ギドン・クレーメル&オーケストラ・アンサンブル金沢
2003/05/14 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シューベルト/ヴァイオリンと小管弦楽のためのポロネーズ,D.580
2)ブリテン/ヴァイオリンとヴィオラのための二重協奏曲(日本初演)
3)(アンコール)Rainer Lischka/Tango for II
4)ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調,op.102
5)(アンコール)シベリウス/ウォーター・ドロップス
●演奏
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン),ウラ・ウリジョナ(ヴィオラ*2,3),マルタ・スドラバ(チェロ*4,5)
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(マイケル・ダウス(コンサートマスター))(1,2,4)
Review by管理人hs
昨年9月に急病のために来日がキャンセルになったギドン・クレーメルさんがついに金沢のステージに登場しました。いわば仕切り直しのコンサートです。クレーメルさんといえば,「メジャー・レーベル各社から,もっとも沢山のCDを出しているヴァイオリニストの1人≒世界でもっとも有名なヴァイオリニストの1人」です。この日は,仕事がなかなか終わらなかったのですが,何とか間に合わせて,慌てて石川県立音楽堂に駆けつけました。

到着するとすでに会場のドアは座っていましたので,自分の本来の座席とは違う1階席後方の空いている席に取りあえず座りました(本当は3階席だったのですが,そこまで上っている余裕がありませんでした)。というようなわけで,前半は気分的に落ち着いて聞けなかったのですが,クレーメルさんは,独特の集中力と浮遊するような歌い回しを持った演奏家で,さすがだと思いました。

最初のシューベルトの小品は,抑制された音でじっくりと演奏されました。クレーメルさんの音は,細身で傷のない,とても純度の高い音です。声高になるところはなく,デリケードだけれども,とてもよく通る音でした。クレーメルさんといえば,ちょっとエキセントリックで冷たいイメージを持っていたのですが,意外に温かみのある音だと思いました。これはホールの響きとも関係があるのかもしれません。岩城さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の伴奏もこの繊細な雰囲気にぴったりでした。

続くブリテンの曲は,クレーメルさん自身が初演した曲です。この日の演奏は日本初演でした。全体的に古典的に整った作りの曲で,渋い雰囲気がありました。曲はホルンの印象的な音型から始まります。続いて,ヴィオラ・ソロが出てきます。ウラ・ウリジョナさんの音は瑞々しく,かつ,たくましいものでした。クレーメルさんのソロは,モノローグのような雰囲気のある第2楽章でじっくり聞かせてくれました。細身の高音を精緻に聞かせる美しさが特に聞きものでした。現代人の孤独感が染み出てくるような印象を持ちました。3楽章では,打楽器の弱音の連打が延々と続き,ヒタヒタと迫ってくるような焦燥感と不思議な高揚感を感じました。その上にいろいろな楽器によって,動きのある音型が演奏されます。クレーメルさんは非常に精密に弾いていました。バリバリと弾く感じではなく,荒々しいところはありませんでした。中間部で盛り上がった後,最初の楽章のホルンの音型が再現し,クールダウンして終わります。ちょっとなじみ難い感じの曲でしたが,よくまとまった曲だと思いました。

この曲の後,ヴァイオリンとヴィオラだけでアンコールが演奏されました。スラヴ風のタンゴといった感じの面白い曲でした。こういう選曲のセンスの良さはクレーメルさんならではです。

後半は,ブラームスの二重協奏曲でした。曲は,まず,OEKの堂々とした響きで始まりました。岩城さん指揮のOEKはとても立派な音を出しており,安定感抜群でした。この日のコンサート・マスターはマイケル・ダウスさんでしたが,そのお隣にはアビゲール・ヤングさんが座っていました。このお二人が並んで座っているのは,あまり見た事がありませんが,さすがに充実した響きでした。ある意味では,クレーメルさんと対照的な感じはしましたが,室内オーケストラのメリットを生かした引き締まった音は,クレーメルさんとの絡み合いには相応しいと感じました。

第1楽章は,出の部分のマルタ・スドラバさんの瑞々しさの漂うソロが印象的でした。重くならない音は,クレーメルさんとよく合っていたと思います。クレーメルさんの細身の音は,ブラームスの一般的なイメージとちょっと違うような気はしましたが,思索するような気分はとてもよく出ていました。このことは第2楽章で特に感じました。チェロとヴァイオリンのユニゾンによるシンプルなメロディはとてもよく音が合っていました。「歌」と「語り」の両面を感じさせてくれました。この曲は独奏者が二人出てくる曲ですが,クレーメルさんは,1人でバリバリ弾くよりは室内楽的な音のやり取りを楽しむことの方に関心があるような気がしました。第3楽章ではキレの良い運動性が曲の至るところから感じられました。クレーメルさんの演奏を見ているだけでフットワークが軽さを感じました。

続いて,前半と同様のパターンでアンコールが演奏されました。今度はチェロとの重奏で,ウォーター・ドロップスという曲が演奏されました。ピツィカートで民謡風のメロディを演奏する,不思議な感じの曲でした。これも大変気の効いた選曲でした。

クレーメルさんの演奏のスタイルは,足をどっしりと床に着けて演奏するのではなく,常にフワフワと動いているような独特な動きがあります(あまり真似しない方が良い?)。曲目が地味だったせいもあるのですが,こういう動きを見ていると「風格のある巨匠」という感じは全然しませんでした。巨匠的な華やかさやロマンティックな歌に故意に背を向けた,一癖のある芸術家という感じです。不思議な吸引力のある方だと思いました。

ただし,今回の演奏(特にアンコール)を聞いて,オーケストラとの共演よりは,室内楽の方が,レパートリー的にも「魔力」を発揮できるのではないか,というようなことを感じました。今回共演した若いチェリストやヴィオラ奏者との相性もとてもよかったので,日曜日に松任(金沢市の隣の市です)で行なわれる室内楽の演奏会は,さらに楽しめるものになるのではないかと思います(私は,今のところ行かない予定ですが)。

PS.超有名人,ということで演奏後,例によって楽屋口に行ってみました(意外に待っている人は少なかったですが)。独奏で登場した3人の方々は,それぞれ気軽にサインをして下さいました。

PS.この日は,7時ジャストに音楽堂に着いたので,いつもの西口の駐車場ではなく,音楽堂の地下駐車場に留めてみました。「空いていないかも...」とイチかバチかで行って見たのですが,まだ余裕がありました。流石に同じ建物だと雨にぬれなくて済むし,大変便利でした。演奏後は,かなり混んでいましたが,料金も2時間〜2時間30分で800円とそれほど高くはないな,と思いました。(2003/05/15)