オーケストラ・アンサンブル金沢第137回定期公演M
2003/03/08 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ブラームス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調,op.77
2)(アンコール)クライスラー/愛の悲しみ(無伴奏ヴァイオリン)
3)ブラームス/交響曲第4番ホ短調,op.98
4)(アンコール)ブラームス(編曲者不明)/円舞曲op.39-15
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1,3-4)
川久保賜紀(ヴァイオリン*1,2)
アビゲール・ヤング(コンサートミストレス)
岩城宏之(プレトーク)
Review by管理人hs 広太家さんの感想六兼屋さんの感想福井のgontanさんの感想
めの・もっそさんの感想川崎(富山市在住)さんの感想
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,これまで定期公演でブラームスの曲を取り上げる機会は非常に少なかったのですが,この日の定期公演では「ブラームスの大曲2曲だけ」というプログラムが組まれました。プレトークで岩城さんが「これまでは敢えて取り上げてこなかった」というようなことをおっしゃられていましたが,この日の素晴らしい演奏を聞いて,岩城指揮OEKのブラームスに対する期待を持った人は,グッと増えたのではないかと思います。

OEKがブラームスを取り上げて来なかったのは「小編成のブラームスというのはちょっと...」という先入観があったからですが,実はブラームス時代のオーケストラの編成は,OEKぐらいの大きさだったとのことです。この日の編成は,ヴァイオリンは増員していなかったようでした。国内のオーケストラでこれだけの小編成のブラームスを聞く機会というのは珍しいことかもしれません(コントラバスをはじめ低弦の方は増強していました。また,ホルンも4人に増強し,トロンボーン3本もエキストラでしたが,それ以外はほぼ通常のOEKの編成でした)。

演奏会のプログラミング的にも特徴がありました。OEKの演奏会では,「序曲−協奏曲−交響曲」というパターンが多いのですが,この日のように「ババーンと2曲」という,プログラムも良いものです。ブラームスだけを純粋に堪能でき,大変満足できました。

この日は,「オリジナルのブラームスにこだわってみよう」というコンセプトがありましたので,オーケストラの配置もブラームスの考えた配置と同じものでした。これが独特でした。次のような配置になります。

第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンは対向配置で左右に分かれます。第1ヴァイオリンの隣にチェロ,ヴィオラの順に並びます。コントラバス4人はティンパニの直前の高い位置。管楽器の配置にも一ひねりありました。ホルンは通常どおり下手奥,その隣にフルート,オーボエというのは通常どおりだったのですが,2列目が違っていました。ファゴットとクラリネットの位置が逆でした。そして,トランペットが上手のいちばん奥にいました。後半登場したトロンボーンは,そのトランペットの直前にいました。岩城さんもおっしゃっていましたが,この配置だと指揮者が指示を出す時に間違いそうです。

前半は,昨年チャイコフスキー国際音楽コンクールで最高位を取った川久保賜紀さんが登場しました。この日の会場はほぼ満席でしたが,この川久保さんに対する期待もとても大きかったようです。そして,その期待以上の素晴らしい演奏を聞かせてくれました。恐らく,近年OEKの定期公演に登場したソリストに対する拍手の中ではいちばん熱烈だったのではないかと思います。

最近,岩城さんは川久保さんとの共演が多いのですが,実は川久保さんがチャイコフスキー国際コンクールで賞を取る以前に読売日本交響楽団の演奏会で共演しています。トークの中でおっしゃられていましたが,チャイコフスキー・コンクールの審査員よりも見る目(?)があったとも言えそうです。

川久保さんの素晴らしさは,「これぞソリスト」という感じの音色の美しさと堂々とした歌です。それと曲全体に慌てたところが全くないのも素晴らしいと思いました。川久保さんはアメリカで育った方ですが,バリバリとメカニカルに演奏するのではなく,非常に温かみのある音色でじっくりと演奏されていました。高音ののびやかさも見事でした。ヨーロピアンな味のある非常に高級な音に浸るだけで,幸福感を感じることができました。第1,2楽章では,スケール感たっぷりにじっくりと演奏していましたが,岩城さんの指揮は,そのテンポにぴったりと付けていました。冒頭から大船に乗ったような安心感が漂っていました。川久保さんのカデンツァ(いちばんよく聞くヨアヒム作曲のもの)は,集中力の高いものでしたが,その後,コーダに続く部分はさらに聞き応えがありました。集中力に溢れた遅いテンポでお客さんが皆聞き入っていました。第1楽章が終わった後,声にならない感嘆の声が会場に広がったような気がしました。

