オーケストラ・アンサンブル金沢第139回定期公演F
2003/04/19 金沢市観光会館
1)バッハ,J.S./カンタータ第54番「罪に手むかうべし」,BWV.54
2)モーツァルト/歌劇「ポントの王,ミトリダーテ」K.87〜アリア「たとえあの厳しい父が来て」
3)ロッシーニ/歌劇「タンクレディ」序曲
4)ロッシーニ/歌劇「タンクレディ」〜アリア「おお祖国よ,この胸の高鳴りに」
5)グノー/歌劇「ファウスト」〜トロイの娘たちの踊り
6)サティ/ジュ・トゥ・ヴ(君がほしい)
7)團伊玖磨/花の街
8)山田耕筰/待ちぼうけ
9)劉雪庵/何日君再来
10)服部良一/山寺の和尚さん
11)武満徹/夢千代日記
12)武満徹/小さな空
13)山田耕筰/この道
14)喜納昌吉/花(すべての人の心に花を)
15)(アンコール)久石譲(和田薫編曲)/もののけ姫
16)(アンコール)バガーノ/黒ネコのタンゴ
17)(アンコール)オッフェンバック/歌劇「ペリコール」〜酔っ払いの歌
●演奏
米良美一(カウンターテナー*1,2,4,6-10,12-17)
ルドルフ・ヴェルテン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1-11,13-17)
松井晃子(ピアノ*12),サイモン・ブレンディス(コンサートマスター)
Review by管理人hs
今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演ファンタジー・シリーズは,米良美一さんのカウンターテナーをメインとしたプログラムでした。米良さんは,現在,日本でいちばん有名なカウンターテナー歌手ですが,その活躍はクラシックの分野にだけに留まっていません。映画「もののけ姫」のテーマ曲を歌って以来,マスコミに登場する機会も非常に多いクラシック音楽家です。そういう意味(=クラシック音楽を日頃聞かない人をクラシックの演奏会に足を運ばせよう,という意味)で,このファンタジー・シリーズには最適の演奏家ということになります。前半はトークなしでクラシックの曲を並べ,後半は少しトークを交えて日本の歌を集めていましたので,「米良美一のすべて」と言っても良いような,充実し,かつ楽しめる内容の演奏会となりました。

前半は,バッハからサティまで,古い時代の曲から順に並べていました。OEKの編成の方もそれに応じて,徐々に大きくなっていきました。オーケストラの配置は,対向配置でコントラバスが下手奥の方に来る変則的なものでしたが,この配置はヴェルテンさんの時にはすっかりおなじみです。「ヴェルテン・シフト」と呼んでもよさそうです。

最初のバッハの曲は弦楽合奏と声楽のためだけの編成の小さい曲です。米良さんは思ったよりも小柄な方でした。上下とも白の衣装で登場すると,会場の雰囲気を変えるような新鮮が空気が流れました。米良さんは,バッハ・コレギウム・ジャパンとの共演が多いだけあって,ヴィブラートの少ない本格的な古楽風の歌い方です。それでいて,冷たい感じはなく,まっすぐなのに柔軟,という深みを感じました。この曲では,意外に低音(男声からすると低くはないと思いますが)がよく出て来ました。むしろ高音よりも中音以下の声の表現力が豊かな気がしました。中間部のレチタティーヴォ風の部分も,とても聞き応えがありました。OEKの伴奏は,少人数のメリットを生かし,軽快なビートの効いた気持ちの良いものでした。

モーツァルトやロッシーニのアリアは,高音が苦しそうな気がしました。全体にザラついた感じがしました。同じ音域を女性が歌う時よりは,透明感を出すのは難しいのかもしれません。その分,中性的な魅力が出てきます。米良さんは,身振り手振りを交えて歌っていましたが,演技に対する関心も強いのではないかと感じました。そのうち,オペラに進出することもあるのかもしれません。

前半最後のサティは,ノンヴィブラートの声が退廃的に聞こえ,とてもよいムードが出ていました。ちょっと倒錯した感じがサティの一筋縄にはいかない曲想に合っていました。伴奏の方は,ピアノだけの伴奏の方が小唄風になって良いと思いました。

前半は,その他,OEKだけで2曲演奏されました。ロッシーニの序曲は,ワンパターンといえばワンパターンですが,毎回楽しめます。リラックスした雰囲気を作るのが上手なヴェルテンさんと小回りの効くOEKの雰囲気にとてもよく合った作曲家だと思います。グノーの曲もとても流暢な演奏でした。ハープやトライアングルが加わって爽やかな鮮やかさが出ていました。この曲は,バレエ音楽の一部ですが,是非,このバレエ音楽の全曲を聞いてみたいものです。

