オーケストラ・アンサンブル金沢第138回定期公演PH
2003/03/21 石川県立音楽堂コンサートホール

1)メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」,op.26
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調,K.467
3)(アンコール)ロッシーニ/ピアノ曲集「老いの過ち」〜第10巻第6曲「オッフェンバック風小カプリッチョ」
4)ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調,op.36
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1,3,4)
菊池洋子(ピアノ*2,3)
アビゲール・ヤング(コンサートミストレス)
ギュンター・ピヒラー(プレトーク)

Review by管理人hs
今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,「序曲−協奏曲−交響曲」という構成,古典派〜初期ロマン派の作品,OEKの基本的編成にぴったりの曲ばかりということで,大変まとまりのある演奏会となりました。ベートーヴェンの初期の曲がメインだったので,比較的地味な演奏会になるかな,とも思ったのですが,ピヒラー指揮OEKは,今回も大変密度の高い演奏を聞かせてくれました。このコンビの作るサウンドが定着しつつあるのはとても嬉しいことです。

ピヒラー+OEKの作る密度の濃い世界は,最初の曲から全開でした。「フィンガルの洞窟」といえば,「メンデルスゾーン→水彩画家→淡い雰囲気」という連想を持ってしまうのですが,短い交響詩を聞くようなドラマを感じました。冒頭の静かな部分から非常に念入りに演奏されており,何かが起こる予感をはらんでいました。中間部になると,テンポアップし,鋭い音が出てきて,ドラマが展開します。後半のクラリネット・ソロの落ち着き,全曲が終わった後の静寂など,どの部分をとっても緊張感があり,大変聞きごたえがありました。

続くモーツァルトの協奏曲には,菊池洋子さんという,個人的には初めて名前を聞く若手ピアニストが登場しました。昨年のザルツブルク・モーツァルト国際コンクールで優勝された方ということなので,無名というわけではないのですが,私を含めて金沢の聴衆の多くに新鮮なインパクトを残してくれたと思います。

演奏は,モーツァルトの曲の様式を踏まえてか,強烈なフォルテも消え入るようなピアニシモも使わず,常に余裕を感じさせる端正で正攻法の弾きぶりでした。それでいて,堅い雰囲気にならず,自在に演奏している爽やかさを感じさせてくれるのが見事でした。

OEKも菊池さんに触発されたのか,第1楽章の行進曲風の出だしから,とても新鮮な演奏でした。アビゲール・ヤングさんがリーダーを務める時は特に弾むような雰囲気になると思います。菊池さんは,ダイナミクスを抑制しながらも,所々微妙な強弱をつけて不安感を出したり,とてもセンスの良いピアノを聞かせてくれました。きちんとコントロールされた,一つ一つの粒立ちの良い音も見事でした。第1楽章のカデンツァも,良いムードを持っていました。誰の作ったカデンツァかわからなかったのですが,40番の交響曲のような短調の雰囲気と爽やかさを同時に感じさせてくれました。

有名な第2楽章は,淡々としたテンポで進み,音量の変化も少なく,まどろんでいるうちに夢のように過ぎ去ってしまいました。これが全く退屈ではなく,哀愁を感じさせる至福の時になっていたのは,このコンビの相性の良さを示していると思います。

第3楽章では,第1楽章の元気が復活しました。ここでも古典的な枠の中での自由さのようなものを感じました。ピアノが入ってくるときのアインガンクもとても装飾的で洒落ていました。木管楽器とピアノの掛け合いも生き生きとしていました。

演奏後は盛大な拍手が続きました。新星に対する賞賛と期待の拍手だったと思います。昨年秋のブーニンさんとOEKの共演の時同様に,ピヒラーさんがステージ上の空いた席に座ると,菊池さんのアンコールが始まりました。ロッシーニの「オッフェンバック風小カプリッチョ」という珍しいけれども,とても洒落た曲でした。モーツァルトの時よりもたっぷりとした明るい音も楽しむことができました。

菊池さんは,ピヒラーさんと並ぶと,頭一つ分ぐらい背の高いスラリとした方でしたので,見ているだけでピアニストとしての素質に恵まれた方だなという印象を持ちました。ステージでの振舞いも優雅で堂々としており,今後の活躍が期待できそうな若手ピアニストだと感じました。

後半のベートーヴェンは,まさに,ピヒラーさんの息のかかったベートーヴェンになっていました。ピヒラーさんの作る音楽は,非常にシリアスで,色合いもモノトーンに抑えているように感じました。特に木管楽器の色彩感を抑えていたようでした。オーケストラの美しい音色を楽しませるというよりは,一つ一つの音で何かの意味を語らせようとしているようでした。ピヒラーさんの専門である室内楽の延長上にあるような,曲全体の統一感を強く感じさせる求心的な演奏でした。

第1楽章は,序奏からして常に意味を感じさせてくれました。緊張感と全体に漂う知的なムード,フォルテの部分の鋭い迫力に満ちた響きは,ピヒラーさん+OEKならではのサウンドです。主部のキリッとした辛口の雰囲気も曲の別の面を見せてくれるようでした。

第2楽章の情感のこもった,ゆっくりとした歌も聞き応えがありました。それでも甘く停滞することはなく,ここでもすべての部分にピヒラーさんの息がかかっていました。中間部での弦楽器の強靭さを中心とした盛り上がりも見事でした。

第3楽章も気休めの楽章ではありませんでした。色々な楽器が次々と飛び込んでくるスケルツォですが,抑制したテンポ・音量で演奏されたおり,ちょっと不思議な無機的な味わいがありました。中間部では相変わらずの強いアクセントを持った陰影の深さを感じました。

第4楽章冒頭の音のキレの良さには驚きました。この楽章も辛口の演奏で,音楽に勢いはあるけれども,浮かれた感じはしませんでした。曲の最後付近での間の取り方の緊張感にも凄みを感じました。

この曲は「若さで突っ走る」という印象のある曲ですが,ピヒラーさんはその鮮烈さをシリアスに捉え,秘めた迫力のようなものを感じさせる音楽に作り上げていました。そういう点で,聞いていると少々疲れるところもありました。今回はアンコールなしでしたが,これだけ聞かせてもらえれば満足とも思いました。

3月末,中村紘子さんとピヒラー指揮OEKの共演で東京,大阪公演が行なわれますが,その中にピヒラーさんの指揮する交響曲を何か1曲でも入れておいて欲しかったなと,いう気がしました。今回の交響曲の演奏は,それほどアピールする力を持った演奏でした。

PS.梶本音楽事務所ホームページの情報によると,菊池洋子さんは,今年のザルツブルク音楽祭のモーツァルト・マチネに出演するとのことです。8月30日,31日にユベール・スダーン指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団との共演で今回の21番を演奏します。金沢の聴衆はそれを先取りしたことになります。 (2003/03/22)