第2楽章は,まずOEKの加納さんのオーボエが見事でした。川久保さんの音色と非常に親和性の高い音色だったと思います。楽章の後半で秘めた情熱がだんだんと広がり,オーボエとヴァイオリンが絡んでくる辺りをはじめ,楽章全体が至福の時間でした。

第3楽章は一転して元気よく弾む雰囲気になります。見事な転換でした。この楽章では,前述のコントラバスの配置がよく生きていたと思います。第1楽章でも感じましたが,ティンパニとコントラバスの位置が近いと,非常に力のあるリズムが刻まれます。この楽章は,リズムの躍動感がポイントとなるので,特にそのメリットが出ていました。最後はソロ,オーケストラともに堂々とした雰囲気で曲が結ばれました。

演奏後は,先に書いたとおり,ものすごく長いカーテンコールが続きました。それに応えて演奏されたのが,ちょっと意表を突く選曲でしたが,無伴奏ヴァイオリン独奏によるクライスラーの「愛の悲しみ」でした。この曲では,川久保さんの「素の音」の魅力を,さらに強く堪能できました。何となくア・カペラの歌を聞くような感じでした。この曲は,普通,甘く滑らかに演奏される曲ですが,川久保さんの演奏は,一貫して深い悲しみを湛えたようなじっくりしたテンポで演奏されました。とても深い表情を持った見事なクライスラーでした。ブラームスとの相性も良かったと思いました。岩城さんは川久保さんについて「今いちばん好きなヴァイオリニスト」とおっしゃられていましたが,その言葉も納得できました。

後半の交響曲も素晴らしい演奏でした。この曲はブラームス晩年の枯れた味の漂う曲とよく言われるのですが,岩城さんの指揮の演奏は,甘さを廃した気骨の感じられるものでした。編成は,前半の編成にトロンボーン3本,トライアングル,コントラファゴットが加わったものでしたが,ここでも低弦とティンパニの威力が出ていました。曲の随所に楔を打ち込むような力強さがありました。

第1楽章冒頭のため息のようなメロディには非常に透明感がありました。センチメンタルではないのに,美しさのあまり悲しくなる,という感じでした。この日のコンサート・ミストレスはアビゲール・ヤングさんでしたが,第1ヴァイオリンの美しさは鳥肌が立つほどでした。第2主題のタンゴのようなリズム(私はいつもこの部分を聞くとそう思うのです)の部分は快い軽味を感じました。他の演奏ではテンポを落として,甘く演奏されるような部分も騒ぎ過ぎずに,大人の味がありました。楽章の最後の方は,オケーリーさんのティンパニが威力を発揮していました。再現するたびに凄みを増し,オーケストラ全体からゾッとするような迫力が出ていました。

第2楽章と第3楽章は曲全体の中から見ると軽い位置付けになります。そのバランスも見事でした。第2楽章はかなり速いテンポでさっぱりと演奏されていました。それでいて全然不満なところはなく,つかの間の静けさといったはかなさを感じました。管楽器を中心にしみじみとした味がとてもよく出ていました。こういう雰囲気はなかなか出せないと思います。この日はクラリネットとファゴットの位置が逆でしたが,岩城さんのトークによるとファゴットの音がホールの中心に向うので,響きが充実するとのことです。その効果があったのかもしれません。ここでも終盤のティンパニの音の迫力が効いていました。岩城さんが指揮するときはオケーリーさんが登場することが多いのですが,その信頼の大きさを感じました。

