところに届くような愛に満ちた表情が根底に流れていると思いました。

第1部,第2部を通して聞くと,やはり,ドラマのヤマは後半にあるような印象を持ちました。特に,イエスの処刑から最後までは,聞き応えがありました。特に印象に残ったのは,イエスの最後の場です。これまでさらりとした感じだった福音史家のレチタティーヴォもこの場面では十分な間を取っており,悲しい余韻が残りました。続いて出てくるアルトのアリアも見事でした。グラフさんの歌は心に染みました。伴奏に出てきたヴィオラ・ダ・ガンバか何かの独特の響きも効果的でした。この場では,福音史家の語りの中にイエスの母のマリアが登場しますが,人間イエスの死を悼むような痛切さを感じました。
終演後,コルボさんからプログラムの上に頂いたサインです。

その後,イエスの埋葬の場になります。最後の2曲が素晴らしく感動的に響いていました。こちらの方は,イエスの死を悲しむというよりは,人間の罪を担ったイエスを讃美し,安らかな眠りを祈る曲となっていました。最後は素朴なコラールで締められるのですが,同じメロディが繰り返されていくうちに感動が高まって行くような感じを持ちました。合唱の響きも,最後にぐっとボリュームをあげ,素朴で暖かなクライマックスを作っていました。私自身,宗教的な人間ではありませんが,2時間聞いてきたというだけで,心の中に幸福感のようなものが沸いてきました。恐らく,「聖書」を何度も読んでいる人には,至福の2時間となったと思います。

ただし...演奏後の拍手の出てくるタイミングは,ちょっと早過ぎました。この曲の場合,終わってから5秒ぐらいは沈黙が続いて欲しい気がしました。これだけが少々残念でした。

PS.この日も終演後,楽屋口でサインを頂きました。コルボさんはとても優しそうな方でした。この方の存在そのものが音楽に反映しているのだな,と感じました。(2003/02/22)