後半は,日本の歌が中心でした。米良さんの衣装も赤と黒に変わりました。このステージでは,「一人紅白歌合戦(?)」と言っても良いほど,「日本の歌」の多様な魅力を堪能させてくれました。「花の街」は,とてもシンプルな曲です。そのことによって米良さんの声の魅力をダイレクトに味わうことができました。人の気持ちを癒し,惹きつける不思議な魅力のある声質だと思います。

「待ちぼうけ」「山寺の和尚さん」といった曲では,コミカルな歌い方を強調していました。それでいて,言葉が明晰で,雑な感じが全然しません。日本の歌をとても大切にしているのだなと感じました。

「何日君再来」という中国の曲では,米良さんの歌の持つ色気が曲想にマッチしていました。初めて聞く曲でしたが,大変聞き応えがありました。

続いて,武満さんの曲が2曲演奏されました。米良さんが引っ込んで,まず,OEKだけで夢千代日記のテーマが演奏されたのですが,この選曲も見事でした。オペラの間奏曲のように,ふっと脱力することができました。水谷さんの色気のあるオーボエの音が,米良さんの声のエコーのように感じられました。

その後,「小さな空」がピアノ伴奏で歌われました。ステージの照明が落とされピアノ周辺だけにスポットライトが当たる中,心に染みる素朴な歌が会場に響きました。米良さんが武満さんの歌を歌ったCDを出しているかは知らないのですが,米良さんにピッタリの曲だと思いました。プログラムの構成的に見ても,ピアノ伴奏の曲が入ったのは,よいアクセントになっていました。

最後の2曲は,さらにじっくりと聞かせてくれました。特に「花」の方は,テンポをぐっと落として聞く方のハートに訴えかける,見事な「トリ」の歌になっていました。曲の入りの部分の声は「男の声」,高い部分は「女の声」という感じでしたが,この辺は,何となく美空ひばりの歌い方にも近いかな,と感じました。

アンコールは3曲歌われました。1曲目は,「この曲が出ないと...」というあの曲でした。演奏会のビラにも「もののけ姫の米良美一が...」と書かれていましたので,お客さんの多くも納得したことでしょう。続いて,意表を突いて「黒ネコのタンゴ」が歌われました(衣装の方はタンゴの雰囲気によく合っていました)。これがなかなかの聞きものでした。ピアノ+弦楽5重奏による伴奏に乗って米良さんがイタリア語(多分)と日本語(昔,皆川おさむという子供が歌っていたあの歌詞です)で歌い分けていました。所々入れる,踊りの動作もキマっていました。それと,室内楽編成の伴奏が,ピアソラのタンゴを演奏しているような雰囲気がありとても格好が良く感じられました。

ここまでで,かなりの数の歌を米良さんは歌っていましたので,3曲目は無いかな?と思っていたのですが,米良さんの丁寧かつウィットに富んだ挨拶に続いて,この日の最大のエンターテインメントと言っても良いような曲が演奏されました。

「演奏会の成功と皆さんの今後の...を祝って,皆さんとオーケストラ団員を代表して,私とヴェルテンさんで乾杯します」とワインをグラスに注ぎ始めました。このグラスをヴェルテンさんに渡し,お2人が乾杯をしました。ヴェルテンさんは一気飲み,米良さんの方は...ビンごとワインを飲んでいました。このお2人のやり取りには,何回も共演しているような自然なウィットが溢れていました(多分,初共演だと思います)。ここで出てきた曲がオッフェンバックの「酔っ払いの歌」というアリアでした。ノドを十分潤されたせいか,演奏会の最後なのに,声がとてもよく出ていました。びっくりさせるような声を出して指揮者に絡む酔っ払いの演技も見事でしたが,それを受けるヴェルテンさんの演技も見事でした。会場はこのやり取りで大いに盛り上がりました。

この日演奏された曲は,バッハ,黒ネコのタンゴ,日本の歌,中国の歌と多彩でしたが,そこに一貫して米良さんの声の持つ魅力が溢れていました。米良さんのジャンルに捉われないアプローチは,生来のエンターテイナーのものだと感じました。

PS.ヴェルテンさんとの「酔っ払い」のやりとりを見ながら,OEKがシュトラウスの「こうもり」を演奏する機会があれば,是非,米良さんにオルロフスキー侯爵役をやってもらいたいと思いました。何でもありのオペレッタなので,実現すれば楽しめそうです。指揮はもちろんヴェルテンさんでしょうね。(2003/04/20)