第3楽章はトライアングルが入り,華やかな雰囲気になりますが,リズムの足取りが非常にしっかりしているので,全曲の中でも浮いた感じにはなりませんでした。

第4楽章に来て初めてトロンボーンが登場します。これも非常に美しい響きでした。まとまりの良いレガートの音で大変良くコントロールされていました。OEKのサイズにトロンボーン3本というのは音量的なバランスの面で難しいところがあると思うのですが,いつもおなじみのエキストラの方だったせいもあり,全然違和感を感じませんでした。この楽章は,変奏曲形式で次々といろいろな楽器で主題が変奏されていきます。堂々とした足取りの中から徐々に最期の審判が近づいていくような緊迫感を感じました。トロンボーンという楽器はレクイエムの中では象徴的な意味で使われているのですが,この日の演奏を聞きながら,曲全体がレクイエムの中の「怒りの日」のようになっているように感じました。

それと見事だったのがフルートでした。この日はエキストラの今永さんという方が第1フルートでしたが,途中の長いソロは見事でした。オーケストラの中からすっと突き抜けて浮き上がってきていました(演奏後はもちろん岩城さんから褒められていました)。

最後の音は短めにすっぱり終わり,何とも言えない,はかなさを感じました。センチメンタルな感じを廃しているけれども,演奏の中からしみじみとした味がついつい染み出てくるような,奥行きの深さを感じました。岩城指揮OEKとブラームスとの相性は大変良いと思いました。

演奏後は,ブラボーの掛け声が掛かり,盛大な拍手が続きました。この日のブラボーの掛け声は,とても良い感じで入っていました。フライングのブラボーは良くないですが,この日の掛け声は拍手をさらに盛り上げてくれていました。この演奏会もライブ録音していましたが,恐らく,この声も入っているのではないかと思います(協奏曲の方はどうかわかりませんが,ブラームスの4番はワーナーから秋に発売されるのではないかと思います)。

アンコールには,ブラームスのピアノ連弾用の有名なワルツをオーケストラ用に編曲したものが演奏されました。慈しむような味のある演奏でした。

演奏後はサイン会も開かれました。話題のヴァイオリン奏者の川久保さんのサインが頂けるとあって,かなり長い列ができていました。私もCDを1枚買い,表紙にサインをして頂きました。岩城さんには,先日発売された1000円CDの表紙にサインをして頂きました。今年の秋には再度,岩城さんと川久保さんとOEKは共演するようです。それに対する期待と,OEKのブラームスに対する期待がますます大きくなったとても良い演奏会でした。

PS.この日は岩城さんの発案で,演奏中も客席を暗くせずに演奏会が行なわれました。演奏会中客席を暗くするのは「音楽後進国のアメリカのやり方」ということで,ヨーロッパでは会場を明るくしたまま,お客さん同志のファッションを眺める場にもなっているそうです。初めのうちは,何となく落ち着かない気はしたのですが,慣れてくるといつもと同様にステージ上に集中できました。こういう,他のオーケストラにないことを次々と提案するあたり岩城さんのアイデアは尽きるところがないようです。今後,ファンタジーシリーズ以外の定期公演はこの形で行なわれるそうですが,どういう反応が出てくるでしょうか?(2003/03/09)

Review by広太家さん  
川久保さんは華がありすばらしかったですね

>これぞソリストという感じの音色の美しさと堂々とした歌に溢れていました。

同感です。美しく、艶があってボリュームのある演奏に惚れたので、CD買ってサイン貰いました


小編成のブラームスの交響曲に冒頭違和感を覚えたものの、それは私の間違えであることにすぐ気が付くほど、緻密なアンサンブルと透明感、表現力をもってOEKはせまってきました。参いりました、満足です!

ソリストや小編成のオケの透明感と表現力を伝えるこのホールの音響に改めて感じ入りました。OEKの名演奏はこのホールから生まれるのでしょうね。先週、東京オペラシティ・コンサートホールへ行き、新日本フィルでバイオリン協奏曲を聴いいて同じように感じたことも、オケの特性を引き出す、ホールのマッチングの妙ということでした。(2003/03/09)

Review by六兼屋さん  
ブラームスの交響曲を若いときから得意にしてきた岩城氏らしく、堂々とした演奏でした。ヴァイオリン協奏曲でも交響曲でも、デプリースト氏が先月やったような室内楽的な響きというのではなく、本格的な交響楽の、豊かで錯綜した響きを実現した演奏だったというのが私の受け止め方です。

繰り返しになりますが、ブラームスが付き合いの多かったマイニンゲンのオケが、今回のOEKとほぼ同じ編成だった(これは前から知られていたことですが、クラリネットとファゴットの位置などは最近の研究で分かったと岩城氏はおっしゃりたかったんでしょうか)ということですが、このくらいの編成で、ブラームスは本格的な交響楽を目指した、というのが岩城氏のスタンスだったのかな、と思いました。

セントルークスやスコットランド室内管、ヨーロッパ室内管は、それぞれ室内楽的な、あるいは交響楽的なブラームス交響曲の演奏を行っていますが、その中でも、岩城/OEKの演奏は一番交響楽的な方向にふれた演奏だったと思います。

このくらいの編成でシベリウスなども演奏されていますし、極論すれば、ショスタコーヴィッチの第5交響曲も2管編成なので、OEKでは演奏不可能と端から決めつける必要はないと思います。OEKがハイドンなどで交響楽の基本をますます磨くと同時に、ロマン派以降の内容的に肥大化していく交響楽に果敢に挑戦されることを願ってやみません。(2003/03/09)

Review by福井のgontanさ  
福井のgontanです、こんばんは。

私も、昨日のブラームス特集には大変満足しました。感想は皆さんがおっしゃっているとおりですので、特には書きませんが、あの見通しのよい、それでいて迫力のあるブラームスはとても不思議で新鮮で・・・。CD化が待ち遠しいです。あんな小さな編成で、ピアニッシモからフォルティッシモまで表現してしまうOEK、このオーケストラを身近に聴けて本当に幸せに思います。

川久保さんのヴァイオリンも堂々としていて、今回のOEKのブラームスにとてもよくマッチしていたと思います。2楽章やアンコールでは繊細で緻密なとても美しい音色がホール中に広がり、涙が出てくるほどでした。これから、このブラームスも全集化してほしいと思うのは私だけでしょうか??

そして私事ですが、今回とてもうれしかったことは、高校時代の後輩に数年ぶりに再会することができたことです。2月に音楽堂に来た際も、学生時代の恩師に会うことができました。音楽堂は私にとってふるさとの大切な同窓会会場となっています。「これからもできる限り足を運びたい」、そんなことを思った演奏会でした。 (2003/03/10)

Review byめの・もっそさん  
管理人さん、みなさん、おはようございます。

土曜の定期は音楽堂全体が、いつもよりピリッとした緊張感に包まれていませんでしたか。やはりブラームス特集というプログラムのせいだったのでしょうか。それに、新鋭、川久保賜紀さんの登場ということも大きかったのでしょうね。(私自身は川久保さんを目当てに行った一人ですが)

川久保さんのブラームスは、私の乏言ではうまく言えませんが、さらに新しいブラームス、陰りより光が降り、湿りより風がたっぷり吹く、そんなブラームスだった気がします。譜の読み方もだいぶ違うのではないでしょうか。土曜のお客の中には、もっと粘って歌って欲しいと思われた方もいたのではないでしょうか。

9月の再登場の際は、もっと現代の作品を聴きたいですね。演奏と話は違いますが、黒いドレス素敵でした!(チャイコは紅、ブラームスはやはり黒か)

あとは、今回の学期配置の違いですが、楽器の響きあい方が普段と違い、ヴィオラやチェロという、いつもは聴こえにくい弦がよく聴こえ楽しめました。交響曲では終楽章に特に充実した演奏だったと思います。あの長い、木管ソロのからみや、トロンボーンの押しだまったような歌は、独り寂しく逍遥するブラームスを思わせる美しい瞬間のようでした。(2003/03/10)

Review by川崎さん(富山市在住)の感想  
お久しぶりです。先日の演奏会の感想をアップしました。期待しないで見てみて下さい。
http://w2322.nsk.ne.jp/~kiyoto/kawakubo2.html (2003/03/10)